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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:24
205/231

07・届かない想い

 宮城県仙台市はな区。

 反人間組織『ウルラ』による3件の殺人事件が起こった翌日、インクルシオ仙台支部の各班の対策官たちは、早朝からせわしく捜査に追われていた。

「ま、また通報が入ったぞ! あんず区の貯水池近くにあるガード下のトンネルで、女性の遺体が発見された! 『ウルラ』の血文字あり!」

「……クソっ! 『ウルラ』め、罪のない人たちを次々と……!」

 支部の3階のオフィスで一人の対策官が声をあげ、あんず区を管轄する2班の対策官が歯噛みをしてデスクを立つ。

 『ウルラ』が関与したと思われる殺人事件はこれで4件目となり、1班に所属する妹尾正宗は、コピー機の脇のゴミ箱を無言で蹴飛ばした。

「…………」

 オフィスの空いたデスクでノートパソコンに向かう新人対策官4人──インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、周囲に漂うピリピリとした空気の中で、仙台市憲法けんぽう区の事件現場周辺の防犯カメラ映像をチェックする。

 4人は『ウルラ』に繋がる手がかりを掴むべく、歩道の通行人、建物の陰、走行中の車両の内部に目をらし、時間が経つのを忘れて映像に没入すると、他の対策官と共に外に捜査に出ていた特別対策官の童子将也が戻ってきた。

「お前ら。お疲れさん。昼メシはまだやろ? 支部の近くにおにぎり専門店があったから、適当にうてきた。会議室の一室を借りて、みんなで食おか」

「あ。童子さん。お帰りなさい。……って、もう1時半近くなのか」

「防犯カメラの映像チェックに集中していたから、全然気付かなかったわね」

「朝からずっと前傾姿勢だったから、背中がガチガチだ……」

 店のロゴが入った紙袋を手に下げた童子が声をかけ、鷹村、最上、雨瀬がノートパソコンから顔を上げる。

「鮭や梅なんかの定番の他に、仙台らしく牛タンおにぎりもあるで」

「わ。牛タンですか。すげぇ旨そう。早く会議室に移動して食いましょう」

 童子の情報に鷹村が食いつき、最上と雨瀬が「途端に、お腹が空いてきたわね」「うん」と表情を明るくした。

 すると、塩田がデスクの椅子から立ち上がって言った。

「……童子さん。俺、あまり腹が減ってないんで、お茶でも飲んで映像チェックをやってるっス。みんな、牛タンおにぎりはマジで旨いから、ゆっくり楽しんでな」

「えっ。塩田。お茶だけって、大丈夫か……?」

 鷹村が顔を向けて心配そうに訊くと、塩田は「大丈夫だよ! じゃ、自販機であたたか〜いお茶を買ってくる!」と笑顔で返してオフィスを出ていく。

 そのやややつれた後ろ姿を、童子はじっと見つめた。


 午後9時。宮城県仙台市杜若かきつばた区。

 真冬の冷たい夜風が吹き抜ける児童公園で、元仙台支部の対策官である塩田満は、コンビニエンスストアで購入した缶ビールをあおった。

「……はは。めちゃくちゃ冷てーな」

 満はわかりきっていた事実に自虐的に笑い、ぶるりと身を震わせる。

 350ミリリットル入りの缶ビールを飲み干しても、一向に心地のよい酔いは訪れず、白いため息を吐いて空き缶を握り潰した。

 その時、子供向けの遊具がしんと佇む児童公園に、土を踏む音がした。

「満さん。こんな時期に外でビールを飲んだら、風邪を引きますよ」

「……!」

 街路灯の淡い光の下に現れたのは、虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子で、黄色にペイントされたベンチに座った満は大きく目を見開いた。

 童子は「改めてご挨拶をさせてもらいます。俺は、インクルシオ東京本部に所属する童子将也と言います」と言って、冷えたベンチの端に腰を下ろす。

「昨日は、憲法けんぽう区でお会いしましたね。買い物の帰りやったんですか?」

「……あ。そ、そうです……。い、家が杜若かきつばた区と憲法けんぽう区の境にあるんで、たまにあっちのコンビニに行ったり、商店街をぶらついたり……」

 童子が気さくな口調で質問し、満は視線を彷徨さまよわせてぎこちなく答えた。

 童子は「そうですか」と返して、本題を切り出す。

「……実は、満さんと二人で話がしたいとおもて、宿泊しとるビジネスホテルをこっそりと出てきました。そんで、ご自宅に伺おうとしたら、たまたまこの公園におる満さんの姿が見えて」

 そう言って、童子は前を向いたまま、静かに言葉を続けた。

「4年前にあった一件の話を、渉君から聞きました。満さんが『ウルラ』に捕まり、その結果として仲間を裏切ったことは、誰にも責められません。どんな対策官でも、いざ死に直面したら、一番に自分の身を守ろうとするものやと思います」

「………………」

「満さんが今でも、4年前の一件の後悔と罪悪感にさいなまれ、心から苦しんどるんはわかります。せやけど、どれだけ自暴自棄になっても、過去は変えられません。自分が失った「何か」を取り戻したり、埋め合わせたりするチャンスは、未来にしかあらへんのです。部屋にじっとこもっていても、ただ腐っていくだけです。どうかご家族の為にも、未来に続くご自身の『道』を歩き出して下さい」

 童子の真摯な声音の言葉に、満は手の中の潰れたビール缶に目を落とす。

 短い沈黙の後、不健康な色の唇がゆがんだ。

「……童子さん……。貴方がインクルシオNo.1の特別対策官であることは、俺も知っています。非常に申し訳ないですが、そんな途轍とてつもなく強い人に慰められたって、心には微塵みじんも響きませんよ。だって、貴方は、敵に捕まって情けなく青ざめたことも、拷問をほのめかされて絶望を感じたことも、仲間を裏切って自分だけが助かろうとしたことも、これまでに一度だってないでしょう……?」

「……満さん……」

 満がベンチを立ち、童子がその横顔を見上げる。

「俺だって、貴方のような“強い者”になりたかった」

 満は最後に掠れた声で小さく言うと、薄汚れたスニーカーを引きるようにして、夜の公園を後にした。


 午後11時。宮城県仙台市憲法けんぽう区。

 商店街の中程にある質店『フクロウ』が入る4階建てのビルで、『ウルラ』のリーダーである菊川伏郎は眉を吊り上げた。

「……何ですって!? あのインクルシオNo.1の童子将也が、仙台に!?」

「ええ。遠目でチラッと見ただけですが、両足に1本ずつのナイフを装備した特徴的なスタイル。仙台支部の対策官共に混じって事件現場をウロついていたのは、童子で間違いありません」

 4階の事務室のソファに座った幹部の鉄木愛人が、渋い顔で返す。

 赤と黒のストライプ柄のネクタイを締めた菊川は、宙をきつく睨んで言った。

「童子は、確か東京にいるはずですが……。何故、こちらに来ているのかはわかりませんが、これは厄介ですね……」

 菊川が低くうなって腕を組むと、鉄木がパッと顔を上げた。

「菊川さん。この際、童子も仙台支部の対策官共も、まとめて殺しませんか?」

「……そうしたいのは山々ですが……。他はともかく、インクルシオNo.1をそう簡単に殺せるものでしょうか? それとも、何か妙案が……?」

 菊川がいぶかしげに訊ね、鉄木はニヤリとした笑みを見せた。

「はい。一つ、計画を思い付きました。その計画を実行する為に、まずはうちの拠点に関する“ウソの情報”を流します。それで、そこに童子たちを集めるんです」

「……ウソの拠点情報を鵜呑みにして、童子たちがすぐに動きますかね? 4年前と同じく、最初は偵察の対策官を派遣して、本物の拠点かどうかを調べるのではないですか?」

「ええ。通常であれば、おそらくそうです。ですから、童子たちがウソの情報を信じ、急いでそこに行かなければならない状況を作ります」

「……どうやって?」

 菊川がれたように、姿勢を前のめりにして訊く。

 鉄木は痩せた人差し指を立てて、楽しげな声で言った。

「4年前にも役立ってくれた、“あの対策官”を使いましょう」




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