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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:25
215/231

07・報告と救出

 東京都月白げっぱく区。

 まもなく午後10時半になろうとする時刻、インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、緊急の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルにはインクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が着席し、全員が会議室の後方に目を向けている。

 そこには、黒のツナギ服を纏った南班に所属する特別対策官の童子将也と、同班の新人対策官の雨瀬眞白が立っており、二人は幹部たちのやや緊張した視線を受け止めていた。

「……童子。我々に、“緊急で報告したいこと”とは何だ?」

 濃紺のスーツに身を包んだ那智が低い声で訊ね、両手を後ろに組んだ童子がまっすぐに前を見て口を開いた。

「つい先程、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻が、グラウカの“特異体”であることが判明しました」

「──!!!!!!」

 童子の報告を聞いた幹部たちは大きく目をみはり、一瞬言葉を失う。

 童子と雨瀬の正面に位置する阿諏訪が、椅子を蹴って立ち上がった。

「……ど、童子っ!! それは、間違いないのかっ!?」

「はい。乙黒は現在、グラウカの犯罪グループ『フォルミカ』の拠点に監禁されています。どうやら、連中は乙黒の素性に気付かずに誘拐したようですが、乙黒は『フォルミカ』のメンバーの一人を寝返らせ、雨瀬のスマホに電話をかけてきました。しかし、通話途中でリーダーの蟻本王介に見つかり、ナイフで頭部を貫かれて死亡。……したかに見えましたが、数分後に生き返って反撃しました」

 童子が落ち着いた口調で説明し、阿諏訪は見る見る頬を紅潮させる。

 芥澤が「童子。蟻本が、乙黒の脳下垂体を破壊できていなかった可能性は?」と質問すると、童子は首を横に振った。

「乙黒からの連絡はビデオ通話だったので、俺らは映像を見ることができました。蟻本のナイフは、確実に乙黒の脳下垂体を貫いていました。おまけに、乙黒本人が、生き返った直後に自身がグラウカの“特異体”であると発言しています」

「……ううむ……。他の対策官ならともかく、インクルシオNo.1で百戦錬磨の童子がそう言うのなら、見間違いではないだろうな……」

「ええ。そうですね。更に、乙黒も“特異体”であるという事実を認めていると。これは、大変なことがわかりましたね……」

「なるほど。乙黒のような若者が、鳴神冬真や獅戸安悟をようする反人間組織のリーダーになれたのは、“特異体”という武器があったからなんですね」

 望月、津之江、路木が次々と言い、大貫が難しい顔で腕を組む。

 那智が場をまとめようと口を動かすと、突然、阿諏訪が高らかに叫んだ。

「童子!! 雨瀬!! グラウカの“特異体”である乙黒阿鼻は、すなわち、“殺しても死なない敵”だ!! 我々人間にとってこれ以上にない脅威の存在を、一日でも長く野放しにしてはおけない!! 何としても『フォルミカ』の拠点を割り、乙黒を早急に確保するんだ!!」

 阿諏訪は唇をぶるぶると震わせて指示し、童子と雨瀬が「はい」と返事をする。

 その異様な興奮のさまを見て、黒のジャンパーを羽織ったチーフ5人は、互いの目をそっと見合わせた。


 東京本部の3階のオフィスで、南班に所属する「童子班」の高校生3人──鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、小さな音を立てて開いたドアに顔を向けた。

「……あ! 童子さん! 雨瀬! お帰りなさい!」

 最上階での会議から戻った童子と雨瀬が入室し、塩田が声をかける。

 鷹村が「幹部の人たちの反応は、どうでしたか?」と訊き、最上が「ずっと都市伝説だと思っていたグラウカの“特異体”が実在するなんて、上を下への大騒ぎだったのでは?」と続いた。

 童子は3人の側に歩み寄り、自分のデスクの椅子を引いて座った。

「いや。那智本部長とチーフたちは、意外と冷静やったな。もしかしたら、“特異体”の実在自体は、想定の範囲内やったんかもしれへん」

「え、ええー!? マジすか!? 俺は想像すらしてなかったんで、すげぇ驚いたんスけど……!!」

 塩田が目を丸くして返し、最上が「私も」とうなずく。

 鷹村が「阿諏訪総長の反応は、他の人たちとは違ったんですか?」と訊ねると、童子は短く逡巡して、わずかにひそめた声で答えた。

「阿諏訪総長は、嬉しそうやったで」

「ぼ、僕もそう思いました。いつも威厳に満ちている総長が、“特異体”と聞いた途端に取り乱して、でも、すごく目が輝いていて……」

 童子の言葉を聞き、雨瀬がすぐさまに同意する。

 塩田が「へぇ……? 何でだろうな?」と首を傾げ、鷹村と最上が不思議そうな顔を浮かべた。

 会話が途切れてふと静かになった高校生たちを見て、童子が言った。

「正直、俺も“特異体”が実在すると知って驚いた。それが、雨瀬と鷹村の幼馴染の乙黒ということにもな。お前らもまだ動揺があると思うが、とにかく今は、『フォルミカ』の拠点を突き止めることが先決や。乙黒の身柄が、グラウカ誘拐の依頼主である『イマゴ』の手に渡る前に、俺らが見つけ出さなあかん。お前らはかなりのオーバーワークやけど、人員が必要や。すぐに捜査を始めるで」

「はい!! 全然、構いません!! たとえ徹夜でも、やります!!」

 高校生4人の大きな返事が、夜のオフィスに響く。

 大貫からの緊急連絡メールを受け、状況を知った南班の対策官たちが続々と集まってくる中、雨瀬と鷹村は複雑な心中を隠したまま、『フォルミカ』の捜査に乗り出した。


 午後11時。東京都伽羅きゃら区。

 繁華街にある風俗ビルの地下1階の空きテナントで、反人間組織『イマゴ』のNo.2の乾エイジは、クールな切れ長の双眸を驚きに見開いた。

「……え!? たまたま、『キルクルス』のリーダーを誘拐したって!? それで、そいつがグラウカの“特異体”!? それ、本当なのか!?」

「ええ。信じられませんが、本当のことです。俺も、ビックリしちまって……」

 グラウカの犯罪グループ『フォルミカ』のリーダーの蟻本王介が、日焼けサロンで焼いた肌に汗を滲ませて言う。

 元々はピンクサロンだった店の花柄のソファには、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻が、特殊繊維のロープで手足を縛られて横たわっていた。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を羽織った乾は、数メートル先で大人しくしている乙黒をちらりと見やる。

「……あー。とりあえずは、あれだ。その事実を、あいつに知らせないと」

 そう言って、『イマゴ』のリーダーである穂刈潤に連絡をするべく、乾が上着のポケットからスマホを取り出そうとした──その時。

 コンクリートの階段を駆け降りる足音が響き、ドアが勢いよく蹴破られた。

「……っ!!!!」

 白い粉塵が舞い上がる店の入り口に現れたのは、『キルクルス』のメンバー4人──鳴神冬真、獅戸安悟、半井蛍、茅入姫己で、乾と『フォルミカ』のメンバー10人が咄嗟とっさに振り返る。

「わっ! みんな、待ってたよー! 眞白に電話する前に、ここの場所を連絡しておいてよかったー!」

 乙黒がパッと表情を明るくしてはしゃぎ、獅戸が「オラァっ!! うちのリーダーを誘拐したのはテメェらか!! ただで済むとは思うなよ!!」と犬歯を剥き出して咆哮し、マスクで顔を隠した半井と茅入がナイフを構えた。

「……お、おいっ!! お前らっ!! こいつらを、やっちまえっ!!」

 蟻本が顔を引きらせて叫び、あっという間に双方の交戦が始まる。

 その騒乱の最中さなか、乾は「こりゃあ、分が悪いな」と人差し指で頭を掻き、壊れたドアをするりと抜けて店の外側に出た。

 鳴神は乾の動きを目で追っていたが、乙黒の救出が目的であると思い直し、飛び掛かってくる相手を倒した。

 ほんの数分もしないうちに、『フォルミカ』はあえなく全滅となる。

 ロープの拘束を解かれた乙黒は、「みんな、ありがとー!」と笑顔で礼を言い、『キルクルス』の仲間たちと共に、何事もなかったかのように帰路についた。




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