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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:25
216/231

08・暴露

 午前8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある大ホールで、東班、北班、南班、西班、中央班に所属する全対策官を招集した全体会議が開かれた。

 非番の者を含めた約200名の対策官は、どこか不穏で重たい空気を感じつつ、広々としたホール内の席についている。

 前方の壇上には、仕立ての良い三揃いのスーツを着たインクルシオ総長の阿諏訪征一郎が立っており、おもむろに重厚な声を発した。

「諸君。こうして、朝早くから集まってもらったのは他でもない。今から、私が国家の機密事項でもある重要な情報を伝える。しっかりと聞いて欲しい」

 阿諏訪の唐突な言葉に、対策官たちはやや戸惑って互いの顔を見やる。

 本部長の那智明と、各班のチーフ5人は、壇上の端に一列に並んで立ち、全体会議の成り行きを見守っていた。

「その前に、グラウカの犯罪グループ『フォルミカ』が壊滅した件について話しておきたい。これは、昨晩、『フォルミカ』の拠点に監禁されていたグラウカの女性が逃げ出し、こちらの代表電話に連絡をしてきたことから発覚した。奴らの拠点は伽羅きゃら区にある風俗ビルの地下で、西班の対策官が駆け付けた頃には、すでにメンバー全員が死亡していた。おそらく、反人間組織『キルクルス』が殺害したものと思われる」

 阿諏訪はそこで一旦言葉を区切り、対策官たちを見回して続けた。

「女性の話によると、『フォルミカ』は女性と一緒に10代の青年を誘拐しており、この人物が『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻だった。乙黒は南班の雨瀬対策官に助けを求める連絡を入れたが、結果的には『キルクルス』の仲間が来て救出し、『フォルミカ』を壊滅した。そして、ここからが本題だが、昨晩に起こったこの一連の流れの中で、乙黒がグラウカの“特異体”であることが判明した」

 一瞬、ホール内が水を打ったように静まる。

 各班の対策官たちは「……え!?」「……と、“特異体”!?」と少し遅れて声を漏らし、「いや、そんなの、都市伝説だろう?」「何かの間違いじゃないのか?」と次々と疑問を口にした。

 阿諏訪は一つ咳払いをして、さとすような口調で言った。

「ここにいる諸君のほとんど……いや、全員が、“特異体”は根拠のない噂話だと思っているだろう。だが、これまでは国家機密として限られた人間しか知り得なかったが、“特異体”は確かにこの世に存在する。……実を言うと、私の家族の阿諏訪灰根は、娘ではなく双子の姉であり、彼女もグラウカの“特異体”だ」

「──!!!!!!」

 東京本部の戦力の要である特別対策官5人──東班の芦花詩織あしはなしおり、北班の時任直輝、南班の童子将也、西班の真伏隼人、中央班の影下一平が、その場にいる他の対策官たちと同じく大きく目を見開く。

 壇上に立つチーフたち──東班の望月剛志、北班の芥澤丈一、南班の大貫武士、中央班の津之江学も、一様に驚いた表情を浮かべ、西班の路木怜司が「そこまでバラすんですね」と小声で呟いて、那智が「そ、総長……!」と慌てた。

 ホール内のあちこちからどよめきが起き、にわかに騒然となる。

 阿諏訪は周囲の混乱には構わずに、まっすぐに前を見て言った。

「諸君。話を戻そう。先程伝えた通り、『キルクルス』の乙黒はグラウカの“特異体”だ。通常のグラウカのように、脳下垂体を破壊すれば死ぬ個体ではない。この特殊な能力を持つ乙黒が、反人間組織のリーダーとして邁進まいしんすることを、我々は全力で阻止しなければならない。今後の任務については、他の何を置いてでも、乙黒の身柄の確保を最優先とするように。──いいな」

 阿諏訪の有無を言わせぬ命令が、広い空間に響く。

 早朝の全体会議に招集された対策官たちは、明らかになった事実を飲み込み切れないまま、首肯した。


 大ホールを出たチーフ5人は、エレベーターに乗って5階に上がり、芥澤の手招きで全員が北班の執務室に入室した。

 芥澤は自身の執務机にズカズカと大股で歩み寄り、緩く巻いたネクタイを指で更に緩めて言った。

「おいおい。何だよ、ありゃ。乙黒の件だけじゃなくて、阿諏訪灰根のことまで暴露するとは、聞いてなかったぜ」

「ああ。驚いたな。“過去にあったこと”を詮索されると困るから、灰根の方は隠しておくかと思ったが……」

「ええ。僕も、そう思っていましたよ」

 執務机の前に置かれたソファセットに座った望月が返し、津之江がうなずく。

 大貫は発言を迷うように視線を落として口を開いた。

「……昨晩の童子と雨瀬の報告で、乙黒が“特異体”だとわかってから、阿諏訪総長は平常心を失っているというか、暴走しているというか、その……」

「ええ。目が爛々(らんらん)としていて、少々異様ですね。まるで、乙黒を確保した後に、50年前と同じ人体実験をしようと目論んでいるようにも見えます。ま、こちらの考え過ぎだといいですが」

 言葉をにごした大貫の後を、ドアの横に立った路木が引き継ぐ。

 重々しい空気が室内を満たし、芥澤がオフィスチェアに背をもたせて言った。

「……いずれにせよ、反人間組織のリーダーである乙黒の確保は必須だ。だが、その後に、乙黒が人間側のクソ非道な人体実験の犠牲になるなんてことは、絶対にあってはならねぇ。『インクルシオ』、『アルカ』、『クストス』。どんな権力者が目の前に立ちはだかろうと、灰根の悲劇は、二度と繰り返させねぇぞ」


 南班に所属する「童子班」の高校生4人は、本部の3階にある対策官用のオフィスに入り、それぞれのデスクの椅子に座った。

「……いやぁ、まだ頭が混乱してるんだけど……。乙黒だけでもビックリなのに、灰根ちゃんまでグラウカの“特異体”だったなんてさ……」

「ええ。灰根さんは外見が10歳くらいにしか見えないから、すっかり阿諏訪総長の娘さんだと思い込んでいたわ。阿諏訪総長の双子の姉だとすると、実年齢は60歳よね? 何故、顔や体が幼い少女のままなのかしら……?」

 木賊とくさ第一高校の制服を着た塩田渉が呆けたように言い、最上七葉が首をひねる。

 鷹村哲が「うーん」と低くうなり、雨瀬眞白が「それは、わからない……」と小さく返した。

 黒のツナギ服を纏った童子が、高校生たちを見やって言う。

「昨晩、乙黒がグラウカの“特異体”やと報告した時、上層部がそこまで驚いてへんかった理由がわかったな。阿諏訪灰根が“特異体”であることを知っとったのなら、2人目、3人目が出てきてもおかしくはあらへん」

「………………」

 童子の言葉に、雨瀬と鷹村がさりげなく視線を下げた。

「ねぇ。童子さん。都市伝説なんかでは、その昔、“特異体”は人間に酷い人体実験をされたって聞くっスよね? 『アンゲルス』の爆増による不死の能力を『死からの蘇生』とか言って、何度も何度も殺して……みたいな。まさか、灰根ちゃんは、そんなむごいことはされてないっスよね……?」

「ちょっと。塩田。いくらなんでも、それは作り話よ。そんな残酷なこと、実際にあったとは思いたくないわ」

 塩田が恐る恐る訊ね、最上が顔をしかめて否定する。

 雨瀬と鷹村は内心で寒気を覚えたが、表情には出さないように努めた。

 童子はしばし思考して、「それは、俺もわからへんな」と答え、デスクの上に置いたデジタル時計に目をやった。

「お前ら。今は、“特異体”のことをあれこれ考えてもしゃーない。俺らは俺らの任務を精一杯に遂行するのみや。……ほら、今日は学校の授業に出るんやろ? もう8時半を過ぎとるから、急いで行け。それとも、巡回のついでに、俺がジープで校門まで送ろか?」

 童子の提案を聞き、塩田が「え! いいっスよ! そんなことで、童子さんに甘えちゃ悪いんで!」と返し、鷹村が「みんな、バス停まで走るぞ」と椅子を立つ。

「──それじゃあ、行ってきます!!」

 学生鞄を持った高校生たちは、それまでの気持ちを切り替えて大きく声を揃え、オフィスのドアにバタバタと走った。




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