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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:07
50/231

08・理由

 東京都月白げっぱく区。

 数日前に『インクルシオ夏祭り』が開催された『月白げっぱく噴水公園』で、インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白は、中央班に所属する水間洸一郎と向かい合っていた。

 癖のついた白髪を夜風に揺らして、雨瀬が口を開く。

「……水間さん。話って、何ですか?」

「うん。雨瀬君。面倒なやりとりははぶこう。君たちのご推察通り、グラウカ連続殺害事件の犯人は俺だよ」

 紺色のポロシャツにチノパン姿の水間は、あっさりと告白した。

 白のTシャツに色落ちしたジーンズを履いた雨瀬が、低い声音で言う。

「……ご自身が犯人だと、認めるんですね」

「まぁね。本当のことを言ったところで、別に困らないしね」

 雨瀬と水間は、中央広場の噴水の前で、2メートルほどの間隔をあけて立っている。

 小さく響く水音が、相対する二人の耳に優しく届いた。

「……何故、何の罪もない一般のグラウカを殺害したんですか?」

「あー。それね。いいよ。せっかくだから、話そうか」

 雨瀬の問いに、水間は軽い口調で返すと、両手を腰に当てて話し始めた。

「今から、ちょっとさかのぼるんだけどさ。俺は、18歳でインクルシオ訓練施設に入ったんだ。そこでの総合評価は、訓練生140人中21位だった。まぁ、悪くはない成績だけど、対策官に採用されるには、最低でも10位以内に入らなきゃダメだろう? それで、当時すでに厚生省の事務次官候補ともくされていた父さんに、それを言ったらさ。何故か、翌日に総合評価が8位に上がってた。そんなこんなで、俺はめでたく対策官になれたんだ」

 そう言って、水間は屈託のない笑みを浮かべた。

 雨瀬は水間を見据えたまま、身じろぎもせずにじっと佇んでいる。

 水間は雨瀬の双眸を見返して、言葉を続けた。

「……で、俺は新人対策官として、インクルシオ福岡支部に配属された。だけど、親が親だからか、なかなか実戦を伴う任務に参加させてもらえなくてね。初めて反人間組織の拠点の摘発にのぞんだのは、福岡支部に配属されてから10ヶ月が過ぎた頃だった。……この時に、俺は、最高の“趣味”に出会ったんだ」

 水間は上ずった声で言い、うっとりと目を細める。

 雨瀬はにわかに肌が粟立つのを感じて、眉根をきつく寄せた。

「その摘発の時にさ、俺の指導担当についていた先輩対策官が、反人間組織のグラウカと交戦していてさ。けっこう苦戦していたから、俺は相手のグラウカの背後に回って、サバイバルナイフで後頭部を貫いたんだ。だけど、惜しくも脳下垂体を外してしまってね。だから、俺は倒れたグラウカに馬乗りになって、ちゃんと脳下垂体を破壊するまで、何度もやり直したんだ。その時に、自分でも驚くくらいに興奮してね。先輩対策官はいつのまにか深手を負っていたらしくて、うめき声をあげながら床にうずくまっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。俺は、ただひたすらに、身体中に歓喜の血が巡るのを感じていたよ」

 水間が熱い息を吐き、雨瀬が声音をとがらせて訊く。

「……それで、グラウカを殺す快楽に目覚めたということですか。だけど、反人間組織のグラウカではなく、一般の善良なグラウカを襲ったのは何故ですか?」

「それはさ。反人間組織の摘発や突入は、そんなにしょっちゅうあるわけじゃないからだよ。それに、俺の場合は、上からの余計な忖度そんたくで摘発や突入チームから外れることが多い。だから、もうその辺のグラウカでいいやって思ってさ」

「……そんな理由で……!!!」

「いやいや。理由なんてどうでもいいんだよ。俺の心と体が満たされることが大事なんだ。グラウカは『アンゲルス』の能力で傷口がふさがるから、凶器がバレることはないし、これまでは気楽に“趣味”を続けることができた。だけど、こないだの『アンゲルス』の分泌量が少ないっていう個体は、マジで想定外だったよ」

 水間がおどけたように肩をすくめると、雨瀬は怒りの表情を露わにした。

 水間は愉快そうに口角を上げて言う。

「はは。怖い顔だね。君の同族を、虫けらのように殺されて腹立たしいかい? でもさ、君たちグラウカは、俺に言わせれば“未知の害虫”だよ。見た目は人間と同じだけど、その超再生能力も超パワーも、ただただおぞましい」

「──…………っ」

 水間の言葉に、一瞬、雨瀬は顔色を失った。

 不意に過去の自分を思い出す。

 雨瀬は、長い間、グラウカである自分を否定し、その能力を嫌悪してきた。

 それは、児童養護施設「むささび園」で、同じグラウカである乙黒阿鼻の言動を通じて、自分自身に感じた“おぞましさ”が原因だった。

 あの頃の泥濘ぬかるみにはまったような重たい感覚が、雨瀬を包み込む。

 体中に硬く力が入り、背中に一筋の汗が流れた。

 ──その時。

 突如として、水間が地面を蹴って雨瀬に飛びかかった。

 水間はチノパンの腰に差し込んでいたサバイバルナイフを取り出して、素早く雨瀬に切りつける。

「……くっ……!!!」

「……ねぇ! もう、話はいいよねぇ! そろそろ我慢の限界だよ! 君を一目見た時から、早く殺したくてうずうずしてたんだ!」

 水間は見開いた両目を血走らせて、黒の刃を次々と繰り出した。

 一撃目を咄嗟とっさに左腕でガードした雨瀬は、切れた皮膚から鮮血と白い蒸気を上げながら後ずさる。

「……こんなことをして、貴方はただでは済まない……!」

「いいんだよ! 俺の父さんはね! 有力な政治家とのパイプをいくつも持っているんだ! いざとなったら、きれいさっぱり揉み消してもらうさ!」

 水間は高らかに叫ぶと、血のついたサバイバルナイフを大きく振り上げた。

「……!」

 雨瀬はその瞬間を逃さず、水間のふところに飛び込んで右手を取り、そのまま背中側にひねり上げる。

 同時に左手も掴んで右手とまとめ、水間の動きを完全に封じた。

 グラウカの超パワーで両腕を押さえ込まれた水間は、じたばたと暴れる。

「離せよ、雨瀬君! さもなければ、父さんに言いつけるぞ! お前だけではなく、上司や仲間がどうなってもいいのか!」

 すると、雨瀬が答える前に、暗がりの木々の向こうから声が聞こえた。

「どうとでも、好きにすればいい」

「──!!!」

 その声に、雨瀬と水間が同時に振り返る。

 淡い月明かりが照らす公園に現れたのは、インクルシオ東京本部の中央班チーフの津之江学、南班チーフの大貫武士、中央班に所属する特別対策官の影下一平、南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の鷹村哲、塩田渉、最上七葉の7人であった。

 雨瀬に両腕を拘束された水間が、肩で笑う。

「はっ。これはこれは。みなさんお揃いで。なんで、ここがわかったんですか?」

 インクルシオの黒のジャンパーを着た津之江が、静かに答えた。

「先ほど、“ある件”が判明して、ここにいるメンバーに招集をかけた。だが、雨瀬だけ応答がなかったので、スマホのGPSを追ったんだよ」

 雨瀬はジーンズの尻ポケットに入れていたスマホに、ちらりと目をやった。

 水間とのやりとりに集中するあまり、着信に気付かずにいた。

 津之江はおもむろに前に出て、手にしたビニール袋をかかげた。

「水間。地下鉄『月白げっぱく中央駅』のコインロッカーから、これが見つかった。これは、君の所持品だね?」

 透明の袋の中には、大きな水中メガネが入っていた。

 水間は「あー」と気の抜けた声を漏らす。

「それを見つけましたか。もちろん、指紋は採取済みなんでしょうね。だけど、これで貴方たち全員のキャリアは終わりです。俺が父さんに頼めば、何だって出来る。グラウカ連続殺害事件の犯人という事実も、簡単に闇の中に葬り去れるんです。残念でしたね」

「……残念なのは、君の方だ」

 津之江の隣に立った大貫が、険しい表情で言った。

 水間は顔をゆがめて、みにくく笑う。

「何故ですか? 負け惜しみは、見苦しいですよ?」

「これを見るといい。つい10分ほど前に入った、ニュース速報だ」

 そう言うと、大貫は水間の眼前にスマホをかざした。

「──!!!!!!!」

 スマホに表示されたインターネットのニュースサイトには、『厚生省の水間正一事務次官逮捕』の一報がトップに掲載されていた。

 水間は忙しなく眼球を動かして、食い入るように記事を見る。

「水間事務次官の逮捕の要因は、大手製薬会社との贈収賄容疑だそうだ。……むろん、こんなニュースがなくとも、こちらの行動は変わらなかったがね。君は他者の命を軽視しすぎ、我々の正義を舐めすぎた。……“終わり”は君だ。水間洸一郎」

 大貫は厳しい眼差しで告げ、前を向いたまま「連れて行け」と指示を出した。

 後ろに控えていた対策官たちが、一斉に動き出す。

「……あ……ああ……あぁ……」

 水間は放心して地面に座り込み、その弱々しいうめき声は、噴水の水音に紛れて消えていった。


 そして、一夜が明け、グラウカ連続殺害事件の真相は白日の下に晒された。




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