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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
230/231

13・拘束と一言

 東京都乙女おとめ区。

 午後4時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、グラウカ収監施設『クストス』の館内に佇んでいた。

 黒のツナギ服を纏った高校生たちは3階の収容エリアで合流し、交戦の音が止んだ静寂の中で、張り詰めていた緊張の糸をようやく緩める。

「……はぁ〜。やっと、終わった……。すっげぇ、大変だった……」

「……ああ。だけど、『イマゴ』のリーダーが、あの穂刈さんだったなんて……」

「……その事実のショックが大きすぎて、まだ頭と心が混乱しているわ……」

 塩田渉、鷹村哲、最上七葉が疲労のにじむ声音で言い、雨瀬眞白が癖のついた白髪を揺らして顔をうつむけた。

 塩田が「……真伏さんは、どうなるんだろうな……」と反人間組織『イマゴ』の襲撃の爪痕が残る空間を見やって呟き、鷹村が「……やっぱり、もうインクルシオには……」と言いかけた時、背後から大きな声が響いた。

「哲!! 眞白!!」

 雨瀬と鷹村が振り向くと、二人の小学校時代の同級生であり、『クストス』に収監中の人物──反人間組織『コルニクス』の元構成員の吉窪由人が通路を駆けてきた。

「よっちゃん!! 久しぶりだな!! 無事でよかった!!」

「よっちゃん……! 他の収監者の脱走を、対策官と一緒に止めてくれたって、芦花さんから聞いた……! 本当に、ありがとう……!」

 鷹村が笑顔を浮かべて迎え、雨瀬が感謝の言葉を伝える。

 塩田と最上が「吉窪君、ありがとう!」と続き、高校生4人の前に立った吉窪は、照れ臭そうに頭を掻いた。

「いやぁ。どこかの反人間組織が『クストス』を襲撃したって知った時は驚いたけどさ。収監者が一人でも外に出たらマズイだろ? だから、俺も少しでも力になれたらって……。それに、俺だけじゃなくて、烏野さんも体を張ってくれたんだ」

 オレンジ色の舎房衣を着た吉窪は、刑務官と共にやや離れた場所に立つ『コルニクス』の元リーダーの烏野瑛士を見る。

 刑務官と話していた烏野は、吉窪に顔を向けて言った。

「由人! 俺たちは、独居房に戻らなくてもいいそうだ! この後は、一通りの事後処理が終わるまで、自分の収容部屋に入っているようにとのことだ!」

「……あ、はい! わかりました! 今、そっちに行きます!」

 吉窪は返事をして、「インクルシオに協力したご褒美かな?」と内心で推察し、烏野のいる方向に走り出した。

「それじゃあ、俺、行くな! また、手紙を書くから!」

「ああ! 短い時間だったけど、よっちゃんの顔を見れて嬉しかったよ!」

「よ、よっちゃん……! 僕も哲も、よっちゃんが出所する日を、いつまでも待っているから……! くれぐれも、体には気を付けて……!」

 鷹村と雨瀬が一歩前に出て言い、吉窪は一旦立ち止まって、ブンブンと手を振る。

 高校生たちは揃って手を振り返し、烏野と一緒に去って行く吉窪の後ろ姿を、名残惜しく見送った。

 一方、『クストス』の所長である益川誠は、所長室できつく歯噛みをした。

「……今回は、とんでもない事態が起こってしまった。当面は、施設内の平穏と秩序を取り戻すことに注力せねばならない。従って、“特異体”探しは中止だ」

 苦々しく漏れた独り言が、所長室の天井に消えていく。

 益川は深いため息を吐いて、執務机のノートパソコンに向かい、施設全体の被害の把握に取り掛かった。


 ロの字型をした建物の各階で、他支部からの応援者を交えた多くのインクルシオ対策官が事後処理に動く中、東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、1階のロビーに立っていた。

 スマホで上司への報告を終えた童子は、周囲をぐるりと見回して、『クストス』に到着してから別行動をとっていた高校生4人を探す。

 しかし、目が届く範囲にはその姿は見当たらず、無事を確認するメッセージを送ろうかと考えていると、童子の前に一人の人物が立った。

「童子。玉井さんを救出してくれたこと、礼を言わせてもらう」

 童子と同じ黒のツナギ服を着た、鋭い双眸の人物──東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人が、硬い面持ちで言う。

「……玉井さんは、2階の通路で、弟の礼央と共に遺体で発見されました」

「ああ。そのようだな。だが、彼は自身の目的をげた。この結末は本望だろう」

 童子が低く告げると、真伏は小さくうなずいて返した。

 向かい合う二人の間に沈黙が流れ、真伏は改めて口を開いた。

「……童子。今回は、色々と迷惑をかけた。このまま、お前が俺を拘束しろ」

「!」

 真伏の言葉に、童子が目を見開く。

「俺は、多くの罪に問われる身だ。俺の両手をグラウカ用の拘束ロープで縛って、インクルシオの留置室に連れて行け」

 真伏は淡々とした口調で言い、両手を持ち上げて、童子の眼前に差し出した。

 童子は真伏をしばし見つめて、静かに首を振った。

「……いいえ。拘束はしません。貴方は、牢獄行きを恐れて逃走するような、そんな姑息な人やない。その覚悟はとうに腹に決めて、2年もの間、『イマゴ』に潜入しとったはずです。せやから、そのままでジープに乗って下さい」

「………………」

 童子のまっすぐな眼差しを見返して、真伏は両手をゆっくりと下ろす。

 少し乾燥した形のいい唇が、自然に動いた。

「……童子。俺は、ずっとお前のことをねたんでいた。その理由は、お前がインクルシオNo.1の特別対策官として、路木チーフ……俺の父親に認められていたからだ」

「…………」

「だが、今の俺は、お前に違う感情を抱いている。反人間組織『キルクルス』のメンバーであり、元インクルシオNo.1の鳴神冬真なるかみとうまを倒せるのは、お前だけだ。“インクルシオ”と“人間”の命運を一身に背負う、その重圧は計り知れないが、お前なら奴を打ち負かし、世の中の平和を守り切ると信じている。……だから、頼んだぞ」

 そう言って、真伏はくるりときびすを返す。

 童子は正門の前に停まったジープに向かう真伏の背中に、「はい」としっかりとした声で返事をした。


 同刻。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室は、『クストス』襲撃の対応で散らかった様相とは裏腹に、しんと静まり返っていた。

「……まさか、真伏が、『クストス』襲撃の手引きをしていたとは……」

「……クソ。何てことだよ。こんなの、最悪じゃねぇか……」

 黒のジャンパーを羽織った東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一が重々しい声を絞り出す。

 南班チーフの大貫武士、中央班チーフの津之江学はじっと黙り込み、本部長の那智明は端正な顔をゆがめて宙を睨んでいた。

 西班チーフの路木怜司は、わずかも内面のうかがえない無表情で、手元のボールペンに目を落としている。

 大貫が会議テーブルに両手をつき、椅子から立ち上がって言った。

「……先程の童子の報告では、『イマゴ』には大ボスが存在すると言っていました。真伏は、この大ボスの正体を掴む為に、『イマゴ』の一員として動いていたと。ですから、まだ我々は、『イマゴ』を完全に壊滅したとは言えません」

 大貫の言葉を受けて、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎が一つ咳払いをした。

「……うむ。その通りだ。『イマゴ』の大ボスを捕らえなければ、組織が消滅したことにはならない。各班は、今後も、捜査に尽力するように」

 阿諏訪の短い指示に、望月、芥澤、大貫、津之江が首肯する。

 すると、すい、と手が上がった。

「みなさん。僕から、一言いいですか」

 その平坦な声の主は、路木だった。




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