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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:06
38/239

03・急転

 午後7時。東京都西多摩郡奥多摩町。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校の体験学習で奥多摩のキャンプ場に来ていた。

 夕食のバーベキューが終わり、生徒は分担して調理道具やゴミを片付ける。

 半井蛍が炊事場の流しで鉄板を洗っていると、隣に塩田渉が立った。

「おっす! キャンプ、楽しんでる?」

「…………」

「俺は小学校以来のキャンプだよー。雨瀬は初めてなんだってさ。さっきのバーベキューは、もうちょっと肉があれば最高だったよな。でも、焼きそばがすげー旨かった。お祭りの屋台とかさぁ、外で食べる焼きそばってなんであんなに旨いんだろうな?」

 塩田がたわしで鉄板をガシガシと洗いながら話す。

 半井は黙って下を向いたまま、淡々と手を動かしていた。

「そういやさぁ。こないだ、寮で最上ちゃんがチーズケーキを焼いてくれてさ。それがまた旨いのなんのって。俺らの指導担当の先輩が作るたこ焼きもさ、ほっぺたが落ちるくらいに絶品でさぁ〜」

「……塩田」

 塩田が上機嫌に話していると、Tシャツにジーンズ姿の半井が口を開いた。

 塩田は「ん?」と手を止めて、半井の横顔を見やった。

「……何故、インクルシオ対策官になった?」

 半井は静かな声で訊いた。

 半井の予想外の質問に、塩田は目をしばたかせる。

「反人間組織のグラウカに、家族でも殺されたのか?」

「……ああ。そういった理由で対策官を志望する人はいるけど、俺は違うよ」

 再び手を動かして答えた塩田に、半井が視線を向けた。

 塩田は鉄板についた洗剤の泡を水で流して言った。

「んー。まぁ、色々あってね。他の多くの対策官みたいに、人を助けたいとか平和を守りたいとか、そんなカッコいい理由ばかりじゃないよ」

「…………」

 蛇口から流れ落ちる水の音が、二人の間に響く。

 半井は「そうか」と言うと、洗い終わった鉄板を持って炊事場を出ていった。

「お前も、りないな」

 そこに、バーベキューで使用した折り畳み式のテーブルと椅子を片付けた鷹村哲がやってきて、塩田の背中に声をかけた。

 ゴミ袋を手にした雨瀬眞白と最上七葉も、炊事場に入ってくる。

 塩田は蛇口の栓をひねって水を止め、3人に言った。

「でも、ちょっと話せたぜ。前みたいに、拒絶されなかった」

「そうね。せっかく同じクラスなんだし、無理なく少しずつ打ち解けていけたらいいわね」

 最上が言い、塩田、鷹村、雨瀬がうなずく。

 すると、引率の教師の一人が、「お前たちー! 今夜くらいはスマホの電源を切れー! 大自然の中で画面を見て過ごすのはもったいないぞー!」と生徒たちに呼びかけた。

「……確かにな。ずっとってわけにはいかないけど、2、3時間くらいなら……」

 そう言って、鷹村がジーンズの尻ポケットに手を回す。

 雨瀬と最上も、それぞれのスマホを取り出した。

「じゃあ、童子さんに撮りためた画像の第二弾を送ってから、電源を切るかぁ」

 塩田がスマホの画面を素早くタップして、最後に電源をオフにする。

 一瞬、冷気を含んだ強い夜風がキャンプ場を吹き抜けた。

 「童子班」の新人対策官たちは、揃ってぶるりと身を震わせ、炊事場を後にした。


 東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、黒の車両が並ぶ駐車場に立った。

 時刻は午後7時を15分ほど回ったところだった。

 童子は黒のツナギ服の胸ポケットに手を入れて、ジープのキーを取り出す。

 その時、インクルシオの正門から駐車場に入ってきたジープのウィンドウが開き、北班に所属する特別対策官の時任直輝が顔を出した。

「よっ! 童子! 今から出るのか?」

「ああ。不言いわぬ区とゆるし区の、不審者情報が出とる箇所を回ってくるわ」

 助手席に4本のブレードを置いた時任が訊き、童子が返答する。

 時任はジープをバックさせて駐車スペースに停めると、ブレードを脇に抱えて車を降りた。

「晩メシはもう食ったのか?」

「いや。まだやけど、出先で適当に食うわ」

「はは。あいつらがいないと、メシを食うことすらルーズになるな」

「ほんまやわ」

 そう話していると、童子のスマホの着信音が鳴った。

 童子が尻ポケットのスマホを取り出してタップすると、『マンキツ中!』という塩田のメッセージと共に、多くの画像が送られてきた。

「おー! また、いっぱい送ってきたなー! バームクーヘン旨そう! バーベキューいいなぁ!」

 時任が反対側からスマホを覗き込んで、楽しげに声をあげる。

 童子が笑みを浮かべて順番に画像を見ていると、ふと、手の動きが止まった。

 童子は紙皿に乗った焼きそばを頬張る高校生たちの背後に写る、黒のキャップを被った人物に目をらす。

 にわかに表情が変わった童子に、時任が「どうした?」と顔を上げた。

 童子は目を見開いて言った。

「あかん……! 『トレデキム』の卯田恭介や……!」

「えっ!?」

 言うやいなや、童子はスマホをタップして塩田に発信した。

 しかし、塩田のスマホは電源が切られていて通じない。

 童子はすぐに鷹村、雨瀬、最上のスマホに掛け直したが、結果は同様だった。

「──クソッ!!!」

 反人間組織『トレデキム』のリーダーの卯田恭介の近くには、構成員らしき複数人の男の姿がある。

 童子は大きく舌打ちをすると、別の電話番号を指で叩きつけた。


「……何だって!?」

 インクルシオ東京本部の5階の執務室で、南班チーフの大貫武士は革張りのソファセットから立ち上がった。

 向かいのソファに背をもたせて番茶を啜っていた北班チーフの芥澤丈一が、片眉を上げて大貫を見やる。

 童子から掛かってきた電話に出た大貫は、血相を変えて言った。

「キャンプ場の画像に、『トレデキム』の卯田が写ってるって!?」

「──!」

 大貫の叫ぶような声を聞いた芥澤は、スラックスのポケットからスマホを掴み出すと、インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保に発信した。

 数回の呼び出し音が鳴り、相手が出るのを苛々(いらいら)と待つ。

 その間に、大貫は童子との通話を切り、キャンプ場の画像の転送を受け取った。

 卯田の姿を確認した大貫が、「……なんてことだ……」と低く呟く。

 ようやく電話に出た曽我部が、『芥澤かぁ? なんの用だよ?』と不機嫌な声で訊いた。

 芥澤は間髪入れずに大声で言う。

「曽我部! 奥多摩のキャンプ場に『トレデキム』の卯田がいる! 構成員らしき奴らも一緒だ! 大至急、対策官を向かわせろ!」

 芥澤の言葉に、曽我部は一拍いっぱくの間を置き、『……それ、本当かよ?』と怪訝けげんに訊き返した。

「嘘を言ってどうなるんだよ! うちの高校生らが撮った画像に卯田が写ってんだ! 『トレデキム』のクソ共は、キャンプ場で暴れるつもりだぞ! 急いで対策官を現場にやれ!」

『……近くを巡回してる対策官を行かせるが、それでも奥多摩までは時間はかかる。そっちの新人たちは、ちゃんと武器を持って行ってるのか? 少しは使いものになるんだろうな? 今日は週末だから、キャンプ場は人出が多いは……』

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと手配しろ!!!」

 芥澤は曽我部の言葉をさえぎり、そのまま乱暴に通話を切った。

 手にしたスマホをソファに投げて、「クソが!」と荒く息を吐く。

 童子から高校生4人のスマホの電源が入っていないことを聞いた大貫は、キャンプ場の近くに町営の宿泊施設があることを思い出した。

 宿泊施設の従業員を介して高校生たちに連絡が取れないかと考えたが、唇を噛んで首を振る。

(……『トレデキム』が、いつキャンプ場を襲うかわからない。そんな状況で、一般人を行かせるわけにはいかない……!)

 大貫は両手の拳を強く握り、掠れた声を絞り出した。

「……後は任せるしかない。どうか、間に合ってくれ」


 午後8時。東京都西多摩郡奥多摩町。

 木賊とくさ第一高校の生徒たちは、わいわいと花火の用意をしていた。

 手持ち花火のセットと水を汲んだバケツを、キャンプ場の隅にある花火の指定場所まで持っていく。

 線香花火を指でつまんだ鷹村が、「こういうの、久しぶりだな」と言った。

 鷹村の隣に立つ雨瀬が、「僕、花火をした記憶がない……」と呟く。

「そりゃあ、お前は俺がいくら誘っても、かたくなに来なかったからなぁ」

 鷹村がいたずらっぽく笑い、雨瀬は「ごめん」と身を縮こませた。

 鷹村は小さな箱に入った花火を手に取って言う。

「別にいいけどさ。……お。これヘビ玉だぜ。懐かしいな」

「それ、どんなの?」

 雨瀬が訊いた時、キャンプ場の一角から「きゃー!」と鋭い悲鳴があがった。

「!」

 雨瀬と鷹村が驚いて振り返ると、20メートルほど離れた場所にあるテントの脇から、大学生らしき男女のグループが逃げ出してきた。

 大学生グループの後ろには、ナイフや鉄の棒を持った数人の男が立っている。

 その顔を見た「童子班」の高校生4人は、即座に反応した。

「──あれは……!!! 『トレデキム』!!!!」

 黒のキャップを外した茶髪の男が、広大なキャンプ場をゆっくりと見渡す。

 卯田は獰猛に口角を上げ、「さて。遊ぶか」と舌なめずりをした。




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