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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:24
206/231

08・誕生日

 午後2時。宮城県仙台市杜若かきつばた区。

 4年前までインクルシオ仙台支部の対策官だった塩田満は、子供たちの笑い声が響く児童公園で、黄色にペイントされたベンチに腰を下ろした。

 昨夜と同じく、コンビニエンスストアで購入した缶ビールのプルトップを開け、寒風に身をすくめつつ冷たい液体を喉に流し込む。

 満は空いている方の手でダウンジャケットのポケットからスマホを取り出し、何気なくニュースサイトを開いた。

 反人間組織『ウルラ』の殺人事件の見出しをタップすると、残忍な内容の記事と共に、事件現場を捜査するインクルシオ対策官たちの写真が目に入る。

 その中に写る弟の後ろ姿を見て、満は飲みかけのビールを脇に置いた。

(……俺は、何でこんなところにいるんだ……)

 ふと湧いた疑念と居心地の悪さに、満は無精髭の生えた顔をうつむかせる。

 いつもは気にならない周囲の楽しげな喧騒が不快に耳につき、満は不健康な色の唇を噛んでベンチを立った。

 そのまま児童公園の出口に向かい、人通りの少ない歩道に出る。

 すると、片側一車線の道路の路肩に駐車していたバンのスライドドアが開き、中から数人の男が出てきて、満を取り囲んだ。

「……っ!!!」

 満が声を上げる前に、男の一人が素早く手で口を塞ぎ、耳元で低く囁いた。

「俺たちは、『ウルラ』だ。拠点に案内するぜ。元対策官さん」


 午後5時。宮城県仙台市憲法けんぽう区。

 満を乗せたバンは宮城県内を出鱈目でたらめに走行し、空が寒々しい群青色に染まった頃、商店街の中程にある質店『フクロウ』のビルに到着した。

 満は顔にアイマスクを装着し、後ろに回した両手をロープで縛られた格好で、4階建てのビルの裏口から内部に入る。

 エレベーターに乗って4階の事務室に辿り着くと、満を拉致した『ウルラ』の構成員がアイマスクを乱暴に取り外した。

「どうも。4年ぶりですねぇ。あれから、インクルシオを辞めたんですって?」

「……き、菊川……!」

 窓のブラインドが下りた事務室には、6台の事務机、パソコン、コピー機等があり、大小様々な大きさの段ボール箱が雑然と床に積まれている。

 窓際のソファセットから微笑みかけたのは、『ウルラ』のリーダーである菊川伏郎で、その向かいには幹部の鉄木愛人が座っていた。

「……お、お前ら……! な、何が目的で、俺を……!」

 満が体を硬直させて訊くと、菊川は「ふふ。そんなに緊張しなさんな」と笑って足を組んだ。

「いえね。先日のインクルシオの突入で、うちの幹部の佃玄信が死んだのは、貴方もニュースで知っているでしょう? 我々『ウルラ』は、その報復として仙台市内で人間共を殺しているのですが、それに関してちょっと協力して欲しいことがありましてね。まぁ、とりあえず、こっちに来て座って下さい」

 菊川が促し、構成員が満の体を引きってソファに座らせる。

 満の隣の鉄木が、痩せた顔をズイと近付けた。

「あのな。俺らが起こした殺人事件を捜査する対策官共の中に、インクルシオNo.1の童子将也がいることがわかった。正直、インクルシオ最強の特別対策官にビビっちまったが、これは童子と他の対策官共をまとめてブッ殺す絶好の機会とも言える。そこで、お前には、仙台支部にウソの情報を流してもらいたい」

「……う、ウソの情報……!? い、一体、何をする気だ……!?」

 満が顔を青ざめて訊ね、鉄木はにんまりと口角を上げた。

「いいか? お前が流すウソの情報はこうだ。『『ウルラ』に拉致され、海松みる区にある酒店『ノムゾー』に監禁されています。ここが『ウルラ』の拠点です。奴らに殺される前に助けて下さい』。……そうすると、童子たちは慌ててそこに突入し、俺が仕掛けた爆弾で店ごと吹っ飛ぶ」

「……!!」

「俺が裏ルートで入手した過酸化アセトンの時限式爆弾で、インクルシオNo.1たちを確実に殺す。さぁ、わかったら、早速、仙台支部に電話をしろ」

 鉄木の計画を聞いた満は「ま、待ってくれ……!」と弱い抵抗を見せたが、痩身の男は「ああん? 拒否したら、指5本を折るぞ? そんなの嫌だよな?」と脅迫し、手にしたスマホで仙台支部の電話番号をタップした。

 発信した電話はまもなくオペレーターに繋がり、満が震える声で名前を告げると、短い保留音の後に支部長の柳秀文が出た。

『……塩田か!? 急に電話をしてきて、何かあったのか!?』

 支部の会議室で1班の捜査報告を聞いていた柳は、心配そうな声で訊く。

 満は眼前に差し出されたスマホを見つめ、諦めたように唇を動かした。

「……お、俺は、『ウルラ』に拉致され、奴らの拠点に監禁されています……」

『何っ!? 『ウルラ』に監禁!? 場所はどこだ!? すぐに救出する!!』

 柳が驚愕して大声を出し、満の至近距離で鉄木が「海松みる区の酒店『ノムゾー』だ。助けて下さいと、早く言え」と小声で急かした──その時。

 受話口の向こうから、『兄貴っ!!!』と弟が叫ぶ声が聞こえた。

「──……っ!!!!!」

 満はハッと我に返り、両目を大きく見開く。

(そうだ……!! 今、仙台支部には渉がいる……!! 俺を助ける為に、きっとあいつも爆弾が仕掛けられた店に来る……!! そ、それだけは……!!)

 満は咄嗟とっさにそう考え、次いで、自分の思考に愕然とした。

(……お、俺は、この状況下で弟を死なせたくないと思っている……!! こいつらの言うことを聞かなければ、何をされるかわからないのに……!! なら、4年前の右田さんたちは、“他人”だから見捨ててもよかったのか……!? いや、そんなはずはないだろう……!! 身内だろうが他人だろうが、命の重さに変わりはないじゃないか……!! そんな当たり前のことに、今更気付くなんて……!!)

 満はガクンと項垂うなだれ、双眸に涙を浮かべる。

 すると、揺れる視界の端に、事務机の引き出しの上部からはみ出した、甲の部分にふくろうのイラストがプリントされた白い手袋が写った。

 鉄木が「おい、さっさとしろ」とれて言い、満は再び顔を上げる。

「……や、柳支部長……。今から言う俺の最後の言葉を、弟の渉に伝えて下さい。……お前が生まれたのは、桜が咲く4月5日だったな。俺は歳の離れた弟の誕生が、とても嬉しかった。俺の兄弟になってくれてありがとう。お前の幸せな前途を祈っている」

『……お、おい、塩田!? どういうことだ!?』

 満の唐突な言葉に、柳が慌て、鉄木が急いで通話を切った。

「て、てめぇ!! 何、勝手なこと言ってんだ!! ブッ殺すぞ!!」

 鉄木が胸倉を掴んで激昂すると、満は静かな表情でうなずいた。

「……ああ。俺のせいで誰かが犠牲になるのは、もう沢山だ。だから、殺せよ」


 同刻。宮城県仙台市はな区。

 オフィス街の一角にある仙台支部の3階で、黒のジャンパーを羽織った支部長の柳は、通話が切れたスマホを呆然と見やった。

 ホワイトボードを背にした柳の前には、会議室の長机につく仙台支部の1班の対策官と、インクルシオ東京本部の南班に所属する対策官5人──特別対策官の童子将也、雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉がいる。

 柳が強張こわばった顔で、満から託された弟宛てのメッセージを言うと、室内が大きくざわめいた。

 しかし、満の弟である塩田は、戸惑ったような表情で返した。

「……や、柳支部長。兄貴が言った俺の誕生日は、間違っています。俺は4月5日生まれじゃなくて、9月19日生まれです」

「!!!」

 塩田が口にした事実に、周囲の対策官たちが驚き、童子が即座に口を開いた。

「おそらく、満さんのメッセージの中に、『ウルラ』の拠点情報がある」

 その時、1班に所属する妹尾正宗が、パイプ椅子を蹴って立った。

 妹尾は自分の頭に浮かんだ推察を、正解だと確信して言う。

「……お、俺ら対策官は、自分の管轄エリア内にある建物の情報は頭に叩き込んでいます。それは、4年前まで1班の対策官だった塩田も同じはずです。さ、「桜が咲く」は「桜咲さくらざき町」。「4月5日」は「4番5号」。……『ウルラ』の拠点は、憲法けんぽう区桜咲町4番5号にある、質店『フクロウ』です!!!」

「──!!! お前たち、すぐに突入の準備をしろ!!! 塩田を救出して、『ウルラ』を壊滅するんだ!!!」

 妹尾の断言を聞いた柳が、間髪入れずに指示を飛ばす。

 黒のツナギ服を纏った対策官たちは、「おおお!!!」と勇ましく咆哮して、一斉に立ち上がった。




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