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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:05
32/231

03・キルクルス-Ⅲ

 東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、乙黒阿鼻はランタンの明かりをともした。

「へぇ。電池式のランタンか。優しい光で、けっこういいね」

 薄手のジャケットを脱いだ遊ノ木(ゆのき)秀臣ひでおみが言う。

「そうでしょ。あ、そこらへんに適当に座って」

 乙黒が促すと、遊ノ木と共に「むささび園」に訪れたもう一人の人物──鳴神冬真なるかみとうまは、古びた木箱に腰掛けた。

 遊ノ木は29歳、鳴神は25歳の“人間”である。

 乙黒は普段は自身の寝床にしている、横に倒した冷蔵庫の上に座った。

「鳴神さん。遊ノ木さんから聞いたけど、最近は体調がいいみたいだね」

 乙黒が顔を向けて言い、涼しげな風貌をした鳴神がうなずく。

「ああ。多少の波はあるけど、わりと安定してるよ」

「それはよかった。鳴神さんが万全なら、僕らは敵なしだ」

 乙黒が微笑むと、物置部屋の錆びたドアが軋んだ音を立てて開いた。

「おー。お前ら、もう来てたのか」

「キャア。鳴神さんだぁ」

「……こんにちは」

 ランタンの光が反射する戸口に現れたのは、獅戸安悟、茅入姫己、半井蛍の3人だった。

 獅戸は23歳、茅入は14歳、半井は15歳で、3人共が“グラウカ”である。

「そこのコンビニで飲みモン買ってきたぞ。みんな、好きなの取れよー」

 獅戸が手に下げたビニール袋から、缶コーヒーやペットボトルを取り出す。

 茅入が「私、抹茶オレがいいー」と手を伸ばし、遊ノ木が「ありがとう。遠慮なくいただくよ」とアイスティーのペットボトルを手に取った。

 乙黒が炭酸ジュースの入ったペットボトルの蓋をひねって言った。

「ねぇ。みんな。先日、いい情報が入ったんだ」

「いい情報? どんな?」

 獅戸が子供用の玩具の消防車にまたがって訊く。

 半井は麻の紐でまとめられた漫画雑誌、茅入は古新聞の束の上にハンカチを敷いて座り、乙黒に注目した。

 乙黒は炭酸ジュースを一口飲んで口を開いた。

「インクルシオ横浜支部が、反人間組織『エレミタ』の摘発をするらしい」

 乙黒の話に、遊ノ木が「そうなのか」と反応する。

「『エレミタ』って、神奈川エリアの古参の反人間組織だよね。摘発ってことは、ついに拠点が割れたのか。場所や日時はわかっているのかい?」

「いや。そこまでの情報はまだだね。詳細はわかり次第、連絡が来るよ」

 乙黒は「それとさ」と言葉を続けた。

「インクルシオで、新しい特別対策官が任命されたんだって」

「え? マジで? 特別対策官の任命なんて、何年ぶりかじゃねぇ? 一体、誰だ?」

 缶コーヒーを飲んでいた獅戸が顔を上げて食いつく。

 半井は緑茶のペットボトルを手にしたまま、関心がなさそうに目を伏せた。

「横浜支部の大峰って人だよ。僕はよく知らないけど」

「ああ。大峰泰生か。彼は、ずっと横浜支部の第一線で活躍してきた対策官だよ」

 遊ノ木がぽんと手を叩いて言い、茅入が「その人、強いの?」と訊ねる。

 獅戸が「そら、めちゃくちゃ強ぇよー。特別対策官になるくらいだからなぁ」と笑って答えた。

 鳴神が静かな眼差しで言った。

「反人間組織『エレミタ』と、新たな特別対策官。……君の狙いは、その二つかな?」

 乙黒がゆっくりと口角を上げる。

 鈍色にびいろのコンクリートに囲まれた物置部屋で、乙黒は告げた。

「僕らのお披露目には、ちょうどいい機会だ。──さぁ。『キルクルス』の始動だよ」


 東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の2階には、男性用と女性用のロッカールームがある。

 インクルシオの制服である黒のツナギ服はあらかじめ寮の部屋で着用するという対策官もいるが、ブレードやサバイバルナイフ等の武器については必ずロッカールームに保管する規則となっていた。

 午後9時を少し回った時刻、この日の巡回を終えた「童子班」の面々は、男女に分かれてそれぞれロッカールームのドアを開けた。

 「童子班」の男性4人が明るい照明の室内に入ると、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおき、同じく北班の市来匡いちきたすく、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいと顔を合わせた。

 背中と腰に装備した4本のブレードを外しながら、時任が言う。

「いやぁ〜! ついに、横浜支部の大峰さんが特別対策官になったな!」

「おめでたいニュースで、嬉しいですね」

 壁際に設置されたウォーターサーバーでミネラルウォーターを汲んだ市来が、笑顔で返した。

「大峰さんなら、納得だよねぇ。特別対策官に相応ふさわしい強さだもの」

 そう言って、影下がのそのそと黒革製のベルトを外す。

 自身のロッカーの前に立った塩田渉が、ふと顎に手を当てた。

「……そう言えば、何年か前に“伝説の特別対策官”がいたって、訓練生の時に聞いたことがあるんですけど……」

「ああ。それは鳴神冬真さんのことだね。元No.1の特別対策官で、5年前まで南班に所属していた人だよ」

 市来の説明に、塩田が「えっ! 南班だったんスか!」と驚く。

 鷹村哲が「へぇ」と反応し、雨瀬眞白が「知らなかった」と呟いた。

 着替えを終えた時任が、ロッカーの扉を閉めて懐かしげな声を出す。

「鳴神さんかぁ〜。あの人は、本当に伝説みたいな存在だったな。何てったって、中3でインクルシオ対策官になって、中3のうちに特別対策官になったんだからなぁ」

「ええーっ!!! ち、中3で特別対策官!? マジっすか!?」

 塩田が素っ頓狂な声をあげ、鷹村と雨瀬も揃って目を丸くした。

 ミネラルウォーターの入った紙コップを持った市来が言う。

「でも、残念ながら、鳴神さんはインクルシオを辞めてしまったんだよね」

「そんなすごい人が、どうして辞めちゃったんですか?」

「うーん。詳しい理由は、僕は知らないなぁ」

 塩田の質問に市来が眉尻を下げて言い、鷹村が後ろを振り返って訊いた。

「……童子さんは、鳴神さんに会ったことはありますか?」

 2本のサバイバルナイフをロッカーにしまった特別対策官の童子将也が、「おう。あるで」と返事をした。

「俺が新人対策官やった時に、一度だけ鳴神さんと会うたわ」

 時任が「え? 大阪で?」と訊き、童子が「せや」とうなずく。

「5年前に大阪支部で大きな摘発があって、鳴神さんが東京本部から応援に来たことがあったんや。そん時に挨拶させてもうた。鳴神さんがインクルシオを辞めたんは、それから数ヶ月してからやな」

「そうだったのか。俺も新人の時に鳴神さんと話したことがあるけど、本当に強くて優しくて、かっこいい人だったな」

「鳴神さんは、あの頃の全ての対策官の憧れだったもんねぇ」

 影下の言葉に、時任が「そうそう」と相槌を打つ。

 塩田が大きくため息を吐いた。

「そんな人が辞めちゃったのかぁ。理由はわかんないけど、勿体ないなぁー」

「確かにな。……てゆーか、そろそろ行かないと最上が怒るぞ」

 ロッカールームのドアを見やって、鷹村が言う。

 外の通路では、女性用のロッカールームで着替えを終えた最上七葉が4人を待っていた。

「おっと、そうだった! じゃあ早速、最上ちゃんにも鳴神さんの話を教えてあげよっと!」

 塩田は脱いだツナギ服をランドリーボックスに放り込むと、いそいそとドアに向かった。

「なんか小腹が減ったなぁ。寮の食堂でうどんでも食うかぁ」

 影下が腹部をさすって言い、時任と鷹村が「いいですねぇ!」と賛同する。

 童子が「俺、きつねにしよ」と言って足を踏み出し、私服姿の対策官たちはロッカールームを後にした。


 翌日。東京都木賊とくさ区。

 木賊とくさ第一高校に登校した「童子班」の高校生4人は、校門をくぐって正面玄関の奥の昇降口に向かった。

 朝の光が射し込む昇降口は、多くの生徒で賑わっている。

 雨瀬が靴箱に手を入れると、小さな紙がひらりと足元に落ちた。

 雨瀬は腰をかがめて、白色の紙片を拾う。

「……!」

 二つに折り畳まれた紙を開くと、見知った名前が目に映った。

 ──そこには、『乙黒阿鼻』と書かれていた。




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