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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:07
46/231

04・夏祭りの夜

 7月30日。

 澄み渡った青空が広がるこの日、東京都月白げっぱく区にある『月白げっぱく噴水公園』にて、『インクルシオ夏祭り』が開催された。

 夏祭りは午前10時から午後9時まで開かれ、一日を通して多くの一般客で賑わう。

 公園の正面入り口から中央広場にかけて立ち並ぶ様々な屋台から、インクルシオ対策官たちの威勢のいい声が響いた。

「かき氷いかがですかー! 冷たくて美味しいよー!」

「祭りと言ったら、焼きそば! 大盛りにするよ!」

「ふわふわパンケーキ! ふわふわパンケーキ!」

 若者のグループや家族連れ等が、歩道の両脇に立つ屋台を見ながらそぞろ歩く。

 対策官たちは全員が黒のツナギ服を着用していたが、暑さ対策の為に上衣部分を脱ぎ、腰まで落としている者も多かった。

 正午を少し回った時刻、ヨーヨー釣りの屋台を担当する南班の塩田渉が、歩道の向かい側にあるわたあめの屋台に走ってきた。

「おーい! そろそろ、昼休憩に行こうぜー!」

 塩田の後ろには、同じくヨーヨー釣りの係の雨瀬眞白がいる。

 淡い虹色のわたあめを子供の客に手渡した鷹村哲が、「おー」と返事をした。

 小型のレジの前に立つ最上七葉が、顔を横に向けて訊く。

「薮内さん。私たち、お昼休憩をいただいても大丈夫ですか?」

「おー。いいぞー。朝からずっと忙しかったから、ゆっくり行ってこい」

 頭に手ぬぐいを巻いたベテラン対策官の薮内士郎が、わたあめを器用に作りながら言った。

 最上と鷹村は「ありがとうございます」と礼を言い、屋台の外で待つ塩田と雨瀬に合流した。

 幅のある広い歩道には大勢の人々が行き交い、どの屋台も盛況している。

 塩田が「おい! あれ見ろよ!」と指差した屋台では、西班に所属する特別対策官の真伏隼人まぶせはやとが、仏頂面でチョコバナナにデコレーションを施していた。

 塩田と鷹村が「レアな光景だなぁ」と目を丸くして笑う。

 そんな中、ひときわ長い行列が目立つ屋台があった。

「うわぁ〜。童子さんのところ、ヤバくね?」

「童子さん、プロ並みの手つきだもんな。実際、味もすげぇ旨いし」

「一緒にお昼に行きたいけど、大丈夫かしら?」

「……僕も、童子さんのたこ焼き買いたい」

 「童子班」の高校生4人の視線の先には、首にタオルを下げて手際よくたこ焼きを焼く特別対策官の童子将也がいた。

 焼き上がったたこ焼きは、行列を作る客にまたたく間に売れていく。

 ふと顔を上げた童子が高校生たちに気付くと、屋台にいる別の対策官に声をかけて持ち場を離れた。

「お前ら、お疲れさん。ようさんの人やな」

 そう言って、高校生たちの側にやってきた童子は、出来立てのたこ焼きが入ったビニール袋を差し出した。

「これ、お前らの分や。あったかいうちに食え」

「え? 童子さんは? 昼休憩、行かないんスか?」

「今はちょっと無理やな。俺は、もう少し後で休憩を取るわ」

 童子からビニール袋を受け取った塩田が、「ちぇー」と唇をとがらせる。

 最上が「あれだけ混んでたら、仕方がないわね」と言い、童子は「悪いな」と手を上げて足早に屋台に戻っていった。

 高校生たちは一つ息をついて、人混みの中できびすを返す。

 その時、「お疲れ様です!」と前方から元気な声が聞こえた。

 高校生たちが目をやると、数メートル離れた場所に、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎と、手を引かれた阿諏訪灰根あすわはいねの姿が見えた。

 ベージュのハットにラフな開襟シャツを着こなした阿諏訪の前には、中央班に所属する水間洸一郎が立っている。

 つやのある黒髪をワックスできっちりと整えた水間は、爽やかな笑顔で「こちらの方は、総長のお嬢さんですか? こんにちは!」と灰根に近寄った。

 水玉模様のワンピースを着た灰根は、無言のまま後ずさり、隠れるように阿諏訪の背後に回る。

「ははは。水間さん、灰根ちゃんに嫌がられてるぜ」

「あんなに大きな声だと、小さい子は驚くわよ」

 その光景を見た塩田が可笑しそうに笑い、最上が呆れ気味に言った。

「俺らも、阿諏訪総長に挨拶しに行こう。そんで、童子さんのたこ焼きを食べて、時任さんとこの射的に行こうぜ」

 鷹村が前に歩き出し、最上と塩田が「そうね」「おー」と続く。

「………………」

 雨瀬は、阿諏訪の陰でうつむく灰根と、困り顔を浮かべる水間を見つめた。

 そして、祭りの明るい喧騒の中に、なまりのように重たい足を進めた。


 午後5時。

 反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、アッシュピンクに染めたボブヘアのカツラに黒のワンピース姿で、『インクルシオ夏祭り』の会場に現れた。

 足元には、シルバーのラメが輝くミュールを履いている。

 乙黒の隣には、Tシャツにジーンズ姿の半井蛍と、総レースのチュニックに白のパンツを合わせた茅入姫己がいた。

「茅入ちゃんも、帽子にダテメガネでしっかりと変装しているね」

「だって、私は読モだもーん。ファンにバレたら囲まれちゃうからねー」

 乙黒が笑い、茅入が太いフレームのメガネを掛け直す。

 半井が歩道の左右に並ぶ屋台を見やって訊いた。

「……乙黒。この会場に雨瀬や鷹村たちはいないって、本当なのか?」

「うん。ホントだよー。夏祭りの屋台と管轄エリアの巡回は、それぞれの班の対策官たちが時間交代でやるんだってさ。南班の高校生4人は10時から3時までが屋台で、その後は休憩を挟んで9時まで巡回だって」

 乙黒が呑気のんきな口調で答え、茅入が「詳しい〜。内部の情報があると便利だね〜」と感心する。

 乙黒は作り物の毛髪を指先でつまんで言った。

「眞白と哲は、僕の変装に気付くかもしれないからね。今日は純粋に夏祭りを楽しみたいから、事前に詳細を訊いておいたんだ。さてと、何から食べようかな……わっ!」

 周りをうきうきと見回した乙黒が、石畳のつなぎ目につまずいて転んだ。

「大丈夫か」

「いててて……。コケちゃった」

 半井が片手を伸ばし、それを掴んだ乙黒が立ち上がる。

 転んだ際に擦りむいた膝から、白い蒸気がゆらりと上がった。

「阿鼻君、じゃない、阿鼻ちゃん。慣れないミュールなんだから、気を付けてね」

「ホントだね。こりゃあ、油断できないや」

 茅入の言葉に乙黒がうなずき、3人は改めて足を踏み出す。

「──…………」

 その後ろ姿を、ぎらりとあやしく光る双眸が凝視していた。


 午後8時。東京都不言いわぬ区。

 月白げっぱく区で行われた『インクルシオ夏祭り』を楽しんだ乙黒は、輪投げの景品や会場で配られたうちわを持って帰路についた。

 児童養護施設「むささび園」への近道となる細い路地裏を、上機嫌で歩く。

 そこに、突如として、一人の男が立ちはだかった。

 男は黒のツナギ服を着用しており、顔に大きな水中メガネを装着している。

 男の後方には、肩紐の付いた緑色のバッグが置かれていた。

 女装をしたままの乙黒が訊ねた。

「……あのー。貴方は、インクルシオ対策官さんですよね? なんで、そんな水中メガ……」

 乙黒が言い終わらないうちに、サバイバルナイフの刃が眉間を貫いた。

「……!!!!!」

「ごめんねぇ。我慢できなくて。夏祭りの会場で君を見かけて、ついムラムラしちゃったんだ」

 男は口角を上げて言い、乙黒は目をみはって仰向けに倒れた。

 アッシュピンクの毛先が、鈍色にびいろのアスファルトの上に散らばる。

 乙黒の顔から徐々に生気がなくなり、やがて呼吸が止まった。

 その様子をしゃがんで眺めていた男──水間は、恍惚とした表情で言った。

「あぁ。いいねぇ。いいよぉ。君の死が、とても深い満足感を与えてくれる」

 瞳孔の開いた乙黒をしばらく見つめた水間は、地面から拾い上げたバッグに水中メガネをしまい、ひと気のない路地裏から歩き去った。

 ──それから、およそ5分後。

 乙黒は眉間を掻いて、むくりと起き上がった。


 翌日。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の代表電話に、匿名での情報提供が入った。

 その内容は、「以前に起こったグラウカ連続殺害事件を目撃した。犯人はインクルシオ対策官。顔半分を覆う水中メガネを掛け、肩紐の付いた緑色のバッグを持っていた」というものだった。

 この情報は──情報提供者による多少の脚色を含んでいたが──即座に緊急連絡で共有され、インクルシオ全体に激震が走った。




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