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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
224/231

07・緊急アラームと力尽く

 東京都月白げっぱく区。

 午後3時を10分ほど回った時刻、インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、反人間組織『キルクルス』の捜査強化に関する幹部会議が開かれていた。

 楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明なちあきら、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が着席している。

 濃紺のスーツに身を包んだ那智が、通りのいい低音の声で言った。

「グラウカの“特異体”である乙黒阿鼻は、ほぼ間違いなく、東京23区内にひそんでいる。このことを踏まえて、各班は管轄エリア内での聞き込み捜査の徹底、繁華街等の防犯カメラのチェック、日中・夜間の巡回を強化してくれ」

「うーん。やらなければならないのは重々承知だけどさぁ。夜間の巡回も強化となると、対策官たちの任務スケジュールを組むのが大変だな」

 望月が手で顎を撫でて息を吐き、津之江が「ですね」とうなずく。

 芥澤が「対策官たちに負担をかけ過ぎねぇように、俺らも最大限にバックアップをしねぇとな」と言い、大貫が「ああ。そうだな」と同意した。

 その時、会議室にいる全員のスマホが、一斉に甲高い電子音を鳴らした。

「──っ!! 緊急アラームだ!! 発信元は、乙女おとめ区の『クストス』!! 項目は『電子ロックの異常・破損・解除』!! 対象エリアは『全エリア』!!」

 那智がいち早くスマホを鷲掴んで声をあげ、チーフたちが目を見開く。

 那智は椅子を蹴って立ち上がり、間髪入れずに指示を出した。

「望月!! 『クストス』の近くを巡回している対策官に緊急連絡を入れろ!! 東班の残りの対策官も、現場に急行させるんだ!! 芥澤、大貫、路木、津之江!! 同じく、全対策官を『クストス』に向かわせろ!! 急げ!!」

 乙女おとめ区を管轄する東班のチーフである望月が「わかった!」と応じ、芥澤、大貫、津之江が素早くスマホを操作し、路木が「収監者による暴動が起こったのか、何者かが外部から侵入したのか、どちらですかね?」と平坦な声音で言いつつ、緊急連絡を送信した。

 にわかに会議室内が騒然とする中、阿諏訪は手中のスマホを見つめる。

 ふと「もしや……」と心当たりを思い付き、視線を上げると、こめかみにじわりと汗をにじませた。


 同刻。東京都乙女おとめ区。

 高い塀に四方を囲まれたグラウカ収監施設『クストス』は、ロの字型をした5階建ての施設内の全域に警報を響かせていた。

 青色の制服を着た刑務官が慌ただしく通路を走り、エントランスから雪崩なだれ込んできた80人を超える侵入者──反人間組織『イマゴ』の構成員と対峙する。

 一見、サラリーマンや主婦等、人畜無害の一般人の容貌をした構成員たちは、素手やナイフで次々と刑務官を殺害し、ロビーはあっという間に血に染まった。

 1階の管理エリアにある所長室に、一人の刑務官が飛び込んだ。

「ま、益川所長!! 大勢の人物が、施設内に侵入しています!! 彼らは、反人間組織『イマゴ』だと名乗っている模様です!!」

「何っ!? 『イマゴ』だと!?」

 息を切らした刑務官の報告に、『クストス』の所長である益川誠が驚愕する。

 辺りに響き渡る警報を聞きながら、益川はわなわなと怒りに唇を震わせた。

「だ、誰かが、『イマゴ』をこの施設に侵入させる為に、手引きしたのだ……! その人物が誰かはわからぬが、今はとにかく、この緊急事態に対処するしかない! すぐにインクルシオ対策官も駆け付ける! それまでは、『イマゴ』も、収監者も、誰一人として建物の外に出してはならんぞ!」


 同刻。

 街にサイレン音を撒き散らして、黒のジープが片側2車線の道路を走り抜けた。

 外側とは反対に静かな車内には、東京本部の南班に所属する「童子班」の5人──特別対策官の童子将也、雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉と、『BARロサエ』のリリーこと元西班の対策官の玉井理比人が乗っており、一様に険しい表情を浮かべている。

 不意にスマホの着信音が鳴り、高校生4人が大貫から届いた緊急連絡の内容を確認した。

「クソっ……! リリーさんの言ったことが、本当に起こっちまった……!」

「『クストス』の全ての出入り口が開いたなんて、マジでマズイよ……!」

「もし多くの収監者が脱走したら、とんでもないことになるわ……!」

「真伏さんが、『クストス』襲撃計画に加担したなんて、まだ信じられない……」

 鷹村、塩田、最上、雨瀬が、スマホを強く握り締めて言う。

 顔面に濃い化粧を施した玉井が、野太い声を発した。

「真伏は、『イマゴ』の大ボスの正体を掴み、己の手で組織を完全壊滅に追い込むつもりでいる。その結果、インクルシオ対策官の職を失い、牢獄に入ることになってもな」

「……そこまでするんは、親父さんの為ですか」

 運転席に座る童子が、前に視線を向けたまま訊く。

 玉井は付け睫毛まつげを伏せて、「……ああ。真伏にとっては、父親である路木チーフに功績を認められることが、この世の何よりも大事なんだ」と返した。

 エンジンの振動が伝わる車内が、沈黙に包まれる。

 黒のジープは赤信号を通り過ぎ、未曾有の危機におちいった『クストス』に向かって、より一層にスピードを上げた。


 同刻。

 『クストス』の1階の管理エリアにあるセキュリティ室で、東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、責任者に命じて警報を止めた。

 途端に館内が無音になり、真伏は「うるさいのは、不快だからな」と息を吐く。

 すると、電子ロックが解除された背後のドアがガチャリと開き、真伏は弾かれたように振り向いた。

「──っ!! お前は……!!」

 そこには、灰色のウインドブレーカーにジーンズ姿の人物──東京本部の中央班に所属する特別対策官の影下一平が立っており、真伏は大きく目をみはった。

「な、何故、お前がここにいるんだ!?」

「えっとですねぇ。昨夜、童子から、真伏さんの話を聞きましたぁ。その時、「真伏さんは何か重要なことを隠しているから、尾行をして欲しい」と頼まれたんですぅ。それで、俺は、朝からずっと真伏さんをつけていましたぁ。そうしたら、真伏さんが『クストス』に入った直後に、正門に数十人の集団が駆け込むという異変が……。これは只事ではないと、俺も急いで中に入ったんですぅ」

 影下がいつもののんびりとした口調で、説明をする。

 しかし、その双眸は鋭い光を放ち、まっすぐに真伏を見据えていた。

「真伏さん。こないだ、インクルシオのオフィスのノートパソコンで、どこかの平面図を見ていましたよねぇ。あれは、『クストス』だったんですかぁ」

「……フン。すぐに閉じたはずだが、しっかりと見ていたか。童子と言い、お前と言い、やはり抜け目がないな」

「いやぁ。俺が言うのもヘンですがぁ、こうしてのんびりと話をしている時間はありません。ここの職員の方に、電子ロックを元の状態に戻してもらいますぅ」

 そう言って、影下は部屋の隅に座っている15人の職員に目を向ける。

 白髪混じりの責任者が立ち上がろうとすると、真伏が「ダメだ。そこから一歩でも動いたら、お前たち全員を殺す」と低い声で制した。

(……まだ、穂刈から連絡が来ていない。穂刈と乾が韮江光彦を見つけ、外に連れ出すまでは、電子ロックを元に戻させるわけにはいかない)

 真伏は内心で思考し、影下を牽制するように前に立ちはだかる。

 影下は右手を後ろに回して、ジーンズの腰に差し込んだサバイバルナイフを抜き取った。

「真伏さん。仕方がありません。こちらの要望を通してくれないのなら、力尽くでいきますぅ」

「……いいだろう。来い」

 影下が黒の刃を構え、真伏が持っていたハサミを握り直す。

 二人の特別対策官は、姿勢を低くして睨み合い、同時に床を蹴った。




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