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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:04
26/231

04・悪意の発端

 ──滝口元気は、思い出していた。


 滝口は長崎県の小さな離島で生まれた。

 幼い頃から活発で行動力があり、聡明で正義感が強かった。

 自然豊かな環境ですくすくと育った滝口は、いつしか夢を抱くようになった。

 それは、インクルシオ対策官になることだった。

「俺はインクルシオ対策官になって、悪いグラウカから人間を守るんだ!」

「元気君は勉強も運動も島で一番だもん! きっとなれるよ!」

「ああ! 絶対になってやる!」

 滝口は島の子供たちの羨望と期待を一身に受け、小学校卒業と同時に生まれ育った故郷を離れた。

 それから福岡県に住む親戚宅に下宿し、中学校の勉強と部活動に専念した。

「元気ちゃん。2年生になったら、インクルシオ訓練施設に入るの?」

「うん。そうするつもりだよ。その為に、島の実家を出たんだしね」

「色々と大変だろうけど、頑張ってね。おばちゃんも応援してるよ」

「ありがとう。インクルシオ対策官になるのは難しいってよく聞くけど、正直、自信はあるんだ。対策官になる為に勉強も運動も頑張ってきたしね。それで、対策官になった後は、インクルシオの中で最強の『特別対策官』を目指すんだ」

「元気ちゃんなら大丈夫。立派なインクルシオ対策官になれるよ」

「うん!」

 その後、滝口は福岡県の郊外にあるインクルシオ訓練施設に入った。

 そこで2年間の寮生活を送り、厳しい戦闘訓練に打ち込んだ。

 訓練施設の訓練生たちは、戦闘技術の他に座学の成績が加味されて総合評価を受ける。

 正式な対策官になる為の『合格ライン』は非常に高い水準が要求されたが、人間を遥かに凌駕するパワーと再生能力を持つ『グラウカ』に対抗する対策官には、妥協を許さない優れた能力が必要不可欠とされた。

 そして、大きな夢を抱いて2年間を過ごした滝口の総合評価は、訓練生138名中93位となり、『インクルシオ対策官としての資質不十分』の判定が下された。

 また、この年にインクルシオ対策官に正式採用された訓練生は、わずか8名という結果であった。


 福岡県のインクルシオ訓練施設を出た滝口は、高校進学を機に上京した。

 東京都木賊とくさ区のマンションで一人暮らしを始め、高校生活では明るく成績優秀な生徒として目立つ存在になった。

 そんな中、滝口はガラの悪い集団が一人の男性を襲っている場面に遭遇した。

 仕事帰りらしいサラリーマンの男性は、ナイフで腹部を刺されており、背中を曲げて「こいつらグラウカだ……! 助けてくれ……!」と、偶然に通りかかった滝口にすがった。

 その時、滝口の胸に『ある思い』が込み上げた。

 ──もし、自分がインクルシオ対策官になれていたら……。

 動きを止めて思考に沈んだ滝口に、グラウカの一人が「そこの学生の兄ちゃん! 殺されたくなかったら、テメェもカネ出しな!」と怒鳴る。

 滝口はゆっくりと顔を上げると、突然、大きく拍手をした。

 一瞬、その場の全員が固まる。

 グラウカの別の一人が「なんだテメェ!」と歯を剥き出して威嚇したが、滝口は拍手を止めなかった。

 数ヶ月前にインクルシオ訓練施設を出てから、滝口はずっと心の奥底に渦巻き続ける、どす黒い感情を持て余していた。

 それは、大いなる“怒り”だった。

 滝口はこの“怒り”を晴らすにはどうするべきか、天啓のような答えを得た気がした。

 そして、滝口はこの時に出会ったグラウカの集団を誘い、“人間”でありながら反人間組織『マグナ・イラ』を作り、自らがリーダーの座についた。


(……あれからもう2年か。時間が過ぎるのは早いな)

 浅い微睡まどろみから覚めた滝口は、バスの座席でゆったりと伸びをした。

 同じバスに乗っている女子高生たちが、滝口の方をちらちらと見ている。

 滝口が「おはよう」と声をかけると、1年生らしい女子高生たちは「キャア」と弾んだ声をあげた。 

 バスの車窓から差し込む朝の光が眩しい。

 木賊とくさ第一高校の停留所はもうすぐだった。


 東京都月白げっぱく区。

 月白げっぱく総合医療センターの5階の病室で、インクルシオ東京本部の東班に所属する特別対策官の芦花詩織は、窓を開けて空気を入れ替えた。

「芦花さん。もうすぐ9時です。そろそろ任務に行って下さい」

「そうですよ。俺たちは大丈夫ですから」

 病室のベッドに横たわっている東班の藤丸遼と湯本広大が言う。

 昨日、反人間組織『マグナ・イラ』の襲撃を受けた藤丸は右胸部の肋骨を2本折り、湯本は腹部を8針縫う怪我を負っていた。

 黒のツナギ服を纏った芦花が、ベッドの脇に置いた椅子に座る。

「もう少しだけ、ここにいるわ」

 長い睫毛を伏せて言った芦花に、藤丸が小さく呟いた。

「……芦花さん。上手く逃げ切れずに、こんな怪我をしちまってすみません」

 芦花は「いいえ」と首を振る。

「あなたたちはよくやったわ。何も気にしないで怪我を治して。『マグナ・イラ』は、南班の対策官が懸命に追ってる。必ず見つけ出して、壊滅してくれるわ」

 芦花が真摯な眼差しで言い、藤丸と湯本は素直にうなずいた。


 東京都木賊とくさ区。

 木賊とくさ第一高校の校舎に、4時間目の終了を告げるチャイムが響いた。

 教室から出た生徒たちで、リノリウムの廊下が賑やかになる。

 インクルシオ東京本部の新人対策官の鷹村哲、雨瀬眞白、塩田渉、最上七葉の4人は、校舎の1階にある学生食堂で昼食をとった。

「……藤丸たち、大丈夫かな」

 野菜たっぷりの焼きうどんに箸をつけた塩田がぽつりと言う。

「あいつらはヤワじゃねぇ。きっと大丈夫だよ」

 塩田の向かいに座る鷹村が、親子丼をかき込んで返した。

 雨瀬がカレーライスをスプーンですくって呟く。

「……『マグナ・イラ』は、どうして藤丸君と湯本君を襲ったんだろう……?」

 たらこスパゲティをフォークで巻いた最上が言った。

「ええ。そこが疑問よね。何故、『マグナ・イラ』があの二人を狙ったのか? その理由がわからないわ。インクルシオのツナギ服を着ているならまだしも、昨日は非番で学生服だったのよ?」

「つまり、『マグナ・イラ』は藤丸と湯本が対策官だと知っていて、ピンポイントで二人を狙う動機があったってことだよな。俺らも『マグナ・イラ』のリーダーや拠点を特定する為に捜査に注力しているけど……。ますます、わからないことが増えたな」

 そう言って、鷹村がため息を吐く。

 ふと、雨瀬が顔を上げた。

「哲。僕……」

 雨瀬が隣の鷹村に話しかけた時、生徒会長の滝口が「君たち!」と声をかけた。

 タコライスをトレーに乗せた滝口は、「童子班」の4人のテーブルに歩み寄る。

「ちょっと小耳に挟んだんだけど、藤丸君と湯本君が入院したんだって? 何かあったのかい?」

 心配そうな表情を浮かべた滝口の質問に、塩田が答えた。

「えっと。詳しくは言えないんスけど、反人間組織の連中と交戦して……」

 滝口は「そうなのか」と眉根を寄せる。

「インクルシオ対策官は、本当に命がけの任務だね。僕じゃ何もできないのが歯がゆいけど、せめて君たちは怪我をしないように気を付けてくれよ」

「はい。ありがとうございます。滝口先輩」

 鷹村が礼を言い、他の3人が「ありがとうございます」と頭を下げた。

 窓際のテーブルで、滝口のクラスメイトが「おーい!」と手を振っている。

 滝口は「じゃあ。行くよ」と言うと、高校生の新人対策官たちに背を向け、うっすらと微笑んだ。


 午後3時半。東京都月白げっぱく区。

「……『BARロサエ』?」

 インクルシオ東京本部の1階で、南班に所属する特別対策官の童子将也が訊き返した。

 木賊とくさ第一高校を下校した「童子班」の高校生たちは、本部のエントランスをくぐり、2階のロッカールームに行く途中で童子を捕まえた。

 5人が立っている通路には、インクルシオの職員や対策官が行き来している。

 童子は学生服姿の高校生たちを促して、廊下の端に寄った。

「……そこは確か、“グラウカ限定入店”の店か?」

 童子が小声で言い、店の名前を出した雨瀬がうなずく。

 グラウカ限定入店の店とは、グラウカのみを入店可とする店舗のことである。

 採算が取りにくい為に数は少ないが、バーやクラブ等に見られる営業形態であった。

「そういったお店なら、グラウカに関する情報が集まりやすいんじゃないかと思って……。もしかしたら、『マグナ・イラ』に繋がる情報も……」

「すまん。ちょっと待ってくれ」

 雨瀬の話に耳を傾けていた童子が、黒のツナギ服の尻ポケットからスマホを取り出した。

 童子は着信したメッセージを読み、視線を上げる。

「……偶然やな。影下さんからも、同じ内容のメッセージが届いたわ」

 そう言って、童子はスマホの画面を高校生たちに見せた。

 そこには、中央班に所属する特別対策官の影下一平からの情報があった。

『童子。お疲れぇ〜。『マグナ・イラ』の捜査に関してだけど、木賊とくさ区の『BARロサエ』のママが情報通との噂あり。ここはグラウカ限定入店の店だけど、雨瀬君なら入れる。年齢はテキトーにごまかして』

 メッセージを読んだ塩田が、「最後んところが、影下さんらしいや」と笑う。

 雨瀬が癖のついた白髪を揺らして言った。

「情報は玉石混淆こんこうかも知れませんが、行ってみる価値はあると思います」

 童子はスマホをツナギ服の尻ポケットにしまい、目の前の高校生たちを見やって告げた。

「今夜、『BARロサエ』に行く。店の潜入は雨瀬や。頼むで」

 童子の言葉に、雨瀬は「はい」としっかりと返事をした。




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