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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
226/231

09・嫌な予感

 東京都月白げっぱく区。

 まもなく午後3時半になろうとする時刻、インクルシオ東京本部の最上階にある会議室は、緊迫した慌ただしさに満ちていた。

 楕円形の会議テーブルでは、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が、反人間組織『イマゴ』の襲撃を受けたグラウカ収監施設『クストス』の緊急事態に対処するべく、各々のノートパソコンとスマホに懸命に齧り付く。

「那智さん! うちの班の対策官は、全員が『クストス』に到着したぞ!」

「うちの班も、非番の対策官を含めて、ほぼ全員が現着しました!」

「あーっ!? 何だって!? トラックとタクシーの追突事故で道路が渋滞!? こんな時にクソッタレが! 待ってろ、すぐに迂回ルートを調べる!」

薮内やぶうち、現場に着いたか! 『クストス』は、正門と裏門の両方が開いている! 施設の中だけではなく、そっちにも十分な人員を配置してくれ!」

「那智本部長。案の定、『クストス』の内部は、『イマゴ』の構成員とこの混乱に乗じて脱走しようとする収監者とで大騒動になっていますね。其処此処そこここで、交戦が行われている模様ですよ」

 黒のジャンパーを羽織った望月、津之江、芥澤、大貫、路木が、次々と入ってくる各班の対策官からの連絡を、忙しく処理して言った。

 濃紺のスーツを着た本部長の那智明は、チーフたちの報告や対策官とのやりとりを耳で聞きながら、スピーカー状態にしたスマホに顔を寄せる。

「そっちの状況はどうだ?」

『ええ。事態発生直後に全対策官に緊急連絡を送り、そちらの応援に向かわせました。今頃、ジープと大型バンの大群が、高速道路をブッ飛ばしていますよ』

 スマホの向こうの通話相手──インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保そがべたもつが返し、那智が「そうか」とうなずいた。

 曽我部は一つ息を吐いて、『それにしても』と言った。

『あの難攻不落と思われた『クストス』が、反人間組織に襲撃されるとは驚きましたよ。今回の件は、十中八九、誰か“こちら側”の人間が協力したんでしょうな。それが、『クストス』の刑務官なのか、事務職員なのかはわかりませんが……』

 スピーカーから漏れる曽我部の推察を聞き、路木が「誰が協力したにせよ、その人物は重罪ですね」と言って、手に持ったボールペンを一回転する。

 那智は大きく咳払いをし、険しい表情を浮かべて指示をした。

「誰が裏切り者かを特定するのは、今は後回しだ。我々はこの重大な危機を、何としても最小限の被害で収束させなければならない。引き続き、現場にいる対策官と密に連携を取り、事態の対応にあたってくれ」


 同刻。東京都乙女おとめ区。

 『クストス』の1階の管理エリアにあるセキュリティ室で、東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、ピンク色の持ち手のハサミを前に繰り出した。

 黒のツナギ服を纏った真伏の正面には、同じく東京本部の中央班に所属する特別対策官の影下一平がおり、右手に握ったサバイバルナイフでハサミの攻撃を受け止めると、すぐさまに黒の刃を水平に一閃させる。

 インクルシオの特別対策官である二人の攻防は凄まじいスピードで、セキュリティ室の隅に身を寄せている15人の職員と刑務官が、ごくりと唾を飲み込んだ。

「……くっ……!」

「……っと……!」

 影下が振るったサバイバルナイフの切っ先が、体をひねって攻撃を避けた真伏の右上腕部を斬って、布の破れた箇所から血飛沫が出る。

 真伏は怪我に構うことなく、腰を落として下からハサミを突き上げ、咄嗟とっさに顔をのけぞらした影下の顎先の肉をえぐった。

 至近距離で向かい合う二人は、一旦後方に飛び退いて、息を整える。

 顎から垂れる血をウインドブレーカーの袖で拭って、影下が怒鳴った。

「真伏さん……っ! 貴方は2年前から『イマゴ』と接触していたのに、何故、その事実を俺らに隠していたんですかぁっ! たとえ貴方が一人きりで『イマゴ』を壊滅したって、そんなやり方は、そんな『道』は、インクルシオ対策官としては大間違いなんですよぉっ! 貴方の父親の路木チーフだって、喜びませんっ!」

「……うるさいっ!! 黙れっ!!」

「いいえっ!! 黙りませんよぉっ!!」

 真伏が気色ばんで怒鳴り返し、影下が更に大きな声を出す。

「俺らがこうしている間にも、施設内の被害は広がっているんですぅ!! それに、もし収監者が外に出てしまったら、一般人にも危害が及ぶんですよぉ!! 貴方は俺の前に立ちはだかって、多くの人々を犠牲にするつもりですかぁ!!」

 そう叫んで、影下が猫背の姿勢で走り出し、真伏が前に足を踏み出して、双方の刃が激しく交わった。

「真伏さん……っ!! これだけ言っても、貴方はぁ……っ!!」

「影下……っ!! お前が何と言おうと、俺は……っ!!」

 互いの眼前でギリギリと鈍い音を立てて、金属同士がこすれる。

 その時、デスクの上に置かれたデジタル時計が、真伏の視界に映った。

(……もう、3時半……! いくら何でも、穂刈からの連絡が遅過ぎる……! まさか、穂刈と乾はとうに韮江光彦を見つけていて、俺には告げずに外に逃走する気では……!)

 不意に湧き上がった嫌な予感が、背中をぞくりと震わせる。

 真伏は手に力を込めて、ハサミとサバイバルナイフの交差を無理矢理に解くと、そのままセキュリティ室のドアから通路に駆け出た。

 影下は「!?」と驚いてその後ろ姿を振り返ったが、即座に室内に顔を向けた。

「──職員の方ぁっ!! 解除した電子ロックを復旧して下さいぃ!! 大急ぎでお願いしますぅ!!」

 影下の声に、セキュリティ室の責任者がはっとして床から立ち上がる。

 そして、近くのデスクに走り寄り、パソコンのキーボードを強く叩いた。


 建物がロの字型をした『クストス』の2階の娯楽・学習エリアで、東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、大人数で迫り来る『イマゴ』の構成員を倒して、図書室に駆け込んだ。

「……本当に、敵の数が多いな! キリがねぇよ!」

「『イマゴ』の構成員だけじゃなくて、暴徒と化した収監者もいるからな……!」

 塩田が大きく肩を上下させて言い、鷹村が書架に背中をもたせて返す。

「どうやら、この部屋は無人のようね……! 結局、2階のどこにも韮江光彦の姿は見当たらなかったわ……! なら、もっと上の階にいるのかも……!」

「うん……! 韮江を逃してはならない……! 急いで、移動しよう……!」

 最上が汗ばんだ黒髪を耳にかけ、雨瀬が図書室のドアに体を向けた。

 すると、口を開けた出入り口に影が伸びて、4人の人物が中に入ってきた。

「おやぁ? 誰かの声がすると思ったら、こりゃあ、随分と若い対策官共だな」

「ハン。ここは俺一人で事足りる。お前らは、他の場所に行ったらどうだ?」

「いや。せっかく見つけた獲物だ。みんなで平等に分け合って殺そう」

「あら。可愛い女の子がいますね。あの子は、私にらせて下さい」

 黒のツナギ服を着た高校生たちの前に現れた4人──『イマゴ』の幹部の赤枝真矢、友田太、土居佳成、早乙女京が、口角を上げて言う。

「……っ!!」

 雨瀬、鷹村、塩田、最上が反射的に腰を低くして臨戦態勢を取り、それを見た赤枝が獰猛に双眸を光らせた。

「よぉ。インクルシオ対策官共。俺らは、『イマゴ』の幹部だ。うちのフツーの構成員と比べて、暴力性も残虐性も今までに殺してきた人間の数もケタ違いさ。今から、それをたっぷりとお前らに味わわせてやるよ。覚悟しな」

 ひっそりとした静寂に包まれた図書室で、4人の幹部が舌舐めずりをする。

 「童子班」の高校生たちは、額にじわりと汗を浮かべて、それぞれの武器に手をかけた。




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