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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:26
222/231

05・頼み

 午後9時半。東京都木賊とくさ区。

 インクルシオ東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、臨時休業をしている『BARロサエ』のスタッフルームの中に立っていた。

 1階のフロアの奥に位置するスタッフルームには、従業員用のロッカーとテーブルが置かれており、ドアの横には全身を映す姿見があった。

 些細な不注意で左手を負傷し、『グラウカ』ではなく『人間』であることが発覚した店のオネエのママのリリー──元西班の対策官である玉井理比人は、手足をロープで縛られ、口にガムテープを貼られた状態で床に横たわっていた。

 すでに反人間組織『イマゴ』のリーダーの穂刈潤、No.2の乾エイジ、幹部の赤枝真矢、友田太、土居佳成、早乙女京はフロアに戻り、“明日の計画”の遂行について入念に話し合っている。

 室内に残った幹部の一人の玉井礼央が、突然にリリーを蹴飛ばした。

「この、薄汚い人間が!!!」

「……ぐふっ!!」

 礼央の右足の爪先がリリーの腹部に埋まり、くぐもったうめき声が漏れる。

 二人の側にいた真伏が「やめろ!」と制止の声をあげ、礼央を背後から羽交い締めにした。

「放せよ! あんたも人間だろ! 俺は、人間なんかには触られたくない!」

 礼央は真伏の腕を振り解き、憎悪に満ちた目をリリーに向けた。

「……明日、お前を殺す役目は俺がする。その悪趣味な化粧にまみれた顔をぐちゃぐちゃに潰してやるから、楽しみにしていろ」

 そう吐き捨てると、礼央はスタッフルームのドアから出ていく。

 礼央の実兄であるリリーは苦しげに顔をゆがませ、真伏は険しく眉根を寄せたまま、その場に佇んだ。


 午後11時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮で、南班に所属する特別対策官の童子将也は、肌を刺す寒風が吹き抜ける屋上の扉を開けた。

 部屋着のジャージを着た童子は、黒暗こくあんの空の下に立つ人物に目をやる。

「真伏さん。メッセージを読みました。俺に話があるて、何ですか?」

 屋上の中央に足を進めた童子は、私服のジャケット姿の真伏に訊ねた。

 童子と向かい合った真伏は、前を鋭く睨んで、低い声音で言う。

「俺は、反人間組織『イマゴ』の一員だ」

「……!」

 真伏の予期せぬ告白に、童子が大きく目をみはった。

「今から2年前、俺は『イマゴ』に加入し、奴らの仲間を装って捜査をしてきた」

「……それは、上からの極秘指令ですか?」

 童子がいぶかしげな顔で訊くと、真伏は「いや。俺の独断行動だ。このことは、一切、上層部には報告をしていない」と答えた。

 辺りがしんと静まる中、真伏が話し出す。

「『イマゴ』には、リーダーとNo.2を始め、5人の幹部と80人程の構成員がいる。だが、これで全員ではなく、組織の裏で手を引く大ボスが存在する。俺は、リーダーとNo.2のみが知る、この人物の正体を探っている」

 真伏は言葉を一旦区切り、視線をわずかに逸らして言った。

「……その目的を果たす為に、俺はインクルシオの捜査情報を奴らにリークし、時には西班の対策官の命を見捨てた」

「………………」

 真伏は話をしつつ、昨年の8月の突入──伽羅きゃら区にある冷凍食品会社「クール石井」の倉庫で、乾に殺害された西班の対策官6人を思い浮かべた。

 その内の一人である佐々木(ささき)さとるは、気難しい性格の真伏によく話し掛け、慕ってくれた後輩対策官であった。

 真伏の握った拳がかすかに震えるのを見て、童子が口を開く。

「……真伏さん。何故、俺にその話を?」

 屋上のフェンスを背にした真伏は、童子に視線を戻して言った。

「俺とは別の目的で、『イマゴ』に潜入している人物がいる。その人は元インクルシオ対策官で、現在は木賊とくさ区で『BARロサエ』というグラウカ限定入店の店を経営している。通称はリリー、本名は玉井理比人さんだ」

「……! 『BARロサエ』の、“情報通のママ”ですか?」

「そうだ。玉井さんは、『イマゴ』に入ったグラウカの弟を探す為に、自らも顔と素性を偽って加入した。だが、つい数時間前に、『イマゴ』の連中に人間だとバレてしまい、店のスタッフルームに監禁された。このままでは殺されてしまうが、俺は奴らの仲間のフリをしているから、玉井さんを助けることができない」

 真伏は再び言葉を区切り、一拍の間を置いて言った。

「……俺は今まで、自分の“仲間”や“同志”を顧みたことはなかった。だが、決して、それでいいと心から思っていたわけじゃない。……今、『イマゴ』の一部のメンバーは、『BARロサエ』の店内にいる。しかし、明日の午後3時には、全員が外に出払う予定となっている。その隙に、お前が店に潜入し、玉井さんが自力で脱出したように見せかけて救出してくれ」

 凍える冷気が降りる屋上に、真伏の密やかな声が響く。

 童子は暗闇の中に立つ相手をまっすぐに見据えて、質問をした。

「明日の午後3時に『イマゴ』のメンバーが店を出払うんは、何故ですか?」

「…………。それは、言えない。俺は今、大ボスの正体を掴むあと一歩のところまで来ている。組織のメンバーに怪しまれずに上手く立ち回る為にも、これ以上の情報は明かせない。ただ、明日の件に関しては、大した用事ではないことは伝えておく」

 真伏の返答に、童子は黙った。

 数歩の距離を置いて相対する二人の間を、夜風が通り抜ける。

 長い沈黙が流れた後、真伏が小さく言った。

「……童子。誰にも告げずに潜入捜査を行っている俺の話を、簡単には信用できないのはわかる。だが、俺は他人に何かを頼んだり、手助けを求めるような性格じゃない。この件をお前に話したのは、インクルシオNo.1の実力を持つお前を、本音の部分では認め、信頼しているからだ。俺は、玉井さんを救いたい。……頼む。手を貸してくれ」

 そう言うと、真伏は頭を下げた。

 童子は短く思考した末、内心に抱いた疑念を追求せずに、「わかりました」と一言返事をした。

 その時、突如として屋上の扉が開き、私服姿の「童子班」の高校生4人がコンクリートの床に転がり出た。

「イテテテ〜! 膝をすりむいた〜!」

「バカ! だから、押しちゃダメって言ったでしょ!」

「ずっと前にも、同じようなことがあったな……」

「……ぬ、盗み聞きをして、すみません……!」

 塩田渉、最上七葉、鷹村哲、雨瀬眞白が口々に言い、急いで立ち上がる。

 高校生たちは叱責を覚悟して直立不動の姿勢で待ったが、予想に反して真伏は静かな声で言った。

「お前たちがそこにいることは、とうに気付いていた。気配を消すのが下手だな」

 真伏が指摘し、童子がこくりとうなずく。

 高校生4人は顔を赤らめながらもほっと安堵し、すぐに表情を引き締めた。

「あ、あの、真伏さん……! 勝手に聞いてしまった話の内容は、とても衝撃的で、まだ理解が追いつかないくらいです……! でも、それよりも、『BARロサエ』のリリーさんは、僕らも色々とお世話になった人なんです……! リリーさんの救出を、どうか僕らにも手伝わせてください!」

 雨瀬が癖のついた白髪を揺らして言い、鷹村、塩田、最上が「お願いします!」と声を揃える。

 その真剣な眼差しを見て、真伏は一つ息を吐いた。

「……玉井さんのことは、お前たち「童子班」に任せる。頼んだぞ」

 真伏の返事を聞いた高校生たちが、「はい!!」と力強く請け負った。

「これで、俺の話は終わりだ。さっきも言ったが、俺はあと少しで『イマゴ』の大ボスの正体を暴く。それまでは、この件は内密にしてくれ」

 真伏は童子に目を向け、念を押すように言う。

 そして、前に歩き出し、寒空が見下ろす屋上から去っていった。




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