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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:01
2/224

02・インクルシオ

 東京都月白げっぱく区。

 約200名の対策官を擁するインクルシオ東京本部の隣には、『インクルシオ寮』と呼ばれる大きな寮が建てられている。

 本部に5分以内に到着できる場所であれば外部のアパート等の居住も許可されているが、ほとんどの対策官は利便性の高い寮での生活を選択していた。


 午後7時の夕食時にもなれば、寮の1階にある食堂は多くの対策官でごった返す。

 寮で提供される食事は全て無料で、様々な料理がビュッフェ形式で並んだ。

 対策官たちはトレーを片手にそれぞれ好きな料理を皿に盛っていく。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白は、平皿によそった五穀米に野菜カレーをかけて、コーンスープに手を伸ばした。

 その時、後ろに割り込んできた誰かが雨瀬の右肩にぶつかった。

 雨瀬のコーンスープのカップが揺れ、インクルシオの制服である黒のツナギ服に中身がかかる。

「おい。もたもたしてんなよ。グラウカさんよ」

 雨瀬が振り向くと、そこには威圧的な表情で見下ろす少年──藤丸遼ふじまるりょうが立っていた。

 藤丸の横には湯本広大ゆもとこうだいの姿がある。

 藤丸と湯本は東班に所属する対策官で、雨瀬と同じ高校一年生だった。

 しかし、二人がインクルシオに入ったのは中学三年生の時であり、対策官としては雨瀬より一年先輩であった。

「……ご、ごめん」

「早くどけよ。邪魔なんだよ」

 チッと舌打ちをして睨みつける藤丸に、雨瀬はもう一度「ごめん」と言ってその場を離れる。

 雨瀬がふと視線を上げると、料理をてんこ盛りにしたトレーを持った鷹村哲がこちらを見ていた。

 鷹村は呆れた顔で雨瀬に言った。

「眞白。あれくらい言い返せよ。スープが服にかかってんだろ」

「……いいよ。あとで洗う」

「そういう問題じゃねぇだろ」

 鷹村は大仰にため息をつくと、雨瀬と並んで歩き出した。

「なんなら、俺が言ってきてやろうか?」

「本当にいいって。哲……」

 雨瀬は困ったように首を振る。

 鷹村はもう一度ため息をついた。

「ほんと、お前は昔っから変わらねぇな」


 雨瀬眞白と鷹村哲は幼馴染だった。

 二人は東京都不言いわぬ区にある児童養護施設『むささび園』で育った孤児である。

 幼い頃から人見知りで内向的な雨瀬と、しっかり者で外向的な鷹村。

 コミュニケーション下手な雨瀬はともすれば人の輪から外れがちだったが、鷹村は常にその手を引いて雨瀬が独りぼっちにならないようにしてきた。

 雨瀬が『グラウカ』だと判明したのは4歳の時だった。

 グラウカは『アンゲルス』というホルモンを脳下垂体から分泌している。

 『アンゲルス』は驚異的な身体能力と再生能力の源であり、人間には備わっていないグラウカ特有のホルモンであった。

 厚生省は人間とグラウカを判別するために全ての児童に『4歳時検診』を義務付けており、該当年齢に達した児童は、保健所が行う血液検査で血中の『アンゲルス』の有無を測定する。

 4歳時検診でアンゲルスの分泌が確認された雨瀬は、保健所を通して厚生省にグラウカとして登録された。

 その後は普通の生活を送っていたが、中学一年生の時にグラウカに襲われた人間を鷹村と共に助けたことがあった。

 その一件がきっかけで、インクルシオの南班チーフである大貫武士から声がかかり、雨瀬は鷹村と一緒に中学二年生でインクルシオの訓練施設に入った。

 そして、訓練生として2年間の戦闘訓練を積み、二人はこの4月にインクルシオ東京本部の南班に配属された。


「五穀米ってヘルシーじゃーん」

 対策官たちで賑わう食堂のテーブルで、塩田渉が雨瀬のトレーを覗き込んだ。

「あら。雨瀬。服に何かついてない?」

 明太子スパゲティをフォークで巻く手を止めて、最上七葉が言う。

「コーンスープをこぼしちゃって……」

 雨瀬が答えると、塩田が「ドジっ子だな、雨瀬ぇー」とからかった。

 鷹村が「とりあえずこれで拭けよ」と紙ナプキンを渡し、雨瀬が「ありがとう」と礼を言って受け取る。

 鷹村は最上のサラダとパスタがちょこんと乗ったトレーを見て言った。

「最上は、そんだけで足りるのか?」

「十分よ。逆にあんた達の食欲旺盛さには辟易するわ」

 最上は鷹村と塩田の山盛りの皿にげんなりした。

「これでも全然足りねぇよ。食ったらまた取りに行く」

「そうそう。俺たち食べ盛りなのよ、最上ちゃん。鷹村ぁ。今夜も全種類制覇しようぜ」

「おう」

 鷹村が箸を手に取ると、隣に座る雨瀬が顔を上げた。

 つられて鷹村、塩田、最上が視線を上げる。

「あ! 童子さんだ! こっちこっちー!」

 食堂の入り口に現れた童子将也に、塩田が大きく手を振った。

 童子は手を振り返すと、トレーを持ってビュッフェで料理を取り、高校生たちのテーブルにやってきた。

「今になってスペアリブが出てきたで。危うく取り損ねるところやったわ」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと行ってきます!! 鷹村、急げ!!」

 童子の情報に、鷹村と塩田が俊敏に反応して椅子から立ち上がる。

 二人はそのまま猛烈な勢いでビュッフェに走っていった。

 童子は二人の背中を見送ると、可笑しそうにくつくつと笑った。

「あいつら、相変わらず食いしん坊やなぁ」


 ──童子将也は、インクルシオの『特別対策官』である。

 特別対策官とは、極めて優秀な戦績・功績をあげた対策官に与えられる職位であり、現在東京本部に5名、全国の拠点でも11名しかいない。

 その中でも、特に童子は『インクルシオNo.1』の実力を持つ特別対策官として、内外に広く知られる人物であった。

 1ヶ月ほど前、“グラウカ初の対策官”である雨瀬が南班に正式配属となる前に、インクルシオ東京本部の上層部は一つの条件を提示した。

 それは、「童子将也が雨瀬眞白の指導担当につく」というものであった。

 これを受けて、大阪支部に所属していた童子は東京本部に異動となった。

 また、雨瀬と同期である新人対策官の鷹村、塩田、最上の3名も童子が指導担当につき、東京本部内では「南班の中の童子班」と呼ばれていた。


「童子さん。『アダマス』って、どんな組織なんですか?」

 食事を終えたテーブルで、塩田がカフェオレを飲みながら訊いた。

「訓練生の時に勉強したでしょ。『アダマス』は剛木壱太、弍太、三太の三つ子の組織で、3人は現在25歳。特徴的なタトゥーを体に入れていて、拠点は不明よ」

 紅茶に砂糖を入れた最上が答え、童子がうなずく。

「その通りやな。『アダマス』は俺が大阪支部におった時から有名やった。三兄弟がこれまでに殺した人間は、千とも二千とも言われとるな」

 童子の説明に、塩田は「ひぃぃ。そんなに」と青ざめた。

 緑茶を啜った鷹村が言う。

「インクルシオの対策官も多く犠牲になってますよね」

「そうや。『アダマス』の三兄弟とやり合って殺された対策官は44名。これもうちのキルリストの上位に載る大きな要因や。『アダマス』は『ピエタス』のようなチンピラグループとは全然ちゃう。決して、甘く見たらあかん連中や」

 そう言って、童子はアイスコーヒーのグラスを手に取った。

 氷が傾き、カランと小さな音が鳴る。

「──…………」

 雨瀬は緑茶の入った湯呑みを両手で包んだ。

 それまで賑やかだった周囲の音が、にわかに止んだ気がした。

 童子は「もし、街中で奴らに会うたら」と静かな声で言った。

 念を押すような鋭い眼差しが、高校生の新人対策官たちを射抜く。

「自分らが何をするべきか、よう分かっとるな?」


 午前0時半。東京都不言いわぬ区。

 深夜の公園で、インクルシオ東京本部の南班に所属する樋口勇樹ひぐちゆうきは、手を洗って公衆トイレを出た。

 同じく南班に所属する古関大地こせきだいちをキョロキョロと探す。

 しかし、公衆トイレの前で待っているはずの古関の姿はどこにも見あたらなかった。

「おい古関。どこだよ。ジュースでも買いに行ったのか?」

 樋口はオレンジ色の街灯が照らす歩道に足を踏み出す。

 すると、樋口の前にどさりと何かが投げ捨てられた。

「──!!!」

 樋口が驚愕に目を見開く。

 黒のツナギ服の足元に転がったのは、まるで卵の殻のように頭部を握り潰された古関だった。

「こっ、古関っ!!!!」

 慌ててしゃがみ込んだ樋口の手元に影が落ちる。

 樋口は弾かれたように顔を上げた。

「どーもぉ。遊びに来たぜ」

 樋口の眼前には、3人の男が立っていた。

 真ん中に立つ男の額には、三つのダイヤモンドと“ADAMAS”の文字のタトゥーが彫られていた。




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