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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:05
31/224

02・キルクルス-II

 午前8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で幹部会議が開かれた。

 ライトブルーのワイシャツを着た本部長の那智明なちあきらが、資料を手にして言う。

「先ほど入った情報だが、蘇芳すおう区のラブホテルでグラウカの犯行と思われる殺人事件が起きた。路木、この件について報告してくれ」

 楕円形の会議テーブルについた西班チーフの路木怜司ろきれいじが、顔を上げて「はい」と応じた。

蘇芳すおう区の事件は、ラブホテルの従業員からの通報で発覚しました。現在、5名の対策官が現場で捜査していますが、諸々の詳細についてはまだわかっていません。現時点で判明しているのは、被害者の男性が身体中の骨という骨を折られて死んでいたということくらいですね」

 東班チーフの望月剛志もちづきつよしが「うへぇ」と声を漏らす。

 北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういちが「クソ趣味の悪い快楽殺人みてぇだな」と眉根を寄せ、路木がうなずいた。

「ええ。そうですね。実は今回と似たような事件が、ここ2年くらいの間で5件ほど起きています。その手口のほとんどは、まず首の骨を折って絶命させ、その後に指骨や上腕骨や大腿骨を折るといったものです。おそらく、これらは同一犯の仕業なんでしょうね」

 中央班チーフの津之江学つのえまなぶが「犯人の目星はついてるの?」と質問する。

 路木は右手に持ったボールペンを回して答えた。

「残念ながら、犯人像は全く掴めていません。反人間組織に属するグラウカなのか、個人で犯行を重ねるグラウカなのかすらわかりません」

 南班チーフの大貫武士おおぬきたけしが「それだけ痕跡を残していないということか……。厄介な相手だな」と言って腕を組む。

 那智が資料を脇に置いて、険しい表情を浮かべた。

「昨日は蘇芳すおう区だけではなく、神奈川、埼玉、千葉でも多くの殺人事件が起きた。また、立川市では、インクルシオ立川支部の対策官1名が何者かに殺害されるという悲報が入った」

「あ。その件に関してだけど。神奈川や埼玉の事件は、どうも獅戸安悟の犯行らしいぞ。各支部の関係者から聞いた話だと、あちこちの防犯カメラに奴の姿が映っていたそうだ。それと、立川支部の対策官を殺害したのは、“対策官殺し”じゃないかって噂だ」

 望月が手を上げて口を挟み、芥澤が忌々(いまいま)しく息を吐く。

「……ハッ。キルリストの個人2位に載る獅戸か。クソ野郎が派手にはしゃぎやがって。“対策官殺し”の方は情報の精査が必要だが、何にしろ最悪なしらせだな」

「“対策官殺し”は、獅戸と違って素性が何もわかっていないですからね。インクルシオにとって、非常に不気味な存在ですね」

 津之江が低く呟き、会議室を重苦しい空気が包み込んだ。

 インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろうおもむろに口を開く。

「……チーフ諸君。各地で様々な殺人事件が起こっているが、我々がするべきことは何ら変わらない。人々の命と生活を守る為に、しき犯罪者たちを撲滅するだけだ。従って、各班は引き続き、各々の捜査に尽力するように」

 阿諏訪の指示に、インクルシオの黒のジャンパーを着たチーフたちが首肯した。

 那智はそれまでの雰囲気を変えるように、「さて」と大きく声を発した。

「次の議題は、新たな特別対策官の承認の件だ。対象者の経歴等の詳細は、先日送ったメールで確認したと思う。皆、異論はないか?」

「おー。横浜支部の大峰泰生おおみねたいせいかぁ。めでたい話だし、俺は異論はないよ」

「大峰は今年に入ってから、大きな反人間組織を二つも壊滅に導いてますからね。メールの添付ファイルで見たこれまでの戦績・功績も申し分ないし、僕も異論はありませんよ」

 望月と津之江が笑顔で言い、路木が「僕も賛成です」と無表情で答える。

 芥澤が両手を頭の後ろで組んで言った。

「他の支部の上役連中は賛成してんだろ? 個人的にはもうちょっとはくが欲しい気がするが、まぁ、いいんじゃねぇのか?」

 芥澤の隣に座る大貫が「厳しいな」と笑い、「私も賛成です」と那智に告げた。

 那智は「よし。全員賛成だな」と浅く息をつき、強い視線を前に向けた。

「──これで、12人目の特別対策官の誕生だ」


 東京都木賊とくさ区。

 木賊とくさ第一高校の1年A組の教室に、一人の転入生が入ってきた。

 真新しい制服に身を包んだ転入生は、さらりとした黒髪の少年で、“グラウカ”であると紹介された。

「……半井蛍です。よろしくお願いします」

 教壇の横に立った転入生──半井蛍は、小さな声で挨拶をした。

 1時間目の授業が終わると、数人の生徒が待ってましたとばかりに半井の席に集まった。

「半井君。わからないことがあったら何でも聞いてね」

「半井君は何か部活に入る? それとも帰宅部?」

「半井君は学食派? 弁当派?」

 興味津々の生徒たちに次々と声をかけられて、半井はうつむき加減に一つずつ返答する。

 そこに、髪を片手で搔き上げた塩田渉が現れた。

「半井君。もし、ワリィ奴らに絡まれたらいつでも言って。俺のすっげー強ぇ先輩に頼んで、やっつけてもらうから」

 塩田の隣に立つ鷹村哲が「お前がやっつけろよ」と苦笑する。

 半井が視線を上げると、別の生徒が塩田と鷹村に親指を向けた。

「こいつらさ。こう見えて、インクルシオ対策官なんだぜ。あと、あそこにいる最上さんと雨瀬も」

「鷹村哲です。よろしく」

「“インクルシオ期待の星”こと塩田渉です。よろしく。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれな。特に、反人間組織に関する問題ならエキスパートの俺たちが──」

 塩田が話している途中で、半井がガタンと席を立った。

 つやのある黒髪が揺れ、半井の目元に影を作る。

「……悪いけど、俺にあまり構わないで欲しい。一人の方が気が楽だから」

 そう言うと、半井はクラスメイトが集まる机から離れて教室を出て行った。

 塩田が「……ノリ悪くね?」と唇を尖らせて呟き、側に来た最上七葉が「あんたみたいなお調子者ばかりじゃないのよ」と言った。

「なんか、昔の眞白を思い出すな」

 鷹村がぽつりとこぼし、雨瀬眞白が無言で身を縮こませる。

 鷹村は小さく笑って言った。

「ま、ああいうタイプだっているよ。本人の負担になるなら、無理に声をかけずにそっとしておくのがいいんじゃないかな」

 

 翌日。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階のエントランスで、南班に所属する特別対策官の童子将也は、「童子班」の新人対策官4人と向かい合っていた。

 時刻は午後4時を少し回ったところだった。

 黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が言う。

「今日の巡回は、空五倍子うつぶし区の南西エリアや。組み合わせは鷹村と最上、雨瀬と塩田。俺は鷹村たちにつく。巡回の重点箇所は……」

「童子ぃー!! 久しぶりー!!」

 すると、エントランスに大きな声が響いた。

 童子と高校生たちが振り向くと、エレベーターホールからスーツ姿の青年が小走りにやってきた。

「大峰さん。お久しぶりです」

「本当に久しぶりだな! お前が大阪支部から東京本部に異動したのは知ってたけど、会う機会が全然なかったからなぁー!」

 そう言って、童子の前に立った青年──インクルシオ横浜支部に所属する大峰泰生は快活に笑った。

 童子が高校生たちを見やって「横浜支部の大峰泰生さんや」と紹介する。

 高校生の新人対策官たちは「初めまして!」と声を揃えて挨拶をした。

「初めまして。この子らが、童子が指導担当についてる新人たちか。フレッシュでいいねぇ」

 大峰が笑顔で言い、童子が訊ねる。

「大峰さん。今日はスーツにネクタイ姿で、何かあったんですか?」

「よくぞ聞いてくれました!! 俺、ついに『特別対策官』になったぞ!!」

 大峰は抑えきれない声量で叫ぶと、インクルシオ総長の阿諏訪から受け取ったばかりの任命状を高く掲げた。

 塩田が「すげぇー!」と思わず声をあげ、鷹村が「おお」と驚いて任命状を見上げる。

 童子は合点がいった顔でうなずいた。

「それで、こっちに来てたんですね。おめでとうございます」

「いやぁー。インクルシオに入って8年、24歳にしてやっと働きが認められたよ。年下のお前や時任たちに先を越されて、嫉妬してた日々もこれで終わる」

「大峰さんは昔から十分に強かったですから。俺らは、大峰さんの戦闘技術に学ぶことばかりです」

「嘘ばっかり言いやがって、こいつは〜!」

 大峰が童子の肩に右手を回して、ぐいぐいと体を押す。

 その嬉しそうな様子に、童子は「嘘やないですって」と笑った。

 大峰は手を離して童子を解放すると、不意に真剣な表情で言った。

「……特別対策官は、“絶対に負けてはならない存在”だ。今日、こうして特別対策官の任を拝命して、初めてお前らの背負う重圧と責任の大きさがわかった気がするよ。……近々、横浜支部で大きな摘発がある。特別対策官としての初任務だ。精一杯頑張るぜ」

「大峰さんやったら大丈夫です。是非、頑張って下さい」

「おう! ありがとな! それじゃあ、もう行くな! 新人たちも頑張れよ!」

 大峰は爽やかに笑うと、大きく手を振ってエントランスを後にした。

 童子の隣で大峰を見送った塩田が、「特別対策官かぁー。いいなぁー」と羨ましそうにため息を吐く。

 童子は高校生たちに向き直って言った。

「どないな立場であっても、俺らのやるべきことは一つや。ほな、空五倍子うつぶし区の巡回に行くで。重点箇所は車ん中で説明する」

「はい!」

 エントランスの外には、オレンジ色に染まり始めた空が広がっている。

 5人の対策官たちは、穏やかな陽光の中を駐車場に向かって歩き出した。




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