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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:07
44/231

02・虫酸

 午前11時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階の会議室で、各班ごとの緊急会議が開かれた。

 会議室に集まった50名近い対策官を前に、南班チーフの大貫武士が「早速だが」と険しい表情で口を開いた。

「ここ数日、都内で数件のグラウカ殺害事件が発生していることは、ニュース等でみんなも知っていると思う。いずれも被害者は反人間組織とは関係のない一般のグラウカで、短期間に立て続けに起こっていることから、世間では同一犯による連続殺害事件ではないかと見られている」

 前から2列目の長机に座った塩田渉が、「……ん? 反人間組織と関係がないのなら、その事件はうちの範疇じゃなくね?」と首を傾げる。

 隣に座る最上七葉が「説明を待ちましょう」と小声で言い、鷹村哲、雨瀬眞白が演台につく大貫に注目した。

 黒のツナギ服を纏った特別対策官の童子将也は、黙ったまま腕を組む。

 大貫は言葉を続けた。

「今朝、4件目となるグラウカ殺害事件が、月白げっぱく区の雑居ビルで起こった。この事件の被害者は『アンゲルス』の分泌量が非常に少ない稀有けうな体質で、身体に複数の傷痕が残っており、そこから犯行に使用された凶器が推察された。……前置きが長くなったが、結論を言う。司法解剖を担当した監察医の見解では、凶器の形状はインクルシオのサバイバルナイフに酷似しているそうだ」

 大貫の話に、会議室にいる対策官たちが目を見開いた。

 対策官の一人が手を上げて質問する。

「お、大貫チーフ。それは、インクルシオ対策官が犯人だということですか?」

 最前列の長机に座るベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうが、思わずといった様子で口を挟んだ。

「いや。そう判断するのは早計すぎる。犯人は、何らかの手段でうちのサバイバルナイフを入手した、外部の人間かもしれない」

「可能性が多々あるのはわかる。でも、一番に疑うべきは対策官だろう?」

「待て待て。そもそも凶器の形状が似ているという話で、確定ではない」

 対策官たちが次々に意見を述べ、会議室内がにわかざわめく。

 高校生の新人対策官4人は、あちこちからあがる声に戸惑ったように顔を向け、童子は無言で前を見据えた。

 大貫は小さく咳払いをして言った。

「4件目の事件の被害者は『アンゲルス』の少ない体質ではあったが、それでもある程度は傷はふさがった。よって、確実に凶器を特定することは困難だ。それに、インクルシオのサバイバルナイフと形状のよく似た他のナイフもある。だが……」

 大貫は言葉を区切って、眼前の対策官たちを見渡した。

 一つ息を吐き、重々しい声音で告げる。

「万が一、このグラウカ連続殺害事件にインクルシオ対策官が関わっているとしたら、世間を揺るがす大問題となる。真相がそうでないことを祈りたい」


 緊急会議が終了した後、会議室の外の通路は各班の対策官でごった返した。

 「童子班」の面々は、人の流れに沿ってエントランスに向かう。

 周囲をキョロキョロと見回した塩田が、声をひそめて言った。

「……つかさ。さっきのサバイバルナイフの情報を対策官全員に知らせたのはマズくね? もし、この中に犯人がいるのなら、警戒されて尻尾を掴み辛くなると思うんだけど……」

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が、足を進めながら答える。

「情報を明らかにしたんは抑止の為や。犯人が対策官の可能性がある以上、まずは連続殺害事件を止めなあかん。上層部としては、現段階ではそうするしかあらへんやろな」

 童子は通路の途中で立ち止まると、「……せやけど」と高校生たちを見やった。

「人間やなく、えてグラウカ相手に連続殺害を犯すようなやからが、これくらいで大人しくなるとは思えへんけどな」

 童子の言葉に、鷹村が「犯人は、グラウカを狙った快楽殺人者か……」と眉をひそめる。

 すると、人混みの中から明るい声がかかった。

「……あの! すみません! 貴方は、童子特別対策官ですよね!?」

 その声に童子が振り向くと、一人の青年が小走りに近寄ってきた。

 つやのある黒髪をワックスで整え、鼻梁びりょうの通った爽やかな顔立ちをした青年は、満面の笑顔で「童子班」の5人の前に立つ。

「初めまして! 水間洸一郎と申します! この度、7月20日付けで名古屋支部から東京本部に異動してきました! 所属は中央班です!」

 そう言うと、黒髪の青年──水間洸一郎は、うやうやしく一礼をした。

 童子が「初めまして」と挨拶を返すと、水間は目を輝かせて言った。

「自分はインクルシオ対策官の端くれとして、ずっと童子特別対策官に憧れていました。異動のバタバタでご挨拶が遅れましたが、インクルシオNo.1の実力を持つ方にお会いすることができて、とても光栄です」

「そうですか。そんな風に言われると、なんや恐縮です」

「いやいや。恐縮なんてとんでもない。童子特別対策官が大阪支部に所属されていた時から、数多あまたのご活躍ぶりを耳にしてきました。こうして同じ場所に立っているだけで感無量です」

 水間が頰を紅潮させて熱弁し、塩田が「さすが、童子さん」と小さく笑う。 

 水間は童子の横にいる高校生たちに顔を向けた。

「初めまして。君たちが、「童子班」の新人対策官の4人だね。童子特別対策官が指導担当につくなんて、うらやましい限りだよ」

 高校生たちが「初めまして!」と声を揃え、水間はちらりと雨瀬を見た。

「……君が、“グラウカ初の対策官”の雨瀬眞白君?」

 フルネームで名前を呼ばれた雨瀬が、「はい」と返事をする。

 水間は腰をかがめて、雨瀬に至近距離で微笑んだ。

「グラウカってさ。優れたパワーと再生能力を持っていてすごいよね。任務で反人間組織のグラウカと相対していると、敵ながら感嘆することがしばしばだよ。雨瀬君も、自分がグラウカでよかったと思うでしょう?」

「──…………」

「是非、その高い能力を活かして、インクルシオで頑張ってくれよ!」

 水間が激励するように、雨瀬の肩を手でバシンと叩く。

 雨瀬は反射的に体を引いた。

 何故かはわからないが、水間の手のひらの感触に、驚くほどの虫酸が走った。


 午後10時。

 インクルシオ東京本部の隣に建つ寮の1階にある休憩スペースで、風呂上がりの「童子班」の面々は、ソファに腰掛けて寛いでいた。

 同じソファには、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいが座っている。

 海外ロックミュージシャンのツアーTシャツに、カーキ色のハーフパンツを履いた影下が言った。

「そっかぁ。水間さんに会ったのかぁ」

 炭酸ジュースのペットボトルの蓋を開けて、塩田が訊く。

「影下さん。あの人が、お偉いさんの息子さんなんスよね?」

「そうそう〜。厚生省の水間事務次官のご子息なんだってぇ。超のつくボンボンだよぉ」

 首からタオルを下げた鷹村が訊ねた。

「この時期に異動って珍しいですよね? 何かあったんですか?」

「う〜ん。なんかねぇ。本人の希望らしいよぉ。水間さんは、異動とかの要望が通りやすくて、今までに5ヶ所の支部を渡り歩いてきたんだってぇ」

 最上が「忖度そんたくね」と息をつき、塩田が「忖度そんたく、いいなぁー」と言って炭酸ジュースを飲む。

 紙パック入りのコーヒー牛乳を手にした童子が言った。

「……それより、気になるんは『グラウカ連続殺害事件』やな」

 影下が「だねぇ」と相槌を打つ。

「俺は十中八九、対策官の仕業だと思うねぇ。グラウカの脳下垂体を刃物で貫くのは、ただの殺人鬼には難しい。ある程度、訓練された人間でなきゃねぇ」

「……残念なことやけど、俺もそう思います」

「だとしたら、俺らは一刻も早く犯人を捕まえなければならないねぇ」

 影下の言葉に、その場の全員がうなずいた。

「もうすぐ、『インクルシオ夏祭り』なのにな……。嫌な事件だな」

 塩田が下唇を出して低く呟く。

 雨瀬は、テーブルに置いた緑茶のペットボトルをじっと見つめた。

 午前中の緊急会議後に会った、水間の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 急に背中がぶるりと戦慄わななき、雨瀬は得体の知れない不快な感覚に、ひっそりと眉根を寄せた。


 翌日。午前4時半。

 東京都水縹みはなだ区で、5件目のグラウカ連続殺害事件が起こった。

 地面に転がったグラウカの亡骸を見下ろして、水間が水中メガネを外す。

 そして、水間は鷹揚にきびすを返すと、体にねっとりと絡みつく朝もやの中に消えていった。




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