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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:04
25/231

03・正体

 東京都木賊とくさ区。

 晴天のこの日。木賊とくさ第一高校の体育館で、『安全を考えるイベント』と題された特別授業が開催された。

 学校の生徒会が主催するイベントは午後の2時間を使って行われ、全校生徒が参加した。

 副題に『〜反人間組織を学ぶ。犯罪に巻き込まれないための知識と行動〜』と付いたイベントは2部構成となっており、第1部は反人間組織の犯罪史や犯罪データのまとめを生徒会が発表した。

 第2部ではゲストとして『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』の特別対策官3名が登壇し、反人間組織に関する基本知識・インクルシオの取り組み・最新の危険地域情報等を生徒会とのトーク形式で解説した。

 また、特別対策官たちは反人間組織と戦う為の武器であるブレードやサバイバルナイフを装備した姿で現れ、犯罪とは縁遠い学生たちに最前線の緊張感を視覚からも伝えた。

 そして、2時間のイベントはとどこおりなく進行し、無事に終了した。


「本日はお忙しい中、誠にありがとうございました!」

 イベント終了後、校舎の1階の会議室で生徒会長の滝口元気がうやうやしく礼をした。

 黒のツナギ服を纏ったインクルシオ東京本部の童子将也、時任直輝、芦花詩織がお辞儀を返す。

 滝口は長机のパイプ椅子に座り、目を輝かせて言った。

「ミーハーな感想で恐縮ですが、日頃から憧れている特別対策官の皆さんと一緒にイベントができて、すごく光栄でした」

「またまたぁー。持ち上げてくれちゃって。こっちこそ、意義のあるイベントに参加させてもらってありがとうな」

 パイプ椅子に腰掛けた時任が、出されたコーヒーを手に取って爽やかに笑う。

 芦花が栗色のボブヘアをさらりと揺らして言った。

「生徒会の皆さんも、事前の準備が大変だったでしょう? 第1部は舞台袖で見ていましたが、反人間組織に関するデータがよくまとめられていて感心しました」

 滝口は「とんでもないです」と照れた様子で頭を掻いた。

 そのまま向かいに座る童子をちらりと見やり、遠慮がちに口を開く。

「……あの。最初に、童子特別対策官が鷹村君たちの指導担当をされていると聞いた時はとても驚きました。てっきり、大阪支部にいらっしゃるものと思っていたので……。こちらに異動されたんですね」

「そうです。この4月に、東京本部に異動してきました」

 視線を上げて返答した童子に、滝口は「そうでしたか」と頬を紅潮させた。

「会長さん、顔が赤いよー」

 時任がからかい、滝口が顔を手で扇ぐ。

「いやもう、俺、本当に皆さんの大ファンなんですよ。イベント中は平静を装っていましたけど、インクルシオ随一の実力者の方々が目の前にいると思うと、舞い上がっちゃって……」

「おお。嬉しいことを言ってくれるねぇ。会長さんは」

 時任はまんざらでもない顔で、コーヒーを飲み干した。

 すると、会議室のドアが勢いよく開いて、「失礼しまーす!」と元気な声が響いた。

「童子さーん! 反人間組織の解説、すっげぇカッコよかったっスよー!」

 いち早く会議室に入ってきた塩田渉が、窓側の長机に座る童子の側に駆け寄る。

 続いて鷹村哲、雨瀬眞白、最上七葉が、「お疲れ様です!」と挨拶をして入室した。

「塩田ぁー! カッコよかったのは童子だけかぁー!?」

「もちろん、時任さんも芦花さんもサイコーでした!」

 塩田がぐっと親指を立て、時任が「よし!」と同じポーズをする。

 そこに、少し遅れて藤丸遼と湯本広大がドアから顔を出した。

 二人と同じ東班の芦花が、「藤丸君。湯本君」と笑みを浮かべて声をかける。

 藤丸は芦花の近くに歩み寄ると、そっけなく言った。

「……芦花さん。こんなイベント、断ってもよかったのに」

「いいのよ。二人の通う学校を見たかったし、少しでも生徒たちの安全に貢献できたら嬉しいわ」

 藤丸の隣に立つ湯本が、「こいつ、イベント中ずっと芦花さんの体調を気にしてたんですよ」といたずらっぽく笑う。

 藤丸は「るせぇ」と肘で湯本を小突いた。

「……芦花さんが、寝る暇もないくらい忙しいのを知ってるからな」

 目を逸らして呟いた藤丸に、芦花は「心配してくれて、ありがとう」と表情を綻ばせた。

 急に賑やかになった会議室で、滝口がぽつりと独りごちる。

「インクルシオは上下関係が厳しいのかと思ってたけど……。何だか、随分と仲がいいんだね」

 滝口の言葉を聞いた鷹村が苦笑した。

「もちろん、厳しい先輩もいるにはいるんですけどね。でも、そういう先輩は少ないかな。……そうそう。塩田なんか、童子さんに提出する日報になぞなぞとか書いてるんですよ」

 鷹村の話に、時任が「なぞなぞ!? マジで!?」と声をあげて大笑いする。

 塩田が唇を尖らせて言い返した。

「なぞなぞだけじゃないっスよー! ステキな俳句やポエムも書いてます! 童子さんは大絶賛してくれてますよ!」

「……そんなフザケたことぬかすんは、この口か」

 童子が塩田の首に右腕を回して、指で口端をぎゅっとつまむ。

 塩田が「ギブギブギブ〜!」ともがき、最上が「本当にバカね」と天を仰いだ。

 会議室にいる生徒会の役員たちがくすくすと笑い、雨瀬も小さく微笑む。

 ふと、先ほどまで晴れていた空が雲に覆われた。

 窓から差し込む光が急に弱くなる。

 滝口は顔半分に濃い影を落として言った。

「いやぁ、羨ましいなぁ。インクルシオって、とてもいい組織ですね」


 翌日。午後3時。

 木賊とくさ第一高校を下校した藤丸と湯本は、商店街にあるシューズショップに立ち寄った。

 非番の二人はゆっくりと店内を見て回り、それぞれ新作のスニーカーを購入した。

 ショップバッグを持って店を出ると、ガード下のトンネルを並んで歩く。

 昼間でもひと気のない古びたトンネルは、ひっそりと静まっていた。

「なんか、小腹が減ったなぁ。どっかでハンバーガーでも食ってく?」

「そうだな」

 足音が反響するトンネルで、湯本の提案に藤丸がうなずく。

 その時、二人の背中に声がかかった。

「よーお! インクルシオ対策官のお二人さん!」

「……!」

 藤丸が振り向くと、コンクリートの壁が轟音を立ててめり込んだ。

 鈍色にびいろかたまりを砕いたのは“拳”で、大小の破片がガラガラと崩れ落ち、足元に粉塵ふんじんが舞う。

 凄まじい破壊力の攻撃をすんでのところで避けた藤丸は、唐突に現れた5人の人物に目をみはった。

「──『マグナ・イラ』!!!」

 藤丸と湯本の眼前に立つ反人間組織『マグナ・イラ』の樽井竜二が、「そうだよ」とニヤリと笑う。

 藤丸は肩に掛けた学生鞄に素早く手を突っ込んだ。

 インクルシオの刻印が入ったサバイバルナイフを中から取り出し、くちゃくちゃとガムを噛む樽井を睨みつけて低く言う。

「気ぃ抜くんじゃねぇぞ、湯本……!」

「ああ!」

 藤丸の隣に立つ湯本が鋭く返事をした。

 二人は、地面を蹴って『マグナ・イラ』に飛びかかった。


 午後4時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部のエントランスを走り出た東班チーフの望月剛志は、手にしたスマホに向かって早口で説明した。

木賊とくさ区で下校中に襲われた。藤丸は肋骨を骨折。湯本は腹部に切創を負ってる。幸い、二人とも命に別状はない」

 望月は駐車場に停めたSUV車に乗り込み、話しながら急いでエンジンをかける。

「ああ。そうだ。藤丸たちは武器で応戦したが、その目的は逃げることだった。だが、相手との交戦を避けきれずに負傷した。『マグナ・イラ』が藤丸と湯本の二人を狙った理由については、現時点ではわからない」

 望月は気を落ち着けるように、大きく深呼吸をした。

「……とにかく、俺は二人のいる病院に向かう」

 通話相手である本部長の那智明が、『わかった』と短く返す。

 望月はスマホの通話を切ると、愛車のアクセルを強く踏み込んだ。


「殺せなかったのは残念だけど、陰から見ていて楽しかったよ」

 木賊とくさ区のショットバーで、『学生服』の人物が口角を上げた。

「あいつら、ガキの癖になかなかの腕だったぜ。……つかよ、急にインクルシオ対策官を殺せなんて、学校で何かあったのか?」

 黒のシャツを着た樽井が、皿に盛られたカシューナッツを齧って訊く。

 店内の薄暗い照明が、樽井の前に座る人物の特徴である、こめかみの3つのホクロを照らした。

「……俺にとって、あの1年生たちはただただ鬱陶しい存在なんだ」

 そう答えると、『学生服』の人物──『マグナ・イラ』のリーダーの滝口元気は、仄暗ほのぐらい笑みをたたえた。




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