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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:06
39/231

04・キャンプ場の対峙

 午後8時。東京都西多摩郡奥多摩町。

 週末の人出で賑わう山間やまあいのキャンプ場に突如として現れたのは、反人間組織『トレデキム』だった。

 木賊とくさ第一高校の生徒であり、インクルシオ対策官でもある鷹村哲は、振り向きざまに叫んだ。

「──反人間組織だ!!! みんな、逃げろ!!!」

 キャンプ場の一角に集まって花火の用意をしていた生徒たちが、ナイフや鉄の棒を持った集団を目にして震え上がる。

「あそこの宿泊施設まで走って!!! 早く!!!」

 キャンプ場の駐車場を抜けて100メートルほどの場所にある宿泊施設を指差して、最上七葉が鋭く指示を出した。

「……み、みんな急げ! こっちだ!」

 引率の教師たちが誘導し、60人近くの生徒が花火セットやバケツを手放して一斉に走り出す。

 鷹村はこめかみに汗を滲ませて、素早く思考を巡らした。

(インクルシオ東京本部からここまで、車で2時間はかかる距離だ! 童子さんに緊急連絡を入れても、とても間に合わない! クソッ……!)

 鷹村はきつく歯噛みをすると、教師の一人に言葉を投げた。

「……先生! 至急、インクルシオ立川支部に連絡して下さい!」

「わ、わかった! お前たちは……!」

「俺らは“あっち”に行きます! 連絡を頼みます!」

 そう言って、鷹村は『トレデキム』の13人の男たちに体を向けた。

「──鷹村!! 雨瀬!! 最上ちゃん!!」

 いち早くテントに戻り、荷物から武器を取り出した塩田渉が走ってくる。

 塩田はそれぞれの武器をトスするように放り、鷹村と最上がインクルシオの刻印の入ったサバイバルナイフを空中でキャッチした。

 バタフライナイフを手にした雨瀬眞白が、「急ごう」と前方を睨む。

 黒の刃を握り締めた鷹村は、「行くぞ!」と声をあげて地面を蹴った。


「ねぇねぇ。可愛いお嬢さーん。俺と遊ばなーい?」

 大学生グループがつどっていたテントを襲い、逃げそびれた女性の腕を掴んだ『トレデキム』の構成員が、いやらしい笑みを浮かべた。

 別の構成員は「ほらほら、人間狩りだぞー! 逃げろ逃げろー!」とはやし立てながら、手当たり次第に周囲のテントを潰していく。

 反人間組織の襲来に、大勢の一般人が顔面蒼白でキャンプ場を逃げ惑った。

 足がもつれて転倒した男性を、鉄の棒を持った構成員が見下ろす。

 筋骨隆々の構成員は、ニヤニヤと笑って言った。

「さぁて。こいつでお前の体を滅多めった打ちにするか、素手で殴り殺すか、どっちにしようかなぁ?」

「た、た、た、た、助けて下さいぃぃ……っ!!!!」

 顔をゆがめて懇願した男性に、構成員が「やっぱ素手にしよ」とぬっと手を伸ばした──次の瞬間。

 音もなく空を滑った黒の刃が、構成員のたくましい右腕を斬り落とした。

「──うぎゃあああぁぁぁっ!!!!!!」

 肘から先を失った構成員が、目をいて絶叫する。

 その甲高い声が響き渡ると同時に、大学生の女性に絡んでいた構成員の喉元から、ズッと音を立てて鋭く光る刃が飛び出た。

 構成員は女性の腕を離し、「ぐあああぁぁぁぁ!!!!」と背をけ反らして前に倒れる。

「……な、なんだ!?」

 夜のキャンプ場に次々とあがった悲鳴に、『トレデキム』のリーダーの卯田恭介と他の構成員たちが顔を向けた。

 すると、体から鮮血と白い蒸気を噴き出してうずくまる二人の構成員と、武器を持った4人の高校生の姿が目に入った。

 鷹村と塩田が黒の刃についた血を払い、最上が「インクルシオです! みなさん、急いで宿泊施設まで逃げて下さい!」と一般の人々に呼びかけ、雨瀬が転んだ男性に手を貸して地面から起こす。

「何!?  インクルシオだと……!?」

 卯田はハッと反応して驚いたが、すぐに好戦的に口端を吊り上げた。

 広大なキャンプ場に、強い突風が吹きつける。

 武器を構えた4人の高校生──インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の新人対策官たちは、木立こだちが不穏にざわめく中で、『トレデキム』と対峙した。

 

 木賊とくさ第一高校の教師と生徒たちは、宿泊施設を目指して走っていた。

 キャンプ場の駐車場を抜けて、大きくカーブした道路を進む。

「──…………」

 緩い勾配こうばいの坂道を上がっている途中で、半井蛍は後を追ってくる二つの影に気付いた。

 半井は徐々に走るスピードを落として集団から外れ、道路脇の林の陰に身を隠す。

 ほどなくして、『トレデキム』の二人の構成員がやってきた。

「こっちにガキ共が逃げてったぜ! とっ捕まえて、全員殺そうぜ!」

 それぞれハーフパンツとジーンズを履いた男たちは、笑いながら林の前を通り過ぎる。

 半井が道路に出て「おい」と声をかけると、二人は背中をビクリと震わせた。

「……な、なんだテメェ! 脅かしやがって!」

「こんな所で、何してんだぁ? 逃げ遅れかぁ?」

 ナイフを手にした構成員たちが、半井をいぶかしげに見て足を止める。

 半井は静かな口調で訊ねた。

「一つ、訊きたいことがある。お前ら、『イマゴ』の構成員を知ってるか?」

「……は?」

「反人間組織『イマゴ』だ。拠点でもいい。何か情報を知ってるか?」

「……はぁ!? 何言ってんだ、こいつ!? そんなの知るわけねぇだろ!」

 ハーフパンツを履いた構成員が、いきり立って前に出る。

 半井は「そうか」と小さく返すと、目にも留まらぬ速さでハーフパンツの男のナイフを蹴り上げ、それを掴んで右目に突き刺した。

「ぐぎゃあああぁぁっ!!!」

 ハーフパンツの男が両手で顔を覆って叫び声をあげる。

 半井はすぐさま体を反転させて、ジーンズの男の喉元にナイフの切っ先を突き付けた。

 その素早い身のこなしと鋭い殺気に、ジーンズの男が「……お前、何者だ?」と体を硬直させて問う。

 半井は質問には答えずに、ゆっくりとナイフを下ろした。

「この先に進むつもりなら、今度は本気で殺す。さっさとキャンプ場に引き返せ」

「……くっ……!」

 男たちはじりじりと後ずさり、やがてきびすを返して坂道を下って行った。

 半井は浅く息をつき、ナイフを林の奥に放った。

 キャンプ場では、4人のインクルシオ対策官が『トレデキム』と相対している。

「………………」

 半井は眼下にあるキャンプ場をしばし見やると、体をひるがえして宿泊施設に向かった。


 東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にあるカフェスペースで、東班チーフの望月剛志が硬い表情で腕を組んだ。

 窓際のテーブルには、東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおりと、同じく東班の藤丸遼と湯本広大が座っている。

 壁に掛かった時計の針は、午後8時10分を差していた。

 一時間ほど前に、本部長の那智明からの緊急連絡で『トレデキム』が奥多摩のキャンプ場に現れたことを知った望月は、たまたまカフェスペースで見かけた芦花、藤丸、湯本に事態をしらせた。

 怪我の療養の為、体験学習を欠席した藤丸と湯本が、顔を強張らせてうつむく。

 つい数分前に望月のスマホに着信した最新情報では、キャンプの引率の教師の一人から『反人間組織がキャンプ場を襲っている。インクルシオ対策官の生徒4人が戦っている』という連絡がインクルシオ立川支部に入ったとあった。

 芦花が栗色のボブヘアを揺らして口を開いた。

「……立川支部の対策官が、すぐに現場に駆け付けるわ。あの子たちも一般の人々も、きっと大丈夫よ」

 黒のジャンパーを着た望月が、気を落ち着けるように大きく息を吐く。

「ああ。その通りだな。それに、「童子班」の連中は、これまでに何度もタフな経験を積んでいる。うちのNo.1の童子が指導担当についてる奴らが、簡単にやられるわけがない」

 望月の言葉に、藤丸が勢いよく顔を上げた。

「ええ。あいつらは決してヤワじゃない。学校のみんなとキャンプに訪れていた人たちを、必ず『トレデキム』から守り抜きます」

 そう言って、藤丸は両手の拳を握り締める。

 テーブルについた全員が、強い眼差しでしっかりとうなずいた。




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