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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:24
204/231

06・接点と揉め事

 午後10時。宮城県仙台市はな区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、杜若かきつばた区の塩田家を辞した後、タクシーに乗車して宿泊するビジネスホテルに戻った。

 エレベーターで上階に上がり、シングルルームの一室につどった面々は、それぞれベッドやデスクの椅子に腰掛けて、塩田渉から4年前に起こった“あの一件”の詳細を聞いた。

「……そうか……。4年前に、そんなことがあったのか……」

「……何と言っていいか……。すぐには言葉が見つからないわ……」

「……自分の中の“正義”と“理想”を貫くのは、現実にはすごく難しい。インクルシオ対策官だからと言って、誰もが簡単にできるわけじゃない……」

 ベッドに並んで腰掛けた鷹村哲、最上七葉、雨瀬眞白が硬い表情で言い、塩田が一つ息を吐く。

「……俺がこの一件を知ったのはさ。4年前に、兄貴が実家の部屋で、“あの日あった出来事”の内容をうわ言のように呟いていたからなんだ。インクルシオを辞めた兄貴は、『後悔』と『罪悪感』と『でも、仕方がない。自分の身が一番大事なんだから』という感情の狭間はざまでもがき苦しんでいた。俺ら家族の心配も届かないくらい、心の深い場所でずっと……」

 カーキ色のパーカーを着た塩田が足元に視線を落とし、木製の椅子に座った特別対策官の童子将也が静かな声で訊ねた。

「……塩田。お前は満さんの一件がきっかけで、対策官を目指したんか?」

「あ。はい。そうっス。“あの一件”以来、兄貴は時々コンビニに行く以外は部屋にこもりきりで、生気のない顔で生活をしていました。そんな兄貴の姿を見て、俺は地元のサッカークラブを辞め、両親に「インクルシオ対策官になる」と伝えたんです。そんで、中2で埼玉県のインクルシオ訓練施設に入って、何とか正式な対策官になれたんスけど、配属先の第一希望だった仙台支部の新規募集がなくて……。だから、第二希望の東京本部に入ったんス」

 塩田の回答を聞き、鷹村が「えっ」と小さく驚く。

「ちょっと待て。塩田。お前、最初は仙台支部に入ろうとしていたのか? もしそうなっていたら、周りの対策官の目とか態度とか、針のむしろ状態だったろうに……」

 鷹村が焦ったように指摘すると、雨瀬と最上がうなずいた。

 塩田は「あー」と声を漏らして、人差し指で小鼻を掻く。

「それは、覚悟してたよ。まぁ、今朝の妹尾さんみたく、実際にきつく言われると、ちょっとクるものがあるけどさ……。でも、“裏切り者”の身内を恨んだり、一緒に任務につきたくないと思うのは無理もないし、仕方がないよ」

「そういう“非難”や“理不尽な扱い”を受けるかもしれへんとわかっとって、それでも、お前は対策官になる『道』を選んだ。その大きな理由は何や?」

「………………」

 童子の質問に、塩田はしばし黙って言葉を探した。

「……えっと……。上手くは言えないんスけど、4年前に兄貴がインクルシオを辞めた時、このまま兄貴とインクルシオの関係が切れるのはマズイと思ったんス。完全に接点がなくなってしまったら、兄貴は一生、どん底の世界から這い上がれないんじゃないかって……。だから、俺がインクルシオに入って、間接的にでも双方を繋げておこうと考えたんス。俺にできることは、それくらいしかないから……」

 そう言って、塩田は目を伏せる。

 シンプルな内装のシングルルームに降りた静寂を、雨瀬が破った。

「塩田君。一つだけ、聞かせて欲しいことがある。塩田君の幼い頃からの夢……プロのサッカー選手を諦めて対策官になったことに、後悔はある……?」

 雨瀬を始めとするその場の全員が、一様に心配そうな表情で塩田を見やる。

 塩田は両目をパチパチとしばたたき、明るく元気な声で即答した。

「いーや、ぜんっぜん後悔はないよ! これは、俺自身が決めた『道』だからね! それに、対策官を目指したおかげで、みんなや童子さんと出会えた! これだけでも、俺はすげー幸せ者だよ!」


 翌日。午前9時。

 インクルシオ仙台支部の3階のオフィスで、黒のツナギ服姿の「童子班」の5人が巡回ルートを確認していると、凶報が連続して入った。

「おい! 憲法けんぽう区の建設中のビルの敷地内に、男性5人の遺体があると通報が入ったぞ! 遺体の側には、血文字で『ウルラ』と書かれているそうだ!」

海松みる区でも、公園の植え込みの陰で男女2人の遺体が見つかりました! 憲法けんぽう区と同様に、『ウルラ』の血文字があるとのことです!」

あんず区にあるコインランドリーで、客が乾燥機に押し入れられた複数人の遺体を発見! こちらも『ウルラ』の犯行だ! 担当班は現場に急行しろ!」

 オフィスに怒号のような緊迫した声が響き、対策官たちが慌ただしく動き出す。

 仙台支部の1班に所属する妹尾正宗は、みるみる青ざめて身を硬くし、その様子に気付いた童子が声をかけた。

「妹尾さん。もし佃玄信を拘束しとったとしても、その事実を知れば、『ウルラ』は報復の殺人事件を起こしたはずです。「自分のミスで死なせたせいで」と自責の念にとらわれずに、とにかく今は現場の捜査に急ぎましょう」

「……は、はい。わかりました」

 妹尾は蒼白な顔を上げ、ガタガタと音を立てて、デスクの椅子を立つ。

 童子の背後にいる塩田とふと目が合い、パッと顔を逸らした妹尾は、足早にオフィスのドアに向かった。


 午前9時半。宮城県仙台市憲法けんぽう区。

 建設資材の搬入遅れで工事がストップしている新築ビルの敷地内で、憲法けんぽう区を管轄とする1班の対策官たちは、思わず目をそむけた。

 顔や体が原形をとどめない程に粉砕された遺体を前にして、童子が言う。

「これは、『ウルラ』の幹部の鉄木愛人の仕業でしょうね。奴はとげの付いた鉄バットを武器として愛用しとるらしいので」

「お、俺もそう思います。……す、すみません。ちょっと、外します」

 童子の推察に同意した妹尾は、胃の辺りを手で押さえて後ずさった。

 そのまま建設中のビルと歩道を隔てるパネルゲートを抜け、冬の青空を見上げて、大きく深呼吸をする。

 ビルの周辺には殺人事件を聞きつけた大勢の人々が集まっており、「童子班」の高校生4人が手分けをして目撃情報を聞き取っていた。

「……!」

 その人集ひとだかりの中にいる一人の人物を見た妹尾は、反射的に地面を蹴る。

 コンビニエンスストアのビニール袋を手に下げた人物──元仙台支部の対策官の塩田満は、猛然と迫ってくる妹尾の姿に目をみはり、咄嗟とっさきびすを返して近くの路地に逃げ込んだ。

 しかし、現役の対策官である妹尾は、やすやすと満に追いついて上着を掴んだ。

「……塩田!! てめぇ!! 4年前の“あの一件”で薫平たちを見殺しにしたくせに、のうのうと生きやがって……!!」

 妹尾が満に殴りかかろうとした時、誰かが背後から体を羽交い締めにした。

「妹尾さん!! ダメです!! やめて下さい!!」

 妹尾が振り向くと、そこには必死に制止する満の弟がおり、次いで他の高校生3人がバタバタと路地に走り込んでくる。

 妹尾は荒い息をつきながら手を離し、にわかに静まった路地で、満が眼前に立つ対策官たちにくらい双眸を向けた。

「……あー。急に追っかけてくるから、びっくりした。て言うか、妹尾さん。いつまでも昔の出来事を恨まないで下さいよ。迷惑だな」

「なっ……!! て、てめぇっ……!!」

 赤い顔で激昂した妹尾を押さえて、塩田が「兄貴!」ととがめる。

 満は黒のツナギ服を纏った弟をじっと見つめ、無精髭を手で撫でた。

「渉。お前も、内心では俺のことを嘲笑あざわらっているんだろう? 臆病で利己的で簡単に仲間を裏切る俺を、サイテーの兄貴だなぁって」

「……そんなこと……!」

 塩田が悲痛に顔をゆがませると、鷹村が「ちょっと! アンタ! 何てことを言うんだ!」と憤慨し、最上が「塩田の気持ちも知らないで……!」と怒りに震え、雨瀬が「塩田君のお兄さんなら、彼の優しい性格は知っているはずだ。なのに、そんな言葉……!」と睨み付けた。

 すると、再び紛糾しかけた場に、童子が現れた。

「妹尾さん。今、優先すべきは喧嘩やありません。お前ら4人も、持ち場に戻れ」

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が低く言い、殺気立った対策官たちが、バツが悪そうに下を向く。

「そうだぜ。あんたらには大事な任務があるだろう? 街の平和を守る為に、せいぜい頑張ってくれよな。“勇敢で覚悟のある”インクルシオ対策官さんたち」

 満は荒れた唇を上げて薄く笑うと、缶ビールと煙草の入ったビニール袋を持ち直して、薄暗い路地から出ていった。




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