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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
227/231

10・圧倒と家族

 東京都乙女おとめ区。

 午後3時半を少し回った時刻、グラウカ収監施設『クストス』の2階の娯楽・学習エリアにある図書室で、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、姿勢を低くして前を睨んだ。

 黒のツナギ服を纏った高校生たちの眼前には、反人間組織『イマゴ』の幹部4人──赤枝真矢、友田太、土居佳成、早乙女京がおり、ニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべている。

「つーか、お前らさー。まだ高校生くらいじゃねぇ? 新人対策官なのか?」

「はは。こんなガキ共がいるなんて、インクルシオは人手不足なんだな」

「戦闘慣れしていなさそうだが、手加減はしない。思う存分、殺させてもらう」

「その若々しいお肌の張りが憎いですね。私の爪で、ズタズタに切り裂きます」

 赤枝、友田、土居、早乙女が口々に言って足を踏み出し、一方的な惨殺ショーを楽しもうと高校生たちに近付いた──次の瞬間。

 鷹村哲が黒革製の鞘からブレードを引き抜いて、大きく叫んだ。

「全員、バラバラに散れ!! 相手は『イマゴ』の幹部だ、気を抜くなよ!!」

 鷹村の怒号のような声を合図にして、雨瀬眞白、塩田渉、最上七葉が動き出し、図書室内の別々の方向に走る。

 『イマゴ』の幹部たちが「ハハ! 指示は一丁前だな!」「その威勢がいつまでもつかな?」と嘲笑してすぐさまに4手に分かれ、赤枝と雨瀬、友田と塩田、鷹村と土居、最上と早乙女の組み合わせで、一斉に交戦が始まった。

「……ぐおっ!!!」

 雨瀬と対峙した赤枝は、『イマゴ』の文字が刻印された折り畳みナイフを力任せに振り回した後に、顔面に強烈な蹴りを受けて書架に突っ込んだ。

 整理された本がバサバサと床に落ち、足元にほこりが舞う。

 赤枝は「チッ! やりやがったな!」と舌打ちをして体勢を整えようとしたが、ふと周囲の光景に目をめて息を飲んだ。

「……え!? な、何だ、あれは……!?」

 赤枝が背中をもたせている書架から少し離れた場所では、友田、土居、早乙女がすでに生気を失って倒れており、その側で塩田、鷹村、最上がブレードやサバイバルナイフに付着した血を払っている。

「……え!? え!? え!? 一体、どういうことだ!? 『イマゴ』の幹部ともあろう3人が、こんなひ弱そうなガキ共にあっという間にやられ……ぐぎゃああぁああぁぁっ!!!!!」

 赤枝が想定外の事態に圧倒されていると、雨瀬のバタフライナイフが空を切って眉間に迫り、細長い刃がグラウカの弱点である脳下垂体を貫いた。

 本が散乱した図書室に断末魔が響き、やがて静かになる。

「……貴方たちは、過激で傲慢な『グラウカ至上主義』の思想の下に、今までに多くの人間の命を奪ってきた。奪う者は、奪われる。悪く思わないで下さい」

 雨瀬はバタフライナイフを閉じて低く言い、室内に顔を向けた。

「哲。塩田君。最上さん。この階に韮江光彦はいなかった。この後は、3階に行って、手分けをして探そう」

 雨瀬の提案に、他の3人がうなずき、図書室を足早に出る。

 すると、北側の通路の先で、『BARロサエ』のオネエのママのリリー──元西班の対策官である玉井理比人と、一人の青年が向かい合う姿が目に入った。

「……あ、あの男は……!」

 派手な赤色のダウンコートと、左目の下に泣きぼくろのある青年を見て、雨瀬は昨年の12月に行った『ゲームセンターアレア・すみれ店』のおとり捜査で出会った人物──『イマゴ』の幹部の玉井礼央を思い出す。

 高校生たちが「リリーさん!」と駆け寄ろうとすると、通路に立つ理比人の片手が上がり、4人の動きを制止した。

「お前たちは、こっちに来るな!! こいつの相手は、俺がする!!」

「……!!」

 理比人が大声を発し、高校生たちが立ち止まる。

 理比人は「……頼む」と礼央を見据えたままで小さく言い、その横顔に深い覚悟と他人の介入の拒絶を感じ取った雨瀬、鷹村、塩田、最上は、やや躊躇ためらう様子を見せたが、黙ってきびすを返した。


 高校生4人が反対側の通路の奥に消えると、礼央が口を開いた。

「……さっきの話の続きだが。何故、『BARロサエ』のスタッフルームに監禁したはずのお前が、ここにいる?」

「………………」

「もしかして、お前の正体はインクルシオ対策官で、お仲間に助けてもらったのか?」

 礼央が鋭い眼差しで訊くと、理比人はまっすぐに見返して答えた。

「ああ。そうだ。ただし、俺がインクルシオ対策官として東京本部の西班で任務についていたのは、もう7年も前の話だがな」

「はっ! やっぱり、そうだったのか! どうせ、あの真伏とかいう男も、『イマゴ』の仲間のフリをして裏切っているんだろう! この薄汚い人間共めが!」

 理比人の返答を聞いた礼央がいきどおり、瞳を憎悪の炎で揺らす。

 顔面に濃い化粧を施した理比人は、野太い男性の声で言った。

「……礼央。これ以上、人間を殺すのはやめてくれ」

「あぁ? 俺が何をしようと、お前には関係がないだろう!」

「いや。関係は大いにある。今日この時まで隠していたが、俺はお前の兄の理比人だ。血の繋がった家族として、弟が罪を重ね続けることを許すわけにはいかない」

 理比人の突然の告白に、礼央は一瞬きょとんとしたが、即座に反論した。

「……は、はぁ!? 嘘をつくな! お前と兄貴とは、顔が……!」

「驚くのは無理もない。元インクルシオ対策官の俺は、裏社会で情報収集をするにあたって、顔を大きく変える必要があった。だから、目鼻立ちをいじるだけではなく、頬や顎の骨を削る整形施術をしたんだ」

「……っ!!」

「その上、『BARロサエ』の“オネエのママ”として女装をし、女言葉を使い、顔に化粧をした。それもこれも全部、小6で家出をし、そののちに『イマゴ』に加入したのではという疑いを抱いたお前を探す為だったんだ」

 理比人の説明を聞き、礼央は握った拳を震わせる。

「……も、もういい!! お前の話は終わりだ!! 俺は、とっくの昔に“人間の家族”は捨てたんだ!! 俺はこの世にいる全ての人間が憎い!! 俺の進む『道』の邪魔をするというのなら、テメェはここで殺す!!」

 そう怒鳴った途端、礼央はダウンコートのポケットからナイフを取り出して、床を蹴った。

 理比人は冷静な表情で、2階に来る途中で拾った刑務官のナイフを構える。

 礼央は「死ねぇっ!!」とナイフを勢いよく繰り出したが、元対策官である理比人は刃の軌道を見切って身をかわし、その両腕で実弟を抱き締めた。

「──っ!! な、何をする……っ!! は、放せ……っ!!」

「……駄目だ。人間には、いざという時の“火事場の馬鹿力”がある。お前がグラウカの超パワーを発揮しようとも、この腕は解かないぞ」

「……ならば、こうしてやる!!」

 互いの体が密着した状態で耳に届いた声が、確かに幼少期に聞いた「兄」のものであると実感した礼央は、心の中にわずかに湧いた家族の情愛をかき消すように、理比人の脇腹にナイフを突き刺した。

「……ぐぅっ……!!!!」

「はははっ!! どうだ!? これは、耐えられないだろう!!」

 礼央は顔を引きらせて高笑い、ナイフをぐいぐいと深く埋める。

 理比人は「ああぁあぁぁぁ……っ!!!!」と苦悶の声をあげて、上背のある体を折り曲げたが、決して礼央を抱いた両腕の力は緩めなかった。

「……テ、テメェ……!! ここまでして、何故……!!」

「……れ、礼央……。お前は、これまでの罪を償わなければならない……。だが、小さい頃から寂しがり屋だったお前を、一人きりでは逝かせないよ……」

「お、おい!! テメェ!! は、放せ……っ!!」

「……ごめんな……。お前の苦しみと、孤独を、もっと早くに気付いてやれなくて……。兄貴として、お前にしてやれることが、これしかないなんて……」

 理比人の右手がナイフを操り、礼央の左耳に突き入れる。

 礼央は大きく目を見開き、全身をぶるりと痙攣させると、一気に脱力した。

 そのまま、二人はもつれ合って床に倒れる。

 理比人は次第に浅くなる呼吸を吐きながら、弟の青ざめた顔に手を伸ばした。

「……お前は、俺の大事な家族だ……。だから、兄ちゃんも一緒に……」

 皮膚の温度を失った泣きぼくろに、震える指先が触れる。

 紅い口紅を塗った口角が上がり、愛おしげに微笑むと、理比人は自身の双眸をゆっくりと閉じた。




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