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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:24
201/231

03・意外な結果

 午前8時半。宮城県仙台市はな区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、各々の武器を携えて早朝に東京を発ち、凛とした冷気が包み込む仙台市に到着した。

 5人はタクシーで宿泊予定のビジネスホテルに移動し、受付カウンターで武器とツナギ服以外の荷物を預けると、再びタクシーに乗ってインクルシオ仙台支部に向かった。

 ビルが立ち並ぶオフィス街の一角にある仙台支部は、特別対策官1名を含む84名の対策官が在籍し、1班〜3班に分かれて任務を行っている。

 仙台支部の支部長である柳秀文は、応援要請を受けて駆け付けた東京本部の対策官たちを、笑顔で支部長室に招き入れた。

「皆、よく来てくれたな。今回は力を貸してくれて助かるよ」

「柳支部長。『ウルラ』の拠点を割る絶好のチャンスです。ええ結果となるように全力を尽くしますので、何でも仰って下さい。それと、こっちの4人は、俺が指導担当についとる新人対策官です」

 柳の執務机の前に立つ特別対策官の童子将也が後方を振り返り、背筋を伸ばして並んだ高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が順に名乗った。

 柳はどこか懐かしむような眼差しで塩田を見やり、「君が、塩田君か。……お兄さんは元気か?」と訊ねた。

「柳支部長。兄の在籍中は、大変お世話になりました。僕は対策官になってから、仙台の実家には1年近く帰っていませんので、今の兄の様子はわかりません」

 塩田が直立不動の姿勢で答え、柳は「そうか……」と返す。

 支部長室に沈黙が流れ、柳は無音を破って話題を転換した。

「さて。早速だが、本題に入ろうか。そこにいるのは、今夜の突入作戦の現場指揮をるうちの対策官だ。彼から、作戦内容の説明をしてもらう。……妹尾」

 柳が促し、「童子班」の5人の脇に立っていた一人の対策官──仙台支部の1班に所属する妹尾正宗せのおまさむねが、「はい」と返事をした。

 妹尾は25歳で、正義感が強く、多くの実戦経験を積んだ対策官であった。

「今回の突入作戦を遂行する場所は、仙台市憲法けんぽう区にあるクラブ『Kケー』です。突入チームの人員は、うちの1班の15人と、東京本部の応援5人の合計20人です。作戦の目的は、『ウルラ』の幹部の一人である佃玄信の拘束。また、佃の腰巾着のチンピラグループ『ドミナトル』の10人も拘束対象です。突入予定時刻は21時。佃は店のビップルームにいると思われますので、こちらには童子特別対策官、俺、他3人の対策官で当たり、残りの人員は一般客と従業員の安全を確保しつつ、『ドミナトル』に対処します。作戦についての詳しい打ち合わせや、突入チームのメンバーの紹介は、この後に行う予定です」

 妹尾は意志の強さを感じさせる眉を動かして、「以上です」と説明を終える。

 柳が「うむ」とうなずき、童子が「わかりました」と作戦内容を了承して、6人の対策官は支部長室を後にした。


「ここが、ロッカールームです。左が女性用、右が男性用となっています。鍵をお渡ししますので、ラベルと同じ番号のロッカーを使って下さい」

 支部長室を出た後、妹尾は「童子班」の面々を建物の2階に案内した。

 二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子が、「ありがとうございます」と言って鍵を受け取る。

「ほな、すぐにツナギ服に着替えて、打ち合わせがある3階の会議室に行きます」

「いや。わざわざ東京本部から来ていただいているんです。どうぞゆっくり着替えて下さい。……実は、ここだけの話ですが、インクルシオNo.1の童子特別対策官に会えると、突入チームのメンバーたちが浮き立っているんです。右足首の怪我で泣く泣く休んでいる日和さんには申し訳ないですが、この俺も」

 そう言って、妹尾はいたずらっぽく笑い、高校生たちが笑みを浮かべた。

 童子は「たとえ社交辞令でも、そう言うてもらえると嬉しいです」と微笑み、目の前のドアを開く。

 童子が室内に足を踏み入れ、その後に鷹村、雨瀬が続き、最上が隣のロッカールームに入ると、妹尾は不意に塩田に近付いた。

「……塩田満の弟。お前、よくここに来れたな」

 先程までの朗らかな雰囲気とは打って変わった、冷たい声が耳を掠める。

 妹尾は忌々しげに睨んでその場を立ち去り、塩田は長い通路にじっと佇んだ。


 午後9時。宮城県仙台市憲法けんぽう区。

 夜のとばりが冷えた街に降りた時刻、黒のツナギ服を纏った「童子班」の5人は、仙台支部の15人の対策官と共にクラブ『K』に突入した。

 営業中の店内はダンスやアルコールに興じる客で賑わっており、まばゆいレーザーライトが目まぐるしくあちこちを照らす。

 ブレードを抜いた対策官が「インクルシオ仙台支部だ!! 一般の方は、テーブルの下に隠れて!!」と大声で叫ぶと、ダンスフロアで踊っていた『ドミナトル』のメンバーが、突然の事態に目を見開いた。

「……童子特別対策官! 佃は、この奥のビップルームにいます!」

 妹尾は白と黒のチェック柄のフロアを駆け抜けながら、あらかじめ一般客を装って店内に潜入していた対策官からの情報を伝える。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子は、「了解です」と一言返し、人工的な光を反射するビップルームのドアを蹴破った。

「あぁ!? 何だぁ!? インクルシオ対策官共が来やがったのかぁ!?」

 ビップルームのソファでウィスキーグラスを傾けていた巨躯の男──反人間組織『ウルラ』の幹部の佃玄信が、五分刈りの頭を掻いてのそりと立ち上がる。

 その威圧感と重厚感に気圧けおされ、妹尾と3人の対策官は思わず足を止めたが、童子は右脚のサバイバルナイフをするりと抜いて佃の眼前に迫った。

「……ん!? お前は確か、インクルシオNo.1のど……」

 佃が童子の姿を認識する前に、黒の刃が鋭く滑り、丸太のような太さの右大腿を一気に斬り落とす。

「う、うぎゃあああああぁぁあああぁぁぁーーーーーっ!!!!!!!」

「これで、佃は動けへん。妹尾さん、拘束具を出して下さい」

 床に倒れて絶叫する佃を見下ろして童子が言い、得意のキックボクシングの構えを取る隙すら与えずに、あっさりと無力化したことに目を丸くした妹尾は、「……は、はい!」と慌てて返事をした。

 すると、白い蒸気が立ち込めるビップルームの外側から、悲鳴が聞こえた。

 童子が目を向けると、バーカウンター付近で『ドミナトル』のメンバーと対峙していた仙台支部の対策官が、ナイフで胸部を斬られて壁際に追い込まれていた。

 周囲で交戦中の対策官たちは、『ドミナトル』の予想外の実力に苦戦を強いられており、窮地におちいった仲間を助けることができない状況であった。

「妹尾さん。佃の右脚は付け根から切断したんで、再生には30分以上かかるはずです。俺はあっちに行きますんで、拘束を頼みます」

 童子は早口に妹尾に告げ、ビップルームを飛び出して援護に向かう。

 妹尾は「はい!」と童子の背中に返し、斜め掛けにしたボディバッグの中から、特殊繊維のロープと特殊金属の手錠を取り出した。

 大量の出血で意識が朦朧としている佃を、妹尾と3人の対策官が囲む。

 妹尾は緋色の絨毯に片膝をついて、息も絶え絶えの佃に言った。

「……佃。お前は、右田薫平みぎたくんぺいを覚えているか?」

 妹尾の唐突な問いかけに、佃は汗の滲んだ顔を怪訝けげんゆがめる。

「右田は、4年前にお前たち『ウルラ』が殺した対策官だ。右田だけじゃない、他の3人も……」

 妹尾は拘束具を持つ手をかすかに震わせ、唇を噛んだ。

 佃はしばし記憶を辿り、「……あ、ああ。覚えている……」と小さく答える。

「……み、右田という対策官は、最期に言葉を残した……。その内容は……」

 佃の声が荒い呼吸でくぐもり、妹尾が「え?」と上体をかがめて聞き取ろうとした──次の瞬間。

 妹尾の腰のベルトに装着したホルダーから、佃が素早くサバイバルナイフを奪い取り、「……バカめ!!! 俺らが今までに殺した奴らなんて、いちいち覚えてるわけがねぇだろうが!!!」と大きく咆哮した。

「このまま人間に無様に捕まるくらいなら……こうしてやる!!!!」

 妹尾が咄嗟とっさに手を伸ばす前に、佃は黒の刃のグリップを両手で握り、渾身の力を込めて自身の眉間にめり込ませた。

「──!!!!!!!」

 ビップルームにいた対策官全員が、驚愕に目をみはる。

 自ら脳下垂体を破壊した佃は、眼球を上向かせてびくびくと痙攣し、やがて死亡した。




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