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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:04
27/239

05・発覚

 午後10時。東京都木賊とくさ区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白は、繁華街の路地裏にひっそりと佇む『BARロサエ』の前に立っていた。

 特別対策官の童子将也に借りた虎柄のシャツを着た雨瀬は、少しでも大人びて見えるようにと、癖のついた白髪を手で撫で付けた。

 一つ深呼吸をして、『BARロサエ』のスチール製のドアを開く。

 すると、筋骨隆々の店員が、雨瀬の前にぬっと立ちはだかった。

「ひとり?」

「はい」

「見ない顔だな。うちは初めて?」

「そうです」

 顎ひげを生やした店員は「ふぅん」と言うと、ジーンズの尻ポケットから小型ナイフを取り出した。

「はい。じゃあ、切って」

「え……? あの、グラウカ登録証なら持ってますけど……」

「そんなの偽造しようと思えばできるだろ。グラウカ限定入店の店なら、“切る”のは当たり前だぜ」

 そう言って、店員はナイフをぐいと雨瀬に押し付ける。

 雨瀬は戸惑ったが、受け取ったナイフの刃を左の手のひらに当て、薄い皮膚を2センチほど切った。

 血が滲んだ傷口から白い蒸気が上がり、みるみるうちに塞がっていく。

 その様子を確認した店員が顎をしゃくった。

「オーケー。中に入んな。カウンター席が空いてるよ」

 雨瀬はうなずくと、スニーカーを履いた足を踏み入れた。

 落ち着いた照明に照らされた店内は、多くの客で賑わっている。

(……ここにいるお客さんは、みんなグラウカなんだ)

 周囲をぐるりと見回した雨瀬は、8人掛けのカウンターのスツールに座った。

「あら。なんかちぐはぐな格好をした、可愛らしい子が来たわね」

 カウンターの中にいた男の店員が、雨瀬のシャツと顔を交互に見て笑う。

 上背のある男は派手な化粧とカラーコンタクトをしており、口調は“オネエ”であった。

「君、未成年でしょう? お酒を飲みに来たの?」

「あ、いえ。20歳です。このグラウカ登録証に生年月日が……」

「嘘おっしゃい。どう見ても高校生よ。まだ1年生くらいでしょ? 登録証は偽造したの? 悪い子ね」

「……す、すみません……」

 実年齢をあっさりと看破された雨瀬がうつむくと、男は優しく微笑んだ。

「ふふ。いいわよ。こんなに可愛い子なら大歓迎だわ。ちなみに、どこの高校の子? お名前は?」

「……木賊とくさ第一高校です。雨瀬眞白と言います」

「あらぁ。いい高校じゃない。じゃあ、アルコールは出さないけど、ジュースでも飲んでって。オネエさんが奢ってあげるわ」

 男は後ろの棚からグラスを取ると、手際よく氷を入れてオレンジジュースを注ぎ、店名ロゴの入ったコースターの上に出した。

 雨瀬は「ありがとうございます」と礼を言い、オレンジジュースを一口飲む。

「あたしはこの店のママよ。リリーって呼んでね。……で」

 リリーと名乗った『BARロサエ』のママは、カウンターに両手をついておもむろに身をかがめた。

 雨瀬の顔を覗き込み、先ほどまでとは打って変わった野太い声で訊く。

「……何の目的でここに来たの? 眞白ちゃん」


 同刻。

 『BARロサエ』から50メートルほど離れた場所にあるチェーン店のカフェで、「童子班」の4人は待機していた。

「入店から10分が経つわ。どうやら、雨瀬は上手く潜入できたみたいね」

 ショート丈のチュニックにスキニージーンズを合わせた最上七葉が、窓の外を見やって言う。

 塩田渉がホイップクリーム入りのアイスココアを一口飲んだ。

「年齢詐称の為に偽造した登録証が、ちゃんと通用したのかな?」

 塩田の向かいに座る童子が、「いや」と首を振った。

「おそらく、雨瀬が未成年なのはバレバレやろう。せやけど、ああいう店は年齢よりも“グラウカ”であることの方が大事やから、まぁ、そこら辺は不問にしてくれるやろな」

 童子の言葉に、塩田が「いいなぁ〜」と羨ましそうな表情を浮かべる。

 コーヒーカップを持った鷹村哲が質問した。

「童子さん。思ったんですけど、俺らがインクルシオ対策官として聞き込みに行くのはダメなんですか?」

 雨瀬に貸した物とはデザインの違う、虎柄のシャツを着た童子が答える。

「それはあかんな。グラウカ限定入店をうたっとるような店は、大抵が人間には非協力的や。俺らが行ったとしても、“本物の情報”はまず渡してくれへん。もっと悪いと、高値でガセネタを売りつけられるで」

 鷹村は「そうなのか……」と苦い顔を作った。

 童子はアイスコーヒーのグラスを手にして言った。

「一般的に見れば、インクルシオは『人間による人間の為の組織』や。せやから、雨瀬はインクルシオ対策官であることは伏せて行っとる。“情報通のママ”からどの程度の情報が得られるかはわからへんけど、とりあえずは結果待ちやな」


 『BARロサエ』の店内で、雨瀬はごくりと唾を飲み込んだ。

 至近距離にあるリリーの付け睫毛の下から、鋭く光る双眸が覗く。

 雨瀬は意を決して、「あの」と口を開いた。

「反人間組織『マグナ・イラ』に関する情報があれば、聞きたいんです」

 雨瀬の返答を聞いたリリーが「……『マグナ・イラ』?」と目をまばたく。

「はい。どんな些細な情報でも構わないんです。何かご存知ないですか?」

 リリーはかがめた姿勢を戻すと、腕を組んで考え込んだ。

「うーん……。『マグナ・イラ』ねぇ……。残念だけど、何も知らないわ」

 リリーの回答に、雨瀬は「そうですか……」と消沈した。

 カフェで待っている「童子班」の4人に連絡をしようと、「オレンジジュース、ごちそうさまでした」と言ってスツールを降りる。

 その時、リリーが「眞白ちゃん」と呼び止めた。

「代わりの情報と言っちゃなんだけど。眞白ちゃんと同じ木賊とくさ第一高校の子が、この近くのショットバーに出入りしてるわよ。『エゴ』っていう店だけど、その店にいるガラの悪い連中とつるんでいるみたい。見た目はとても誠実そうな子だから、妙に印象に残ってるの」

「……その人は、どういう風貌ですか?」

「身長は180センチくらいで、がっしりとした体格の男の子よ。あとは、右のこめかみに3つのホクロがあるわ」

「──!」

 リリーは「せっかく来てくれたのに、こんな情報でごめんね」と眉尻を下げた。

 雨瀬は「リリーさん! ありがとうございます!」と叫ぶと、黒塗りの重たいドアを開けて、夜の街に走り出た。


 雨瀬からの報告を聞いた童子は、素早く動いた。

 木賊とくさ第一高校の生徒会長を務める人物が、繁華街のショットバーでガラの悪い連中と付き合う不自然さに直感が走った。

 「童子班」の5人はカフェからショットバー『エゴ』の近くに移動すると、路地に身を隠して店を見張った。

 すると、数分と経たないうちに木賊とくさ第一高校の制服を着た滝口元気が現れ、ショットバー『エゴ』のドアを開いた。

 その際に、薄暗い店内にいる反人間組織『マグナ・イラ』の樽井竜二の姿が見えた。

「……マジかよ……」

 塩田が愕然とした表情で低く言う。

 鷹村、雨瀬、最上も顔を強張こわばらせ、しばらく言葉を失った。

 童子は南班チーフの大貫武士に連絡を入れ、ショットバー『エゴ』の周囲を固める為の応援を要請した。

 ほどなくして、薮内士郎やぶうちしろうを始めとする南班の対策官10名が合流場所のコインパーキングに到着し、「童子班」の面々はインクルシオの車両内で薮内が持ってきた黒のツナギ服に着替えた。

「ショットバー『エゴ』の見取り図はこれだな。突入は?」

「俺らが行きます。薮内さんたちは、店の出入り口と換気口を押さえて下さい」

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が言う。

 不意にメールの着信音が鳴り、童子はツナギ服の尻ポケットに手を入れた。

「……そうやったんか」

 スマホに着信したメールを読んだ童子が呟く。

 童子は周囲に集まった高校生たちを見やって言った。

「大貫チーフからの情報によると、滝口元気はインクルシオの元訓練生だそうや。奴は中学生の時に福岡の訓練施設におった。しかし、結果は資質不十分で不合格。その後、高校進学を機に2年前に上京した。……2年前というと、樽井らが反人間組織『マグナ・イラ』を名乗り始めた時期と合致するな」

 童子の説明に、塩田が大きく目を見開く。

「……なんだよそれ。まさか、インクルシオ対策官になれなかったから、逆恨みで反人間組織を作ったってこと……?」

 最上が唇をきつく噛んで言った。

「“人間”が反人間組織のリーダーだったなんて、最低の冗談だわ」

「………………」

 雨瀬と鷹村は、無言のまま眉根を寄せた。

 滝口がいるショットバー『エゴ』は、南班の対策官たちが集まるコインパーキングから約300メートルの場所にある。

 童子は店の方角に目をやると、鋭い声音で告げた。

「──反人間組織『マグナ・イラ』を壊滅する。突入は5分後や」




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