02・応援要請
午後10時半。東京都月白区。
インクルシオ東京本部の5階の執務室で、黒のジャンパーを羽織った南班チーフの大貫武士は、執務机の前に設置されたソファセットに腰を下ろした。
大貫の向かいには南班に所属する特別対策官の童子将也が座っており、その後方に、同じく南班の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が横一列に並んで立っていた。
「大貫チーフ。すんません。さっきまでこいつらと一緒におったんですが、「気になるから、ついていく」て聞かへんかったんで……」
「いや。構わんぞ。どっちみち、後で新人4人にも知らせることだしな」
大貫からの連絡で呼び出された童子が謝り、大貫が笑顔で了承する。
大貫は一つ咳払いをして、「では、詳細を話そう」と切り出した。
「先ほど、仙台支部の柳秀文支部長から、突入作戦の応援要請が入った。相手は、反人間組織『ウルラ』の幹部の佃玄信だ」
大貫が口にした『ウルラ』という組織名に、塩田が小さく目を瞠る。
二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子が「『ウルラ』の佃ですか。奴の居場所がわかったんですか?」と訊ねた。
「ああ。佃は『ウルラ』の二人の幹部のうちの一人だが、ここ最近、『ドミナトル』というグラウカのチンピラグループと連んでいるらしい。『ドミナトル』は佃の舎弟みたいなモンだな。それで、佃と『ドミナトル』の連中が、仙台市内のクラブに連日出入りしているとの情報を仙台支部が掴んだ」
大貫は童子と高校生たちを見回して言い、説明を続ける。
「『ウルラ』は宮城県を中心に東北地方で活動する反人間組織だが、その拠点は割れていない。今回の突入作戦は、クラブで佃を拘束して、『ウルラ』の拠点の在り処を吐かせることが目的だ」
そこまで話して、大貫は一旦息をついた。
童子がやや不思議そうな表情を浮かべて質問をする。
「大貫チーフ。応援要請の内容はわかりました。せやけど、仙台支部には特別対策官の日和快晴さんがおりますよね? 俺が東京から行かへんでも、佃の拘束は日和さんで十分やと思いますが……」
「ああ。その日和だがな。今日の昼過ぎに、歩道橋の階段で足を滑らせて転がり落ちた子供を助けて、右足首を捻挫したそうだ。本人は明日の夜に予定されている突入に参加すると申し出たが、柳支部長が治るまで養生するようにと却下した。だから、こっちに話が来たんだ。『ウルラ』の佃を確実に拘束する為に、童子の力を貸して欲しいとな」
童子の背後で両手を後ろに組んで立つ鷹村が、「童子さんはインクルシオNo.1だからな。仙台支部のエース不在の大事な突入で、頼りにされるのは当然だ」と誇らしげに呟き、雨瀬と最上がうなずいた。
「そうやったんですか。事情は承知しました。ほな、俺はこの後準備して、明日の朝一番で仙台支部に向かいます」
「ああ。頼んだぞ。童子が到着次第、向こうで突入作戦の詳しい話がある。それと、新人4人は、明日の巡回任務は薮内と一緒に……」
「──あの!! 大貫チーフ!!」
童子が応援要請を受け、大貫が話をまとめようとした時、塩田が口を開いた。
「仙台支部の応援、俺も行かせて欲しいです!!」
夜の執務室に響いた声に、大貫が驚いて顔を上げ、他の高校生3人が「お、俺も行きたいです!」「私も!」「僕も」と次々と前に出る。
「……う、うむ。新人とは言え、お前たちには突入・交戦の十分な実績がある。柳支部長も応援の増員は助かるだろう。だが、いいのか? 平日だから学校も……」
「是非、行かせて下さい!! 学校には休みの連絡を入れます!!」
大貫が戸惑った顔で訊くと、塩田が間髪入れずに返した。
大貫はその真剣な双眸を見返し、やがて「……わかった。柳支部長には、俺から連絡を入れておこう」と承諾して、まもなくその場は散会となった。
午後11時。
大貫は執務室の窓のブラインドを上げ、ガラス越しに夜空を見やった。
耳に当てたスマホの受話口から、インクルシオ仙台支部の支部長である柳秀文の声が聞こえる。
柳は学生時代に弓道部に属していた、姿勢のいい55歳であった。
『大貫さん。今回の応援要請の件、ご手配頂きありがとうございました。日和の急な怪我で、突入チームの人選をどうしたものかと困っていましたが、童子が来てくれるなら非常に心強い』
「いえいえ。柳支部長。『ウルラ』の拠点を割る為なら、何でもご協力しますよ。それに、先ほどお伝えした通り、童子の教え子の新人対策官4人も応援に行かせてもらいます。彼らはまだ高校生ですが、実力は確かです」
そう言って、大貫は言葉を止める。
柳は一拍の間を置いて、細く息を漏らすように言った。
『……童子の教え子の中に、塩田渉がいるんですね……。去年の4月に、東京本部に配属になったという話は聞いていましたが……』
「ええ。塩田本人が、今回の仙台行きを強く希望しました」
大貫が星空に視線を向けながら言うと、柳が『そうですか』と静かに返す。
大貫は儚く輝く星々を見つめて、低く真摯な声音で言った。
「……4年前に起こった“あの一件”は、おそらく、当時大阪支部にいた童子も、他の新人3人も知らないと思います。……柳支部長。塩田はとても明るい性格で、将来有望な新人対策官です。どうか、彼を、彼自身のことを、まっすぐな目で見てやって下さい」
同刻。
大貫の執務室を出た「童子班」の5人は、エレベーターで3階に降り、対策官用のオフィスに入ってデスクに向かった。
スカジャンを椅子の背に掛けた童子が、ノートパソコンの画面を見て言う。
「『ウルラ』の佃玄信の基本情報は、データベースに載っとる。現在28歳。身長197センチ。体重およそ98キロ。キックボクシングが得意で、ナイフ等は使わずに蹴りと殴打で人間を殺す」
「五分刈りの坊主頭、筋肉質で大柄な体、ふてぶてしい人相……。佃は、暴力と殺しを好む雰囲気が全身から滲み出ていますね。こいつが目の前に立ちはだかったら、さすがにビビりそうだ」
鷹村がデータベースの写真を見て身を竦め、塩田が「俺なら気絶する」と青ざめて返し、最上が「拘束するだけでも大変な相手ね……」と険しい顔で言い、雨瀬がごくりと唾を飲んだ。
高校生たちが戦々恐々とする中、童子はいつもと変わらない口調で言う。
「お前ら。仙台支部の捜査報告書ん中に、チンピラグループの『ドミナトル』のメンバーの顔写真があるで。人数は10人と意外と多いが、こいつら全員の容貌も頭に叩き込んでおけよ。それと、武器とツナギ服は東京から持参する。あとは、明日の夜は仙台で宿泊やから、各自着替え等の準備をしておくこと。ええな?」
童子の指示に、高校生たちが「はい!」と声を揃えて返事をした。
塩田が「よーし! それじゃあ、『ドミナトル』のメンバーの顔を覚えるぞー!」と気合を入れ、鷹村が不意に顔を向けた。
「そうだ。塩田。さっき、真っ先に大貫チーフに「仙台支部の応援に行きたい」って言ったのは、やっぱり仙台が地元だから?」
「…………」
鷹村が何気なく訊ね、最上が「あ。私もそう思ったわ。塩田の実家は、仙台だものね」と続き、雨瀬が「離れていても、生まれ育った地元は大切だ」と納得する。
塩田は人差し指で鼻先を掻いて、曖昧な笑みを作った。
「うーん。もちろん、そういう地元愛もあるんだけどさ。一番の理由は、俺の8コ上の兄貴……塩田満が、元仙台支部の対策官だからなんだ。もう4年も前に辞めちゃったし、何となくみんなには話してなかったけどさ。まぁ、そんなワケで、兄貴がいた仙台支部に、少しでも貢献できたらって思ったんだ」
そう言うと、塩田は周りの反応を待たず、「……さ! 無駄話をしているヒマはないぜ! 明日の準備、準備!」とノートパソコンにぐいと顔を寄せる。
その哀しく翳った表情は、「童子班」の仲間たちからは見えなかった。




