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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:05
33/231

04・キルクルス-Ⅳ

 午前9時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の5階の執務室で、南班チーフの大貫武士は『紙』をテーブルに置いた。

 執務室に置かれたソファセットには、南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の雨瀬眞白、鷹村哲が座っている。

 雨瀬は木賊とくさ第一高校の昇降口で『紙』を発見した後、すぐに童子に連絡を入れ、鷹村と共にインクルシオに引き返してきた。

 大貫がテーブルに置いた小さなメモ用紙には、『もうすぐ面白いニュースを届けるよ』とサインペンで書かれており、文末に『キルクルス・乙黒阿鼻』と記されていた。

 大貫は両手の指を組み、慎重な声で言った。

「……これは、犯行予告と見るべきだな。しかし、『キルクルス』が一体どこで何をするつもりなのか……。あまりにも情報がなさすぎるな」

「“もうすぐ”ということは数日以内でしょうけど、インクルシオにとって『キルクルス』は未知の組織だけに、犯行を予測するんは困難ですね」

 黒のツナギ服を着た童子が言い、隣に座る雨瀬と鷹村に目をやった。

「お前らは、何か思い当たることはあらへんか?」

「……いえ。全くないです」

 鷹村が硬い表情で答え、雨瀬が「……僕もないです」と言って視線を下げる。

 鷹村は目の前の紙片を睨んで言った。

「でも、このメッセージを寄越してきた以上、阿鼻は必ず“何か”をやります。決して、ただのおどしや悪戯いたずらなんかじゃない。同じ児童養護施設で育った幼馴染として、それだけはわかります」

 鷹村の言葉に、雨瀬が唇を引き結んでうなずいた。

 執務室を重々しい空気が包み込む。

 大貫は一つ息を吐いて、「何にせよ」と口を開いた。

「このまま乙黒の思い通りにさせる訳にはいかない。この件は、ただちに関東エリアの全対策官に通達する。我々はあらゆる事態を想定し、全力を挙げて『キルクルス』の捜査にあたっていくぞ」

 

 正午。東京都木賊とくさ区。

 多くの生徒で賑わう木賊とくさ第一高校の学生食堂で、塩田渉は上体をかがめて声を潜めた。

「……大貫チーフは、何だって?」

「……関東エリアの全対策官への通達と、『キルクルス』の捜査の徹底だって」

 鷹村がカツカレーのスプーンを持って小声で答える。

 大貫の執務室を出た雨瀬と鷹村は、再び電車に乗って登校し、4時間目から授業に出ていた。

「まぁ、それしかないよな」

 冷やし中華が乗ったトレーを前にした塩田が、細く息をつく。

「乙黒がいつどこを狙ってくるのか、何もわからないのが歯がゆいわね」

 たらこスパゲティをフォークで巻いた最上七葉が、険しい眼差しで言った。

 ふと、鷹村が顔を上げて疑問を口にした。

「……そう言えば、眞白の靴箱に『紙』を入れたのは誰だろう? 昇降口の靴箱は出席番号が書かれているだけでネームプレートはないし、阿鼻は俺らのクラスだって知らないはずだ」

 冷やし中華の麺を啜った塩田が言う。

「それは、やっぱり乙黒本人じゃねぇの? 雨瀬の靴箱は事前に調べてさぁ」

「調べるって、どうやって?」

「そりゃあ、登下校ん時に、どっかから望遠鏡で盗み見たりとかさー」

 学生食堂の窓のからは、学校の正面玄関とその奥にある昇降口が見える。

 鷹村は外の景色に目をやりながら、「うーん……」と低くうなった。

 最上が水の入ったコップを手にして言った。

「鷹村の疑問には、乙黒本人、乙黒の仲間、乙黒が雇った第三者と、いくつかの可能性が挙げられるわ。でも、うちの高校は防犯カメラを設置していないし、人の出入りの多い昇降口で、誰が靴箱に『紙』を入れたかを特定するのは難しい。……今はとにかく、事件を未然に防ぐことに注力するべきね」

 最上の言葉に、鷹村は「そうだな」と納得して残りのカツカレーをかき込んだ。

 ほどなくして、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、「童子班」の新人対策官4人は食べ終えた食器とトレーを片付けて学生食堂を出た。

「次は化学? 古典? それとも、移動教室だっけ?」

「それくらい覚えてなさいよ」

 塩田と最上が話しながら、リノリウムの廊下を進む。

 その時、塩田の学生ズボンのポケットから、一枚のプリントシールが落ちた。

「………………」

 床にひらりと舞ったプリントシールに、一人の生徒が手を伸ばす。

 小さなシールを拾い上げたのは、1年A組に転入した半井蛍だった。

 手のひらに乗せたプリントシールには、楽しげな笑顔で写る5人の人物と、「インクルシオ東京本部・童子班」の手書き文字があった。

 半井はそれを無表情で見つめると、覆い隠すように手のひらを閉じた。


 翌日。神奈川県横浜市天鵞絨びろうど区。

 インクルシオ横浜支部の会議室で、特別対策官の大峰泰生が演台に手をついた。

 時刻は午後9時を少し回ったところだった。

 大峰は会議室に集まった対策官たちを見やって声を発した。

「よし。みんな集まったな。それでは、これから反人間組織『エレミタ』の摘発に向かう。『エレミタ』の拠点は瑠璃るり区にある水産会社だ。構成員はおよそ70人。これに対して、うちは35人の摘発チームで臨む。……えーと。だから、一人につき二人倒せばオッケーだ」

 大峰がわざと冗談めかして言うと、摘発チームの対策官たちから笑いが起きた。

「大峰さんが、10人倒してもいいんですよ!」

「大暴れして下さい! 大峰特別対策官!」

 それぞれに武器を装備した対策官たちの明るい声が、演台に飛んでくる。

 大峰は笑みを浮かべて、「それと」と言葉を続けた。

「みんなも見たと思うが、昨日、東京本部から気になる通達が届いた。通達にあった『キルクルス』は新興の反人間組織らしいが、こいつらが神奈川エリアに現れないとは限らない。念の為に留意しておこう」

 黒のツナギ服を纏った対策官たちが「はい!」と返事をする。

 大峰はまっすぐに前を見つめると、大きく息を吸い込んで、力一杯に叫んだ。

「──それじゃあ、行くぞ!!! 反人間組織『エレミタ』を壊滅する!!!」

「おう!!!!!」

 大会議室に集まった対策官たちが大声で意気込む。

 インクルシオ横浜支部による『エレミタ』の摘発は、一時間後に迫っていた。


 午後9時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の3階には、対策官たちが使用するオフィスがある。

 オフィスは各班ごとにパーテーションで区切られ、整然と並ぶデスクにはノートパソコンや書類等が置かれている。

 人もまばらな夜のオフィスで、童子はノートパソコンを操作していた。

「よっ! 童子!」

「こんばんは。童子君」

 そこに、北班に所属する特別対策官の時任直輝と、東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおりがやってきた。

 背中と腰に4本のブレードを装備した時任が、デスクに向かう童子に訊ねる。

「真剣な顔をして、何か調べ物か?」

 童子は椅子に背をもたせて、「せや」と答えた。

「『キルクルス』の乙黒阿鼻について調べとるんやけど、何も出てこんわ」

「ああ。大貫チーフの通達の件か。昨日から、どの班も警戒を強めてるな」

「私も色々と調べてみたけど、乙黒に繋がる手掛かりは皆無に等しいわね」

 時任と芦花が、童子の近くの椅子を引いて座る。

 童子はデスクに置いた缶コーヒーを手に取って言った。

「……雨瀬や鷹村の様子を見とると、乙黒は少年やからと言って決して軽視すべきやない人物やと思える。せやから、出来る限り早う『キルクルス』の実態を掴みたいんやけどな」

 時任は「そうだな」とうなずくと、デスクに置かれたデジタル時計に目をやった。

「お。もうすぐ、横浜支部の摘発が始まるな。大峰さん、張り切ってるかな」

「特別対策官としての初の大きな任務ね。『エレミタ』は古参組織で構成員の数が多いけれど、大峰さんならきっと大丈夫よ」

 芦花が栗色のボブヘアを揺らして微笑み、時任が「ですよね」と微笑み返す。

 童子はコーヒーを一口飲んで言った。

「大峰さんは、ほんまに強い人や。そこらの奴は敵やない。俺らは、ええ結果が来るのを待とう」

 オフィスの窓の外には、夜空が広がっている。

 煌々(こうこう)と光る月に、黒闇こくあんの雲がゆっくりと近付いていた。




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