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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:24
208/231

10・使命と一歩

 宮城県仙台市憲法けんぽう区。

 まもなく午後6時になろうとする時刻、反人間組織『ウルラ』の拠点であった質店『フクロウ』が入るビルの前に、救急車が到着した。

 インクルシオ仙台支部の1班に所属する妹尾正宗が、4階にある事務室のドアからひょいと顔を出して言う。

「塩田。救急車が来たぞ。このビルのエレベーターはストレッチャーが入らないから、自分で1階に降りるしかないな。……俺がおぶってやろうか?」

 妹尾の申し出を聞いた元仙台支部の対策官である塩田満は、涙の乾き切らない顔で、ブンブンと首を横に振った。

「い、いえ。大丈夫です。指を骨折しただけで自力歩行できますから、おんぶもストレッチャーも不要です」

 満は感覚のない右手を体の横にダラリと下げて、気丈に床から立ち上がり、妹尾は「そうか」と小さな笑みを見せた。

 衣服に付いたほこりを無事な左手で払った満は、室内にいる5人の対策官──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也、同班の雨瀬眞白、鷹村哲、最上七葉、そして実弟である塩田渉に顔を向けた。

「……あの。俺が救急車に乗る前に、少し話をしてもいいですか?」

 満が改まった声を出し、「童子班」の5人が注目する。

「……まずは、童子特別対策官。昨晩はわざわざ杜若かきつばた区まで足を運んで下さって、ありがとうございました。俺の心が酷くすさんでいたせいで、童子特別対策官がかけてくれた言葉を素直に聞けず、失礼な態度を取ってしまいました。本当にすみませんでした」

 満が頭を下げて謝罪すると、童子が「いえ。満さんの気持ちはようわかりますので、何も気にせんといて下さい」と微笑んで返した。

 満は恐縮して足元に視線を落とし、言葉を続ける。

「……貴方が言ってくれたように、俺は自分の『道』を歩き出します。過去の愚かな過ちを、この先の俺自身の生き方で、ほんの少しでも取り戻したり、埋め合わせられるように……」

「そう言うて下さると、俺も嬉しいです。今の満さんなら、どんな『道』でも歩いていけるはずです。ご自身とご家族を大事にして、頑張って下さい」

 童子の優しい激励に、満は「はい。ありがとうございます。本当に……」と目を潤ませて感謝し、かたわらに立つ鷹村、雨瀬、最上を見やった。

「……君たちも、色々と不快な思いをさせてすまなかった。でも、こないだ事件現場の近くで会った時、君たちは弟に心無いことを言った俺を怒った。あの時、渉はいい仲間を持ったなって内心でうらやましく思ったよ」

「あ、いえ、そんな……。俺もつい満さんのことをアンタ呼ばわりしてしまって、すみませんでした」

「私も、もう少し満さんの心情をおもんぱかるべきでした。あんな風に周囲に悪態をつくのは、自分自身が辛いからなのに……」

「ぼ、僕も、生意気なことを言って、すみませんでした……」

 鷹村、最上、雨瀬が身を縮こめて反省し、満は「いやいや、君たちは謝らないでくれ。全て俺が悪いんだから」と慌てて左手を振った。

 満は一つ息を吐いて、最後に弟に向き直る。

「……渉。インクルシオNo.1の実力を持つ童子特別対策官の下で、しっかりと鍛えてもらえよ。そして、同期の仲間たちと共に『一人前の対策官』になって、人々の安全と平和な暮らしを守ってくれ。……俺の代わりに、頼んだぞ」

「……! うん!」

 満が全うできなかった使命を託され、塩田は大きく返事をした。

 すると、事務室に救急隊員が来て、「負傷者はどこですか!?」と訊ねる。

 満は「俺です! 今、そっちに行きます!」と声をあげ、「……じゃあ、みなさん。今回は本当にありがとうございました」と礼を言って、“未来に続く一歩”を自らの足で力強く踏み出した。


 満を乗せた救急車を見送った「童子班」の5人は、ビル内での事後処理を続け、午後8時を過ぎた頃にようやく仙台支部への帰路についた。

 妹尾が運転する黒の大型バンの中で、3列目のシートに身を沈めた塩田が安堵の息を吐く。

「あー。何とか、こっちにいる間に『ウルラ』を壊滅できてよかったなー」

「そうね。もし捜査の進展がなくても、そろそろ東京に帰らなければならなかったものね」

 2列目のシートに座る最上が返し、隣の雨瀬が「東京本部の任務も、学校の授業も、これ以上は休めない……」と小さく呟いた。

「お前ら。俺らは、明日の朝一番で東京に帰るで」

 助手席に座る童子が振り向いて告げ、高校生たちは「はい!」と声を揃える。

 車窓を流れる街の景色を眺めて、鷹村がぼそりと言った。

「……だけど、これで仙台を離れるのは、少し勿体ない気がするな。任務で来たんだから仕方がないけど、旨い食べ物も、観光名所も沢山あるのに……」

「あ〜! わかる〜! 伊達政宗の騎馬像がある仙台城跡とか、ケヤキ並木の定禅寺通とか、大崎八幡宮とか、仙台大観音とか、あちこち行きたかったよな〜! それに、笹かまぼこも、ずんだ餅も、腹一杯に食いたかったよな〜!」

 塩田が大仰に同意し、鷹村が「お前は地元だからいいだろ」と突っ込み、最上が「もうすっかり、いつもの塩田ね」と呆れ、雨瀬が「やっぱり、塩田君はこうでなくちゃ」と白髪を揺らしてうなずく。

 高校生たちが後部座席でわいわいと騒ぎ、童子が慣れた様子で放っていると、ハンドルを握る妹尾が不意に口を開いた。

「……童子特別対策官。みんな。俺も、今回は色々とご迷惑をかけてすみませんでした。そのお詫びと言っては何ですが、次にこっちに来る機会があったら、観光名所や穴場スポットを案内させて下さい。日和さんも誘って、みんなで楽しく遊びましょう」

 そう言って、妹尾は爽やかな笑顔を浮かべる。

 「童子班」の5人の「是非!!」という明るい声が、仙台の街を進むバンの車内に大きく響いた。


 翌日。東京都木賊とくさ区。

 早朝に仙台を発って東京に戻った高校生4人は、インクルシオ寮で高校の制服に着替えて学校に向かい、3限目の授業から出席した。

 4限目の授業が終わって昼休みを迎え、昼食後のホットマンゴードリンクを他の3人に断られた塩田は、一人で西校舎の片隅にある自動販売機に行った。

 壁際に置かれた長椅子に座って甘いドリンクを堪能していると、ひと気のない廊下の奥から、1年A組のクラスメイトの半井蛍が歩いてくる姿が見えた。

「……あっ! 半井! もしかして、これを買いに来たのか?」

 塩田が手にした缶を持ち上げて訊き、半井は無言で一瞥して、自動販売機の前に立つ。

 そのまま目当ての商品を購入し、半井はくるりときびすを返した。

 その素っ気のない背中を、塩田が呼び止める。

「なぁなぁ! 半井! 一つだけ、聞いてくれよ!」

「…………」

 半井がふと足を止めると、塩田は元気な声で言った。

「俺、インクルシオ対策官になってよかったよ! あの時、迷わずにこの『道』を選んで、本当によかった! って、説明不足で意味わかんねーよな! ワリぃ!」

 塩田の言葉を聞いた半井は、特に何も言わずに歩き出す。

 しかし、塩田はホットマンゴードリンクをグイとあおり、「あ〜!! 甘過ぎて、マジで旨い!!」と幸せな顔で笑った。





<STORY:24 END>

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