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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:04
29/231

07・弱さと強さ

 午前9時。東京都月白げっぱく区。

「クソくだらねぇ話だな」

 インクルシオ東京本部の1階に入っているカフェスペースで、北班チーフの芥澤丈一は顔をしかめて感想を漏らした。

 カフェスペースの窓際にあるテーブルには、南班チーフの大貫武士、特別対策官の影下一平、時任直輝、童子将也が座っている。

 昨晩、木賊とくさ区のショットバー『エゴ』を拠点とする反人間組織『マグナ・イラ』が南班の突入により壊滅し、リーダーの滝口元気の身柄を拘束した。

 インクルシオ訓練施設の元訓練生が反人間組織のリーダーであったという事実に、今朝の幹部会議で報告を受けた上層部は大きな衝撃を受けた。

 会議終了後、エレベーターで1階に降りた芥澤と大貫は、偶然に通路で会った特別対策官3人と共にカフェスペースに立ち寄った。

 大貫がホットコーヒーを飲んで、浅く息をつく。

「……昨日、童子から連絡が入った時は驚いたよ。まさか木賊とくさ第一高校の生徒会長が『マグナ・イラ』のリーダーだなんて、夢にも思わなかったからな」

 黒のツナギ服を着た時任が大きくうなずいた。

「俺もその話を聞いた時はめちゃくちゃ驚きましたよ。こないだの『安全を考えるイベント』で会った滝口は、すごく礼儀正しくて爽やかな奴でしたから」

「せやけど、今思えばうさん臭い持ち上げ方をしとったよな。俺らをやたらとベタ褒めで……」

 コーヒーカップを持った童子が言い、影下が目の下のくまを手でごしごしとこすった。

「おそらく、そういうのもさぁ。滝口の“怒り”の表れだったんだろうねぇ。憧れが憎しみに反転して、その感情がゆがんだ形で発露したっていうかさぁ」

 影下の言葉に、時任が「俺、褒められて本気で喜んじゃったよ……」と眉尻を下げ、芥澤が「クソ単純だな」と鼻で笑った。

 大貫が手元に視線を落として言う。

「……しかし、元訓練生が反人間組織を作ったのは、本当にショックだな。その原因が対策官になれなかったからと言うなら、こんなに悲しくて腹立たしいことはない」

 大貫の向かいに座る童子が静かな声で返した。

「滝口は、理想の強過ぎる人間なんでしょうね。自分の思い描いた道から外れることが我慢ならず、別の道を選ぶことすら許せへん性格なんでしょう」

 芥澤がコーヒーを一口啜って毒づいた。

「だから、クソくだらねぇっつーんだよ。滝口は自分の実力を受け入れることが出来ずに、うらみの矛先を周囲に向けた。それは、ひとえに奴の心が弱いからだ。滝口は挫折を味わった時に、自分の未熟さに気付き、認め、立ち上がるべきだった。……本当に、クソ愚かな奴だ」

 眉間に深くしわを寄せた芥澤に、大貫が「……その通りだな」と小さく言い、特別対策官3人もそれぞれにうなずいた。

 窓から差し込む日差しが、カフェスペースのテーブルを燦々(さんさん)と照らしている。

 芥澤は「さてと」と気持ちを切り替えるように席を立った。

「そろそろ仕事に戻るか。今日もクソ忙しい。俺らは、感傷に浸って立ち止まってる暇はねぇぞ」


 午前10時。

 月白げっぱく区にある月白げっぱく総合医療センターで、5階の病室に到着した「童子班」の高校生たちは、クリーム色の引き戸を開いた。

「……あら? みんな、来てくれたの?」

 東班に所属する特別対策官の芦花詩織が、4人を見て顔を綻ばせる。

 清潔に整えられた病室の中には、芦花の他に東班チーフの望月剛志と、本部長の那智明がいた。

 濃紺のスーツを着た那智が、学生服姿の高校生たちに訊く。

「お前たち、学校はどうした?」

「……えっと。途中まで行ったんですけど、休校の連絡が入って引き返してきました。滝口先輩の件で、学校側がマスコミや父兄の対応に追われてるみたいで……」

 塩田渉が返答し、那智は「ああ。なるほどな」と納得した。

「これ、お見舞いです。軽いものなら食べられると聞いたので」

 最上七葉がフルーツゼリーの入った紙袋を差し出し、望月が「わざわざ、ありがとうな」と礼を言って受け取る。

 2台並んだベッドに横たわった藤丸遼と湯本広大が、雨瀬眞白と鷹村哲を見て気まずそうに目を逸らした。

 鷹村がベッドの側に歩み寄り、2人に声をかける。

「藤丸。湯本。『マグナ・イラ』を壊滅したから、見舞いに来た。なんとなく、『マグナ・イラ』を壊滅するまではここには来れないと思ってたんだ。早めに来ることができてよかったよ」

「…………そーかよ」

 藤丸が不機嫌な声で返し、鷹村は苦笑して言葉を続けた。

「『マグナ・イラ』を壊滅できたのは、南班の対策官全員で懸命に追ったからだ。中央班の影下さんも忙しい中で情報をくれた。お前ら2人が襲われて、俺らは改めて必死になることができたんだ。変な言い方だけど、ありがとうな」

 そう言って、鷹村は笑顔を見せた。

 インクルシオの黒のジャンパーを着た望月が「いいこと言うなぁ」と感心する。

 藤丸と湯本は黙っていたが、鷹村が「……じゃあ。傷にさわると悪いんで、もう帰るな」とベッドから離れると、揃って顔を上げた。

 助骨を骨折した藤丸が、「おい!」と大きな声を出す。

「……『マグナ・イラ』のチンピラ共にやられたのは、俺の実力が足りなかったせいだ! この怪我を治したら、もっともっと鍛錬して強くなってやる! そんで、お前らより多く活躍する! 絶対にな!」

 藤丸は声の限りに叫んで、勢いよく布団を被った。

 隣のベッドの湯本が「俺も同じだ!」と言って同様に布団を被る。

 望月が「切磋琢磨だなぁ」と目を細め、那智と芦花が穏やかな笑みを浮かべた。

「おう! 2人共、早く俺のレベルまで上がってこいよ!」

 塩田がぐっと親指を立て、布団の中から「塩田、うるせー! イテテテテ!」と元気な声が返ってくる。

 「童子班」の高校生たちは小さく微笑んで、病室の引き戸を開けた。


 午後9時。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮で、風呂上がりの塩田が訊ねた。

「……なぁ。滝口先輩って、どうなるの?」

 1階にある休憩スペースのソファに座った「童子班」の面々が顔を上げる。

 スポーツタオルを首に下げた鷹村が言った。

「そうだなぁ……。滝口先輩は人間だから『クストス』に収監されることはないけど、反人間組織を作って先導した罪は重い。未成年であることを考慮しても、かなり厳しい罰を受けるだろうな」

「うへぇ。もしかしたら、一生牢獄の中だったりして……」

「まぁ、たとえそうだとしても、それだけのことをやったんだ。同情は全くできないな。あの人は、自分で自分の未来を潰したんだ」

 鷹村と塩田の話に、最上が「そうね」と相槌を打つ。

 休憩スペースに設置されたテレビの画面には、『驚愕の事実! 反人間組織のリーダーは高校生の“人間”だった!』というテロップと共に、木賊とくさ第一高校の校舎が映っていた。

「……まだしばらくは、マスコミが騒がしいだろうなぁ」

 塩田はテレビを見やってぼやくと、ソファに置いたタブレットPCに手を伸ばした。

 他の3人もそれぞれのタブレットPCを手にする。

 昨夜は任務終了の時刻が深夜に至ったことから、童子は新人対策官たちの義務である日報の提出期限を一日延長した。

 タブレットPCの電子フォームに目を落として、塩田が言う。

「俺、昨日の日報の行動記録はもう書けてるんだ。あとは、『その他』欄だけ」

「お前、まだくだらないネタを書いてんのかよ?」

 鷹村が呆れた顔で言い、塩田が前のめりになって反論した。

「いやいやいや。今回こそ、それが必要なんだって」

「……なんで?」

「だってさ。昨日の童子さん、俺らが滝口先輩のことで落ち込んでると思って、色々と気を遣ってくれたじゃん。だからさ、いつものように面白ネタを書いて提出したら、童子さんが安心するかなって」

「……………………」

 塩田の説明に、鷹村、雨瀬、最上が手の動きを止める。

 鷹村が「一理あるな」と真顔で呟き、その後、高校生たちは黙々とタブレットPCを操作した。

 そして、この日の夜中に4人の日報をチェックした童子は、全員の『その他』欄に書かれた一人大喜利、川柳、スイーツレシピ、詰め将棋の出題に、「なんでやねん!」と大声で突っ込みを入れた。




<STORY:04 END>

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