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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:25
214/231

06・“特異体”

 午後10時。東京都伽羅きゃら区。

 ネオンがきらめく繁華街にある6階建ての風俗ビルで、グラウカの犯罪グループ『フォルミカ』のリーダーの蟻本王介は、二人の“戦利品”を見て口角を上げた。

 元々はピンクサロンだった地下1階の空きテナントは、現在は『フォルミカ』の拠点となっており、蟻本を含めた11人のメンバーが出入りしている。

 蟻本は店の奥にある従業員用のロッカールームに立ち、日焼けサロンで焼いた褐色の顔面で言った。

「乾さんに連絡をした。後で来るから、こいつらを渡してカネをもらう。……シノ。乾さんが来るまで、ここで二人を見張ってろ」

 蟻本の眼前には、ゼブラ柄のフェイクファーコートを着た20代の女性と、黒のパーカーにマスク姿の10代の青年がおり、グラウカである二人は特殊繊維のロープで両手を縛られている。

 シノと呼ばれた面長の男が「了解っス」と返事をし、蟻本は他のメンバーを従えてロッカールームを出ていった。

 しんと静まった部屋で、顔にマスクを付けた青年──反人間組織『キルクルス』のリーダーである乙黒阿鼻が、のんびりと口を開いた。

「ねぇ。クラブに遊びに行くって言ってたのに、誘拐するなんてヒドくない? もしかして、君たちは、最近起こったグラウカ誘拐事件の犯人?」

「……おい。勝手に喋るんじゃねぇ。大人しくしてろ」

 ドアの前に立ったシノがギロリと睨んだが、乙黒は構わずに続けた。

「あのさ。実は僕、反人間組織『キルクルス』のリーダーなんだ。君も、テレビのニュースなんかで『キルクルス』の名前は聞いたことがあるでしょう? うちのメンバーには、元インクルシオNo.1の特別対策官の鳴神冬真さんや、グラウカの重犯罪者で知られる獅戸安悟さん、その他にも強くて優秀な仲間たちがいる。このロープを外してくれたら、君を新メンバーに加えてもいいけど、どうする?」

 乙黒の言葉を聞き、シノは「え?」と驚いたが、すぐに「……う、嘘をつけ。お前みたいなガキが、反人間組織のリーダーな訳がないだろ」と否定する。

 身を震わせて床にうずくまっているフェイクファーコートの女性の横で、乙黒は自信満々に言った。

「本当だよ。疑うのなら、このマスクを取って僕の顔を確認すればいい。それと、助けを呼ぶから、ロープを外したらこの拠点の場所を教えてね。さ、どうぞ」

 乙黒はマスクを外し易いように、顔を前に突き出す。

 シノはしばらく乙黒を凝視していたが、やがてドアの前から離れ、右手をゆっくりと伸ばした。


 同刻。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、本部の3階にある対策官用のオフィスで、デスクから揃って顔を上げた。

「え? 童子さん、今から外の巡回任務に出るんスか?」

「だったら、俺も行きますよ。『フォルミカ』の動きを警戒する今は、巡回の人員は一人でも多い方がいいですから」

 塩田渉が捜査資料を置いて訊ね、鷹村哲が腰を上げようとする。

 デスクの椅子を立って、黒のジャンパーの袖に腕を通した特別対策官の童子将也が、「いや」と低く言った。

「お前らは、『イマゴ』の捜査で早朝から働き詰めや。すでに規定の任務時間を大幅に超過しとるから、もう上がらなあかん。この後は、寮に帰って休め」

 童子の指示に、塩田が「えー。それは、童子さんも同じじゃないスかー」と返し、鷹村が「そこを何とか」と食い下がる。

 最上七葉がノートパソコンの天板を閉じて、ピシャリと言った。

「二人共。童子さんを困らせてはダメよ。私たちは学校もあるんだから、きちんと体を休めないと、明日以降の任務にも支障が出るわ」

「うん。最上さんの言う通りだ。僕らは、今日はこれで上がろう」

 雨瀬眞白が同意し、塩田と鷹村が「まーそうだな」「わかったよ」と素直に引き下がった。

 その時、不意にスマホの着信音が鳴り響いた。

 雨瀬がデスクの上に置いたスマホを見やると、画面にビデオ通話を知らせるマークが表示されており、にわかに胸騒ぎを覚えた。

『……あ! 繋がった、繋がった! こんばんは、眞白ー! 哲もいるー?』

「……っ!!!!」

 通話ボタンをタップした途端、乙黒の顔が画面一杯に映し出される。

 オフィスを出ようとしていた童子、デスクを片付けようとしていた高校生3人が即座に反応し、雨瀬の側に集まった。

「……阿鼻……!!」

 雨瀬が掠れた声を出し、乙黒が満面の笑みを浮かべて言う。

『あのさー! 僕、『フォルミカ』っていう悪い人たちに誘拐されたんだ! メンバーの一人を懐柔して拘束を解いてもらったけど、まだ他に10人もいるから逃げられないんだよね! だから、哲と一緒に助けに来てよ! 拠点の場所はね……』

 すると、元気よく話す乙黒の眉間から、ナイフの切っ先が飛び出した。

 乙黒は大きく目を見開き、ずるりと前に倒れ、スマホが手から落ちる。

「な、何だ!? 何がどうなってんだ!?」

 塩田が混乱したように言うと、スマホの受話口から『シノ! 裏切りやがったな!』と怒声が聞こえて、『ぐああぁっ!!』と別の誰かの絶叫が上がった。

 しばらくして、床に落ちたスマホが拾い上げられ、日に焼けた男が画面に現れた。

『……あ!? なんだお前ら!? そのツナギ服、インクルシオか!?』

 蟻本が目を剥いて言い、高校生たちが「蟻本王介!!」と叫ぶ。

 童子は蟻本の背後の風景に素早く目をやり、『フォルミカ』の拠点の場所を示すヒントを探った。

 しかし、ロッカーが並んだ殺風景な部屋には、手がかりは見当たらない。

 童子は通話時間を引き延ばす為に、蟻本に単刀直入に訊いた。

「蟻本。お前らがグラウカを誘拐しとるんは、『イマゴ』の依頼か?」

『はぁ!? 何でそんなことを、テメェに答えなきゃいけねーんだよ!!』

「さっきお前が殺した青年は、『キルクルス』のリーダーや。もし、知らずに誘拐したんなら、大きなミスを犯したな。『キルクルス』の仲間がこの事実を知ったら、必ず報復に来る。仮に『イマゴ』に助けを求めたとしても、面倒事に巻き込まれたくないから見捨てられるで」

『……キ、『キルクルス』ぅ!? テ、テキトーなことを言うんじゃねぇよ!!』

 蟻本が声を裏返してひるみ、童子が「ほんまのことや」と返した時、画面の外側で『うわぁっ!! あ、蟻本さんっ!!』と『フォルミカ』のメンバーが騒いだ。

 蟻本が何事かと振り向いた瞬間、左の肩口に折り畳みナイフが突き刺さり、衣服の破れた箇所から鮮血と白い蒸気が噴き出す。

 蟻本は『ぐおぉぉ……っ!!』とうめいて体勢を崩し、その隙に手に持っていたスマホを奪われた。

『よーし! 復活! でも、けっこうピンチだな!』

「──!!!!!!!」

 ビデオ通話の画面に再び映ったのは、数分前に死亡したはずの乙黒で、「童子班」の高校生4人が驚愕に目をみはった。

(……どういうことや? 蟻本が乙黒の脳下垂体を破壊し損ねたんか? いや、さっき見たナイフの位置と角度から、その可能性は極めて低い。これは……)

 童子は咄嗟とっさに思考し、眉根を寄せる。

 乙黒はスマホに向かって、青白い容貌でにんまりと笑った。

『眞白! 哲! 驚いた? 今まで言ってなかったけど、僕、都市伝説で有名なグラウカの“特異体”なんだよ! だから、死んでも生き返れちゃうんだ! あー、だけど、今はそんな話をしている場合じゃないかも! 『フォルミカ』の人たちがこっちに突進してきた! うわーっ!』

 乙黒が慌てた声を出し、スマホの通話がブツリと切れる。

 夜のオフィスを静寂が包み込み、「童子班」の5人は、不通になった画面をじっと見つめた。




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