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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:06
37/231

02・災いの前兆

 午後8時。東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、スナック菓子の袋を開けた。

 物置部屋には窓がなく、電池式のランタンの光が室内を照らしている。

 テーブル代わりのカラーボックスの上には、数種類の菓子とジュースの入った6つの紙コップが置かれていた。

「ねぇ。反人間組織でさ、一番強いところはどこなの?」

 乙黒が厚切りのポテトチップスを齧って訊ねる。

 水色のワイシャツに麻のジャケットを羽織った遊ノ木(ゆのき)秀臣ひでおみが、アーモンド入りのチョコレートを手に取って答えた。

「それは、『イマゴ』じゃないかな? なぁ、鳴神?」

 木箱に腰掛けた鳴神冬真なるかみとうまが「ああ」と返事をする。

 中学校のセーラー服を着た茅入姫己かやいりひめきが、グレープ味のグミを指でつまんで言った。

「鳴神さん。どうして、『イマゴ』が一番なんですか?」

「それはね。『イマゴ』がインクルシオのキルリストの最上位組織だからだよ」

 鳴神が茅入に涼しげな眼差しを向けて返答する。

 茅入は「カッコいい……」と両手の指を組んでうっとりした。

「へぇ〜。それは、初めて知ったなぁ」

 子供用の玩具の消防車にまたがった獅戸安悟しどあんごが、チーズ味のポップコーンを口に放り込んだ。

「でもよ。『イマゴ』って、ニュースとかで組織名はよく聞くけど、リーダーも構成員も全然表に出てこないよな? インクルシオは何か掴んでいるのか?」

「いや。俺がインクルシオにいた時から、『イマゴ』の構成員の詳細は不明だった。おそらく、今もそうだろう」

 鳴神の回答に、獅戸が「案外、手を焼いてんだな」と肩をすくめる。

 遊ノ木が紙コップに入ったジュースを飲んで言った。

「『イマゴ』は、事件現場に痕跡は残すんだけどねぇ。組織名入りのナイフを置いたり、壁や床に組織名を書いたり……」

 遊ノ木の話を聞いた茅入が、「“床に組織名”は、こないだうちもやったよねー」と無邪気に笑う。

 束ねた新聞紙の上に座った半井蛍なからいけいは、黙ったままジュースを一口飲んだ。

 乙黒が「これ美味しいよ」と半井にポテトチップスを勧める。

 遊ノ木が話を続けた。

「そう言えば、ちょっと職場で聞いたことがあるんだけどさ。立川とか八王子でよく殺人事件を起こしてる『トレデキム』っていう反人間組織が、『イマゴ』と繋がってるらしいよ。本当かどうかはわからないけど、インクルシオはちまたに流れるこのうわさを重要視してるって」

 乙黒は「ふぅん」と息を漏らすと、カラーボックスを囲んで座る『キルクルス』のメンバーに言った。

「……じゃあさ。その『イマゴ』を越えて、僕らが“一番”になろうよ。インクルシオのキルリストの最上位には、この『キルクルス』が君臨しよう」

 獅戸が「いいねぇー!」と目を輝かせる。

 他のメンバーの表情にも異論の色はなく、乙黒はゆったりと口角を上げて微笑んだ。


 翌々日。午前10時。

「ひゃー! やっぱり、自然はいいなぁー!」

 荷物を詰め込んだデイパックを下ろして、塩田渉が大きく伸びをした。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、それぞれが動きやすい服装に身を包み、東京都西多摩郡奥多摩町のキャンプ場に降り立った。

 木賊とくさ第一高校が実施する体験学習の一コースであるキャンプには、60人の生徒が参加し、4人の教師が引率についた。

 豊かな森林に囲まれたキャンプ場の近くには町営の宿泊施設があり、地元食材を使った食事処や温泉が完備されている。

 その為、キャンプ場には家族連れや若者グループ等の姿も多く見られた。

「……藤丸と湯本は、来れなくて残念だったな」

 鷹村哲が広大なキャンプ場を見渡して言う。

 3週間ほど前、東班に所属する藤丸遼ふじまるりょう湯本広大ゆもとこうだいは、反人間組織『マグナ・イラ』との交戦で負傷した。

 二人はすでに病院を退院して寮生活に戻っているが、当面は安静が必要として、今回の体験学習は欠席となっていた。

「二人共、まだ無理はできないものね。仕方がないわ」

 薄手のパーカーにジーンズ生地のショートパンツを履いた最上七葉が返す。

 鷹村と最上の後ろに立つ雨瀬眞白は、初めてのキャンプに緊張した面持ちを浮かべていた。

「おーい! 木賊とくさ第一高校の生徒は、こっちに集合だー!」

 引率の教師が大きな声で呼び掛ける。

 塩田が足元に置いたデイパックを持ち上げ、肩にかついで言った。

「よーし! 行こうぜ! 藤丸と湯本には、帰ったらお土産話をいっぱいしてやろう!」

 塩田の言葉に鷹村が「そうだな」とうなずき、「童子班」の高校生たちは澄んだ空気の中を一斉に走り出した。

 その後の体験学習では、生徒が5人一組のグループに分かれて、テント張りやまき割りや飯盒はんごう炊さん等を学んだ。

 昼食はキャンプ場の炊事場で、カレーとサラダ作りにわいわいと盛り上がった。

「わぁ、半井君。包丁使うのすごく上手ね」

 まな板でにんじんを切っていた半井に、同じグループの女子生徒が話しかける。

 半井は「……いや」と小さく返して目を伏せた。

 隣のテーブルでは、繋がったきゅうりのスライスを持ち上げた最上が「こら! 塩田! ちゃんと切りなさいよ!」と怒り、鷹村が苦笑しながら慣れた手つきでキャベツを刻んでいる。

 雨瀬は火にかけた飯盒はんごうを、しゃがんで珍しそうに見つめていた。

「ふふ。塩田たちは、いつも賑やかね」

 髪を一つに束ねた女子生徒が、可笑しそうに笑う。

 半井はわずかも視線を向けることなく、黙って包丁を動かした。


 午後2時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、寮の食堂で遅めの昼食をとっていた。

 童子はテーブルの上に置いたスマホに、何度となく目をやる。

 そこに、背後から聞き慣れた声がかかった。

「おーす! 童子ぃー! 今、メシかー?」

「お疲れ様です。童子さん。ご一緒してもいいですか?」

 童子が顔を上げると、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすくがトレーを持ってやってきた。

 二人は童子の向かいにトレーを置き、椅子を引いて座る。

「お疲れさん。お前らも、今から昼メシか」

「そうなんだよー。捜査が立て込んでて遅くなっちまった。すげー腹ペコだぜ」

 時任は「いただきます!」と手を合わせると、大口を開けて牛丼をかきこんだ。

 時任のトレーには、鶏の唐揚げと豚しゃぶサラダも乗っている。

「「童子班」の新人たちは、今日から学校のキャンプですか?」

 市来が五目チャーハンをレンゲですくって訊き、童子はアジフライを齧って「せや」とうなずいた。

「1泊2日だったっけ? 可愛い後輩たちと離れて寂しいなぁ? 童子ぃ?」

「まぁな」

 時任のからかいに童子が素直に返事をすると、テーブルのスマホが鳴った。

 童子はスマホを手に取り、画面をタップする。

 すると、奥多摩でキャンプ中の高校生4人から、『楽しんでます!』のメッセージと共に何枚もの画像が送られてきた。

「おおー! あいつら、大自然を満喫してるなぁー!」

「あ。飯盒はんごう炊さんだ。おコゲが美味しそう〜。あはは、塩田君のサラダ、きゅうりが繋がってる。こっちはテントか。中が広くてきれいですねー」

 童子のスマホを覗き込んだ時任と市来が、笑みを浮かべて言う。

 一枚一枚の画像を見ながら、童子は穏やかに微笑んだ。

「やっぱり、青春はいいな!」

 ガッハッハと豪快に笑った時任に、市来が「ですね〜!」と同意する。

 童子は『ケガせんように、みんなで楽しんでこい』と返信を送ると、スマホを黒のツナギ服の尻ポケットにしまった。


 午後2時半。東京都西多摩郡奥多摩町。

 多くのテントが張られたキャンプ場に、黒のキャップを目深まぶかに被った男が現れた。

 Tシャツにカーゴパンツを履いた男は、ポケットに両手を突っ込んで大股に歩き、その後ろを仲間らしき12人の男たちが続く。

 短髪を茶色に染めた男──反人間組織『トレデキム』のリーダーの卯田恭介は、緑の中でキャンプを楽しむ人々に目をやった。

 この日は週末で人出が多く、あちこちから明るい笑い声が聞こえる。

 キャンプ場の一角では、どこかの高校生らしき集団が、歓声をあげながらバームクーヘンを焼いていた。

「──フン。せいぜい、今のうちに楽しんでおけよ」

 卯田はあざけるように低く呟くと、双眸を不気味に光らせた。




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