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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
225/231

08・到着と再会

 東京都乙女おとめ区。

 午後3時を20分ほど回った時刻、グラウカ収監施設『クストス』の3階にある独居房で、反人間組織『コルニクス』の元構成員の吉窪由人は呟いた。

「……もう止んだけど、さっきの警報は何だったんだ? 誤作動か?」

 オレンジ色の舎房衣を着た吉窪は、小窓の付いたドアの前で首を傾げる。

 すると、遠くの方から、「おい! 誰かが襲撃してきたらしいぞ!」「ドアの電子ロックが解除されたってマジか!?」と収監者たちが騒ぐ声が聞こえた。

「え? 襲撃?」

 吉窪がきょとんとした顔で言うと、突然、目の前のドアが開いた。

「……っ!! か、烏野さん!? ど、どうして、独居房の外に!?」

「由人。収監者共の話す声が聞こえたか? どうやら、何者かが襲撃してきたのは本当らしいな。実際に独居房のドアが開いたし、通路に監視の刑務官もいない」

 吉窪と同じく独居房に入っていた『コルニクス』の元リーダーの烏野瑛士が、背後を振り返って言う。

 二人は慎重な面持ちで狭い部屋を後にすると、建物の角を曲がったところで、5人の刑務官と収監者の集団が対峙する光景を見た。

「お前たち! この階から出るな! 自分の収容部屋に入っていろ!」

「はっ! こんな状況で、大人しく従うわけがねぇだろ! 死ねぇっ!」

 興奮した20人程の収監者が咆哮し、青色の制服を着た刑務官に襲い掛かる。

 5人の刑務官はナイフを抜いて果敢に応戦したが、グラウカである収監者の超パワーに押されて、次々と殺害された。

「……た、大変だ! すぐに止めないと……!」

 吉窪が床を蹴って走り出し、烏野が「俺は戦闘は塁に任せていたから、あまり自信はないんだがな」と、『コルニクス』のNo.2であった糸賀塁いとがるいを思い浮かべつつ、その後に続く。

 暴れる収監者たちの輪に突っ込んだ吉窪は、「やめろ!」と声をあげて何人かを拳で殴り飛ばしたが、数に勝る相手にあっという間に取り囲まれた。

「何だ、てめぇ!! 邪魔をするなら、てめぇもブッ殺してやる!!」

 収監者の一人が吉窪の胸倉を掴み上げ、刑務官から奪ったナイフの切っ先を、眉間をめがけて振り下ろす。

 吉窪が思わず目をつぶり、烏野が「由人っ!!」と叫んだ──次の瞬間。

「ぐ、ぎゃあああぁあぁぁぁっっ!!!!!!」

 収監者の側頭部にブレードの刃が埋まり、耳をつんざく絶叫と共に横に倒れた。

 吉窪が「!?」と目を開けると、黒のツナギ服が視界に入る。

「──大丈夫ですか? ここは私に任せて、後ろに下がっていて下さい!」

 そう言って、黒の刀身に付着した血を払ったのは、インクルシオ東京本部の東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおりだった。


 反人間組織『イマゴ』による突然の襲撃を受け、ロビーを始めとした至る場所が血に染まった『クストス』に、インクルシオ対策官が続々と到着した。

 白を基調とした内装の館内は、80人を超える外部からの侵入者と、事態を知って脱走を試みる収監者とで混沌としており、あちこちで交戦が勃発している。

「市来ぃ! こいつら、『イマゴ』と刻印されたナイフを持っていたぞ!」

「ええ! たった今、芥澤チーフから、二つ目の緊急連絡が届きました! そこにも、襲撃者は『イマゴ』だと書かれています!」

 『クストス』に駆け込むや否や、一気に10人の侵入者を倒した大柄の対策官──北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきが床に落ちたナイフを拾って言い、同じく北班の市来匡いちきたすくがスマホを片手に返す。

 二人が立つ1階の事務受付窓口の前に、南班に所属する「童子班」の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が、バタバタと足音を響かせて走ってきた。

「時任さん!! 市来さん!!」

「お前らも来たか!! 『クストス』を襲撃したのは『イマゴ』だ!! 連中はかなりの人数がいる!! ここはいいから、他の階に行け!!」

 腰に2本、背中に交差した2本のブレードを装備した時任が指示を出し、高校生たちが「はい!!」と返事をして、そのまま脇を駆け抜けた。

「クソっ……! 多くの刑務官の遺体が、床に……!」

「これ以上、今回の襲撃の犠牲者は出させないわ……!」

「ああ……! 決して、奴らの好きにはさせねぇぞ……!」

 眼前に広がる血塗ちまみれの惨状を見て、塩田、最上、鷹村が歯噛みをする。

 雨瀬はまっすぐに前を見据えて、口を開いた。

「リリーさんが、『イマゴ』の襲撃の目的は、韮江光彦を外に出すことだと言っていた……! やはり、“『イマゴ』を作ったのは自分の教え子”だという韮江の供述は、ただの狂言や妄想じゃなかった……! ならば、奴らの目的を遂げさせない為にも、こっちが先に韮江を見つけなければ……! 先を急ごう……!」

 雨瀬の言葉に、他の3人がうなずく。

 それぞれの武器を携えた高校生たちは、上階へと続く内階段を、猛スピードで駆け上がった。


「……に、韮江先生っ! ここにいたんですか! 探しましたよ!」

「……潤!? エイジ!? お前たち、何故、ここに……!?」

 緩いウェーブがかかった黒髪に丸メガネをかけた青年──『イマゴ』のリーダーである穂刈潤は、No.2の乾エイジと共に、『クストス』の5階にある収容部屋の一室に飛び込んだ。

 簡素な部屋に置かれたシングルベッドには、10年前に思想犯として収監された韮江光彦が横たわっており、穂刈と乾は側に駆け寄った。

「ああ、先生……! やっと、やっと、再会できましたね……! 先生がインクルシオに拘束されてから10年間、この日をどれだけ夢見たことか……!」

「韮江先生。本当にお久しぶりです。俺たちは、先生が重い病気にかかっていると知って、ここに来ました。先生を外に連れ出す目的で、『イマゴ』の全構成員を招集し、『クストス』を襲撃したんです。それで、うちの構成員が刑務官と交戦している間に、俺と潤が館内にいる先生を探して……」

 穂刈が感極まって声を上ずらせ、乾が代わりに状況を説明する。

 韮江は「そうだったのか……」と言って、痩せた頬を手で撫でた。

「俺は、このまま病気で死ぬだけだと思っていたが……。お前たちがここに来てくれて、とても嬉しいよ。二人共、しばらく見ないうちに、すっかり大人になったな」

 韮江がしみじみと目を細め、穂刈が「先生……っ!」と涙目になる。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を着た乾が、冷静な口調で言った。

「潤。先生。そろそろ、通報を受けたインクルシオ対策官が到着している頃だ。一刻も早く、ここを出た方がいい」

 乾が片膝をついていた床から立ち上がり、ドアに向かう。

 穂刈は韮江の体を支えてベッドから起こし、並んで収容部屋を出た。

 不気味に静まった5階の通路には、穂刈と乾が殺した刑務官や収監者の亡骸が点々と転がっている。

「エイジ。北側の内階段で下に降りて、裏門の方に向かおう」

 穂刈が飛び散った血の上を歩きながら言うと、乾がふと足を止めた。

 ロの字型をした建物の特殊強化ガラスの窓に、切れ長の双眸を向ける。

「……エイジ?」

「……潤。先生を連れて、先に行け」

 乾は中庭側に面した窓から視線を逸らさずに低く言い、穂刈はそのただならぬ様子を感じ取って、「……わ、わかった。先生、急ぎましょう」と走り出した。

 穂刈と韮江は数メートル先にある内階段に辿り着き、足早に駆け降りる。

 乾は二人の後ろ姿を見送って、体を反転させた。

「……なんとまぁ、荷が重たい相手だな」

 乾の薄い唇から、小さくため息が漏れる。

 まもなく、通路の先にある角から姿を現したのは、黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した“インクルシオNo.1”の人物──南班に所属する特別対策官の童子将也だった。




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