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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:06
42/224

07・夜明け

 木賊とくさ第一高校の体験学習で訪れた奥多摩のキャンプ場で、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、反人間組織『トレデキム』と対峙した。

 新人対策官4人のみで臨んだ決死の戦闘の最中さなか、インクルシオ立川支部の対策官5人と、その後にインクルシオ東京本部の特別対策官3人が現場に駆け付け、事態はようやく収束した。

 キャンプ場の近くにある町営の宿泊施設に逃れていた木賊とくさ第一高校の教師と生徒、及び一般人は、簡単な事情聴取の後にバスや車で帰途についた。

 そして、キャンプ場での事後処理を終えた「童子班」の高校生たちがインクルシオ東京本部に戻ったのは、午前3時を過ぎた頃だった。


「お前たち、本当によくやった」

 東京都月白げっぱく区にあるインクルシオ東京本部の7階の執務室で、本部長の那智明が言った。

 執務机につく那智の前には、南班チーフの大貫武士、北班チーフの芥澤丈一、特別対策官の童子将也、「童子班」の高校生4人が立っている。

 大貫が太い眉毛をハの字に下げて、大きく息をついた。

「……一時はどうなることかと思ったよ。とにかく、全員が無事でよかった」

「まぁ、反省すべき点はあるがな。それでも、『トレデキム』のクソ連中を相手によく戦った。お前らのおかげで、一般人の犠牲者を一人も出さずに済んだ」

 芥澤が口端を上げて言い、高校生たちは照れたようにうつむく。

 那智が笑みを浮かべて言った。

「今日はもう遅いから、寮に戻ってゆっくり寝ろ。報告書は後回しでいい」

 那智の言葉に4人は「はい」と返事をすると、ふと執務室にいる大人たちを見やった。

 大貫は微笑みながらもやや憔悴した様子で佇み、芥澤はネクタイが曲がったままで欠伸あくびをし、那智は端正な容貌に疲れが見えていた。

「……皆、お前らのことを心配してくれたんや」

 高校生たちの視線に気付いた童子が小さく言う。

 私服姿の新人対策官4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、深夜の執務室で背筋をぴんと伸ばした。

「──那智本部長! 大貫チーフ! 芥澤チーフ! 今回は応援の手配等のご尽力をいただき、誠にありがとうございました!」

 鷹村が声をあげて頭を下げ、他の3人が「ありがとうございました!」と続く。

 芥澤が「一丁前なことを言いやがって」と笑い、大貫は目を細めてうなずいた。

 那智が「早く体を休めろ」と柔和な眼差しで促し、「童子班」の高校生たちは深々と一礼をして執務室を後にした。


「……その時! 俺が電光石火の早業で構成員のうなじを貫いたんです! 構成員は『ガハァ!』って倒れて、女子大生が『カッコイイ!』ってうっとりして……」

「そうか。それはすごいな」

「塩田ぁ。その話、もう何回目だよ? 童子さんも、付き合わなくていいですよ」

 那智の執務室を出た後、寮の自室にそれぞれの荷物を置いた高校生たちは、2階の童子の部屋に集まった。

 時刻はすでに午前4時を回っていたが、『トレデキム』と交戦した興奮が冷めないせいか、眠気はない。

 「童子班」の5人は床に敷いたラグマットに座り、冷たい麦茶を飲みながらテーブルを囲んでいた。

「だってさぁ〜。俺の武勇伝を、童子さんに聞いてもらいたいじゃん〜」

「お前の話は、半分以上盛ってんじゃねーか」

「いいって、いいってー。この話は、藤丸と湯本にも10回は聞かせてやるぜ」

「それ、あいつらすっげー嫌がるぞ」

 鷹村が苦笑して言い、塩田が「へーき、へーき」と返す。

 虎がプリントされたTシャツにジャージ姿の童子は、「俺はいくらでも聞いたるで」と穏やかに笑った。

「……そんなことより。私たちは、大事な話をしなければならないわ」

 不意に最上が麦茶のコップをテーブルに置いて、低い声で切り出した。

「あー……。そうだな」

 鷹村が決まりの悪い表情で相槌を打ち、高校生たちは童子に視線を向ける。

 真剣な面持ちをした4人に、童子は「どないした?」と訊ねた。

 鷹村が目を伏せて言った。

「……昨日のキャンプ場で、スマホの電源を切ってしまってすみませんでした。インクルシオ対策官として、たとえ数時間のつもりでも、緊急時の連絡手段を絶ったことは大きな判断ミスでした。……正直、キャンプの楽しさで気が緩んでいました」

 鷹村の隣に座る雨瀬が、白髪を揺らして下を向く。

「……さっき、芥澤チーフが『反省すべき点がある』と仰っていました。きっとこのことだと思います。もし、僕らがスマホの電源を切らずに童子さんからの連絡を受けていれば、もっと早い段階で適切な行動ができた。『トレデキム』のリーダーの卯田だって、逃さずに済んだかもしれません。……本当に、すみませんでした」

 鷹村、雨瀬に続き、塩田と最上が「すみませんでした」と謝罪した。

 目の前で揃ってこうべを垂れた高校生たちに、童子が静かに口を開く。

「それな。俺は指導担当の立場として、ほんまは叱らなあかんねんけど……」

 童子は一旦言葉を区切ると、浅く息をついた。

「まぁ、俺がなんやかんや言わんでもちゃんと解っとるようやし、その件はもうええわ。今回の反省は今後に活かせばええ。俺は、それ以上は何も言うことはないわ」

「……え? それだけ?」

 塩田が目を丸くして顔を上げ、鷹村が「あ、あの。もっとこう、厳しく説教してもいいんですよ?」と真顔で提案する。

 最上が「自分たちで猛省するわよ!」とぴしゃりと言い、雨瀬が「うん」と深くうなずいた。

 童子は可笑しそうに笑って、「お前ら、窓の外を見てみろ」と言った。

 人の命を守る為の戦いを経た高校生たちが目をやる。

 そこには、夜明けの朱に染まった、美しく雄大な空が広がっていた。


 同刻。東京都立川市。

 インクルシオ立川支部の支部長の曽我部保は、ガリガリと頭を掻いた。

 昨夜、奥多摩のキャンプ場で『トレデキム』と交戦した対策官1名が、右手首を負傷して帰ってきた。

 おまけに他の対策官が「東京本部の新人たちはなかなか有望だ」、「特別対策官が3人も駆け付けた」等と嬉々として話しているのを聞き、ますます気分が悪くなった。

 執務室の窓から、明けゆく空が見える。

 曽我部は椅子に背をもたせると、「フン」と鼻から息を吐いた。

「……うちの対策官を助けたからって、感謝なんかしねぇぞ」

 口をへの字に曲げた呟きは、朝の静謐な空気に紛れて消えていった。


 同刻。東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、半井蛍はぱちりと目を覚ました。

「……悪い。いつの間にか、寝ちまってたか」

「いいよ、いいよ。まだ早いから、もっと寝ててよ」

 薄手のタオルケットを敷いた床から起き上がった半井に、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻が顔を向ける。

 乙黒は電池式のランタンの明かりを小さくして言った。

「半井君は、『トレデキム』の構成員にわざわざ『イマゴ』の情報を聞いてくれたんだ。すごく嬉しかったから、遠慮せずにゆっくりしてってよ」

「……結局、下っぱの構成員は何も知らなかったけどな」

「いいんだよ。それがわかっただけでも収穫だよ」

 半井は「そうか」と言って、スマホの時計を見た。

 四方に窓のない物置部屋は時間の感覚が麻痺するが、外は夜明けの時刻だった。

 半井が足元に置いていたデイパックに手を伸ばすと、その様子を乙黒がちらちらと見やる。

「……少し早いけど、乙黒も一緒に朝メシに行くか?」

 ぽつりと言った半井の誘いに、乙黒は「うん!」と目を輝かせて立ち上がった。


 同刻。東京都木賊とくさ区。

 反人間組織『トレデキム』のリーダーの卯田恭介は、人通りのない路地裏で言った。

「……そういうわけで、俺だけが何とか逃げてきたんだ。『トレデキム』は、インクルシオに壊滅されちまった。俺はしばらく地下に潜らなければならねぇから、悪いがあんたらのとこでかくまってくれないか?」

 卯田の懇願に、目の前に立つ人物の唇がゆったりと弧を描く。

「そ、そんでさ。こないだの話だけど、俺をマジであんたらの仲間に入れてくれないか? 最初は雑用係でも何でもいいよ。そのうち、実力でのし上がるから」

 卯田が一歩前に踏み出した時、その眉間にナイフが突き刺さった。

「……っ!!!!!」

 目を見開いた卯田が、膝を折って仰向けに倒れる。

 卯田にナイフを刺した人物──反人間組織『イマゴ』のメンバーのリリーは、『BARロサエ』のスチール製のドアを背にして、足元の亡骸を見下ろした。

「……ごめんなさいね。貴方とは、ちょっと顔が好みだったから数回飲んだだけなの。自分の実力を勘違いしないでね」

 そう言うと、リリーは店の従業員に「後の処理をお願いね」と指示した。

 頭上の空は、刻一刻と明るさを増していく。

 リリーはまぶしく照らす光に背を向けると、悠然と店の奥に戻っていった。




<STORY:06 END>

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