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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:25
210/231

02・“目的”

 午後1時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階の大会議室で、各班ごとの捜査会議が開かれた。

 広々とした会議室の演台に立ったチーフたちは、それぞれの班の対策官を前にして、蘇芳すおう区で発生したグラウカ誘拐事件にグラウカの犯罪グループ『フォルミカ』が関与していると思われること、また、過去に起こった『ノクス』のグラウカ誘拐事件との類似性から、その背後に乾エイジと反人間組織『イマゴ』がひそんでいる可能性があることを話した。

 この日の朝、南班に所属する「童子班」の高校生4人は、普段通りに木賊とくさ第一高校に登校していたが、スマホに届いた連絡メールで全班の捜査会議が行われることを知り、授業を早退して参加した。

 捜査会議は40分程で終了し、黒のツナギ服を纏った各班の対策官たちが、大会議室の扉からぞろぞろと通路に出る。

 高校の制服である紺色のブレザー姿の塩田渉が、周囲を見てぼそりと言った。

「なぁ。今回のグラウカ誘拐事件に、本当に乾エイジが関わってんのかな?」

「……グラウカの犯罪グループが、一般のグラウカを誘拐する。確かに、去年の『ノクス』の事件と似ていると思う。上層部がそう疑うのも、無理はないな」

 塩田の隣を歩く鷹村哲が、学生鞄を肩に担ぎ直して返す。

 二人の後方にいる最上七葉が、眼差しを険しくして言った。

「乾はキルリストの個人最上位であり、組織最上位の『イマゴ』の一員でもあるわ。もし今回の事件に関与しているのなら、奴を倒す為にも、まずは『フォルミカ』を捕まえないと……」

「うん。それと、次の誘拐事件を『フォルミカ』に起こさせないことも重要だ。僕らも、巡回エリアのルートの見直しをして、細い路地まで徹底的に見回ろう」

 白色のスニーカーを履いた雨瀬眞白が言い、他の3人がうなずく。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也は、高校生たちの会話を背中で聞きつつ、ふと口を開いた。

「……乾エイジが裏で『フォルミカ』にグラウカ誘拐を指示しとるんは、十中八九、間違いないやろう。せやけど、そうであれば、『ノクス』の事件の時からわからへんことが一つある」

「ああ! それなんだよ!」

 すると、「童子班」の面々の斜め後ろから大きな声がした。

 5人が振り返ると、そこには北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきと、同じく北班の市来匡いちきたすく、そして中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいの姿があった。

 高校生たちが「お疲れ様です!」と挨拶をし、3人が同様に挨拶を返す。

 影下が目の下に浮かぶくまを、人差し指で掻いて言った。

「わからないのは、乾エイジが『ノクス』や『フォルミカ』にグラウカを誘拐させる、その“目的”が何なのかってことだよねぇ。身代金やその他の要求が一切ないのは、どう考えてもヘンだしぃ……」

「ええ。それについて、『ノクス』は乾から何も知らされていませんでした。おそらく、今回の『フォルミカ』も同じやと思います」

 童子が低い声音で返し、にわかに場がしんとする。

「……ま! ここでいくら思案してもらちが明かないぜ! とにかく、今は『フォルミカ』の捜査に全力を注ぐことが大事だ! な! お前ら!」

 時任が声をあげて高校生たちに顔を向け、4人が「はい!」と返事をした。

 混み合った通路を抜けると、エレベーターホールの先にエントランスが見える。

 対策官たちは表情を引き締めて、各々の任務に散っていった。


 午後2時。

 インクルシオの建物から徒歩5分の場所にある立ち食いそば店で、南班チーフの大貫武士と北班チーフの芥澤丈一は、遅めの昼食を取った。

 店の奥のカウンターに立ち、大貫がたぬきそば、芥澤が天ぷらそばをすする。

 その時、二人が並ぶカウンターに、東班チーフの望月剛志、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学がトレーを置いた。

「あれ? 何だよ、みんなも立ち食いそばかよ?」

「はは。昼食を早く済ませたい時は、ここが一番だからな。しかも、安くて旨い」

 芥澤が箸を止めて言うと、望月が笑って返し、津之江が「たまに、とろろそばが食べたくなるんですよね」と割り箸を手に取り、路木が「僕はコンビニに行くつもりでしたが、エントランスで望月チーフと津之江チーフに会って誘われました」と抑揚のない声で説明した。

 揃いの黒のジャンパーを羽織ったチーフ5人は、しばしの間、言葉を交わさずにそばを堪能する。

 出汁だしのきいたつゆを飲んで一息ついた芥澤が、不意に小声で言った。

「……そういや、グラウカ誘拐事件で、ちょっと思ったことがあるんだけどよ」

 芥澤が唐突に口にした話題に、食事途中のチーフたちが視線のみを向ける。

 芥澤は上体を前にかがめて、小さく囁くような声を漏らした。

「……以前、『ノクス』が誘拐したグラウカは、数日後に全員が遺体となって発見されただろ? それで、今回の『フォルミカ』が誘拐した3人も同じく殺害された。……もしかしたら、乾と『イマゴ』は、グラウカの“特異体”を探しているんじゃねぇのか? だから、グラウカを誘拐して、判別の為に殺していると」

「──!!!」

 芥澤の推察を聞き、大貫、望月、津之江が大きく目を見開く。

 路木がごぼう天を齧って、いつもと変わりのない無表情で言った。

「なるほど。それなら、身代金等の要求がないことにもうなずけますね」

「……ううむ……。確かに、グラウカの“特異体”の実在を知っている我々にとっては、妙にしっくりくる話だな……。うちの対策官たちは、“特異体”はただの都市伝説だと思っているだろうが……」

「……でも、もし仮にそうだとして、『イマゴ』は“特異体”を見つけてどうするつもりなんでしょうか……?」

 望月と津之江が声をひそめて言い、大貫が箸を持ったまま宙を睨んだ。

「……そもそも、グラウカの“特異体”が実在することを、何故『イマゴ』が知っているんだ? 国家機密である情報を反人間組織に渡した奴がいるのか? ……今の時点では何とも言えないが、この話は俺たち5人の頭に置いておくべきだな」

 芥澤、望月、路木、津之江が、無言で首肯する。

 ほどなくして、チーフ5人は店を出て、足早に東京本部への帰路についた。


 午後11時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏に佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに「OPEN」のプレートを下げていた。

 四方を黒壁に囲まれた2階の瀟洒なビップルームで、緩やかなウェーブのかかった黒髪に丸メガネをかけた男性──『イマゴ』のリーダーである穂刈潤ほかりじゅんと、No.2で右腕の乾が、革張りのソファに座って酒を飲む。

「さぁさ。二人共。お酒もいいけど、小腹が減ってない? これ、食べてみて」

「あ。焼きおにぎりだ。香ばしくて、美味しそう」

 店のオネエのママであるリリーがドアを開けて入室し、盆に乗せた皿をガラステーブルの上に置いて、穂刈が目を輝かせた。

「エイジ君も、にんにく味噌の焼きおにぎりをどうぞ。……ところで、『フォルミカ』に依頼したグラウカ誘拐は、上手くいっているの?」

 顔に厚化粧を施したリリーが訊ねると、短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を羽織った乾が、ウィスキーグラスを置いて答えた。

「ああ。とりあえずは、順調だ。『ノクス』と同じくカネさえ払ってやれば、ああいった連中は何でもやるからな。せいぜい、便利に働いてもらうよ」

 そう言って、乾は熱々の焼きおにぎりを齧る。

 リリーは「そう。それなら、よかったわ」と微笑み、小皿に盛ったかぶの浅漬けを箸でつまんだ。

 穂刈が焼きおにぎりを一口食べて、ふぅと小さくため息を吐いた。

「……グラウカの“特異体”探しは、“あの人”からの絶対命令だ。そのプレッシャーも、日に日に強まってきている。“あの人”と僕らの関係を円滑に継続する為にも、どうにかして『当たり』を見つけないとね」

「潤。心配ない。きっと見つかるさ」

 乾が安心をさせるように即座に言い、リリーが笑みを浮かべる。

 穂刈は「うん」と笑顔で返し、口を大きく開けて、焼きおにぎりの残りを頬張った。




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