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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:23
197/231

09・オリエンテーリング大会-3

 東京都青梅市。

 人間とグラウカの共存を支援・推進するNPO法人『アウロラ』のオリエンテーリング大会は、128人の参加者の甲高い悲鳴に包まれた。

 厚手のダウンベストの胸元に“チサキ”のネームプレートを付けたグラウカの千咲恵は、薄暗く鬱蒼うっそうとした木々の間を、『アウロラ』のスタッフである三つ編みの女性に追われて逃げていた。

 突然の事態に頭が混乱する千咲は、足をもつれさせて転倒する。

「……ちょ、ちょっと待って!! な、何故、私たちを襲うの!?」

「……何故? そうねぇ。表向きの理由は“彼”の計画を盛り上げる為だけど、本当は私自身が人間を殺してみたかったのかもね」

 地面に転んだ体勢で声をあげた千咲を、ナイフを手に下げた三つ編みのスタッフが見下ろした。

「まぁ、“チサキ”さんは人間じゃなくて私と同じグラウカだけど、運が悪かったわね。あ、そうそう。グラウカを殺す技術にけたインクルシオ対策官みたいにスムーズにはいかないけれど、このナイフで何度か頭を刺せば、ちゃんと脳下垂体を破壊できると思うから安心してね」

 そう言って、狂気に目を輝かせたスタッフが、千咲の眼前に迫る。

「……い、嫌ぁっ!!! 誰か、助けてっ!!!」

 千咲がセミロングの黒髪を振り乱して叫ぶと、ズブッという鈍い音が響き、スタッフの眉間から黒の刃が飛び出した。

 一撃で脳下垂体を貫かれたスタッフは、声もなく膝から崩れ落ちる。

 その後方に姿を現したのは、肩で大きく息をした“フジ”──インクルシオ東京本部の東班に所属する藤丸遼だった。

「……フ、“フジ”君……っ!!!」

「……“チサキ”。ここからまっすぐ南に進むとロッジがある。このナイフを護身用に持って、なるべく身を低くして移動しろ。俺は、他の場所に行く」

 藤丸は低い声で素早く指示し、スタッフのナイフを拾って千咲に手渡す。

 そのまま背を向けて走り去ろうとした藤丸を、千咲が呼び止めた。

「……ま、待って! “フジ”君! その黒のサバイバルナイフ……まさか、貴方はインクルシオ対策官なの!?」

「…………ああ。そうだ」

 千咲の問いに藤丸はやや間を空けて答え、ウェーブヘアのカツラを外した。

「俺は、殺人犯の二戸楓の捜査で『アウロラ』のイベントに潜入していた。……インクルシオはお前の父親のかたきだ。憎いだろ?」

「……!」

 藤丸は自嘲するように口端を上げて、地面を蹴る。

 千咲が「“フジ”君!」と声を発したが、振り返ってその表情を確かめるのは、怖かった。


「オラオラオラーーーッ!! 攻撃のスピードが遅過ぎて、眠くなるぜっ!!」

「……ぐっ……!!」

 前髪で目元が隠れたマッシュヘアに、グレーの口紅を塗った“葉っぱ”──インクルシオのキルリストの個人3位、4位に載る二戸楓は、主人格の『カエデ』から別人格の『モミジ』に交代して咆哮した。

 『モミジ』と1対1で対峙する“雨”──東京本部の南班に所属する新人対策官の雨瀬眞白は、宙に跳躍して繰り出した右脚の蹴りを片手で叩き落とされ、背中から地面に落ちる。

 その際に雨瀬のバタフライナイフは遠くに転がり、すでに『モミジ』によって十数ヶ所に傷を負った体からは、グラウカの証である白い蒸気がもうもうと上がっていた。

「つーか、なんかお前、再生が速いな!! そういう体質か!? お得だな!!」

 雨瀬の再生能力の高さを目の当たりにした『モミジ』は、さして気に留める風でもなく、余裕のある笑顔で言う。

 雨瀬は乾いた土に手をつき、ふらつきながら立ち上がった。

(……二戸は、今までに戦ったどの敵よりも強い……! 僕ではとても歯が立たない……! だけど、こいつを他の場所で暴れさせるわけにはいかない……! 何とか1秒でも長く、ここに足止めしなければ……!)

 雨瀬はかすみかける意識で必死に思考し、『モミジ』に言葉を投げた。

「……二戸楓……。貴方が二重人格になった、きっかけを聞きたい……」

 雨瀬が唐突に口にした内容に、『モミジ』はきょとんとする。

「あー? 戦いの最中に、急に何を言い出すのかと思えば……。まぁいいか。『カエデ』が二重人格になったのは、あいつの殺人衝動が強過ぎたからだ。あいつは幼少期から人間を殺したい欲求を持っていた。だが、それが親にバレるとマズイと思って我慢していたんだ。その結果、11歳の時にもう一人の『俺』が生まれた。しかし、傑作なことに、二つの人格で二分して薄めようとした殺人衝動は、ただ二倍になっただけだった」

 『モミジ』は目を細めて、くつくつと可笑しそうに笑った。

「……それで、貴方は『カエデ』『モミジ』として、自分の中の強い殺人衝動に従って、人間を殺してきたのか……」

 雨瀬が眉根を寄せて言い、『モミジ』は「そ」とあっけらかんと返す。

 頭上の木から野鳥が羽ばたき、『モミジ』は舞い落ちた羽を見やって言った。

「さーてと。お喋りの時間は終わりだ。そろそろ、お前を殺すぜ」

 雨瀬は負傷と再生の連続で力の入らない体を、内心で叱咤する。

 『モミジ』が「じゃあな」と言って右手に握ったナイフを振り上げ、雨瀬がきつく歯噛みをしてそれを見上げた──その時。

 森の冷気を裂くように飛んできた黒の刃が、『モミジ』の右腕に突き刺さった。

「──!!!!」

 『モミジ』が咄嗟とっさに振り返り、雨瀬が大きく目を見開く。

 黒暗こくあんの闇から姿を現したのは、分厚いレンズのメガネをかけ、地味な灰色のシャツとブルゾンを着た“タコヤキ”──東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也だった。


「雨瀬。ここまで、ようやった。後は俺に任せろ」

「……ど、童子さん……!!」

 童子は光が差す場所に立ち、衣服のあちこちが破れた雨瀬に声をかけた。

 『モミジ』は右腕に刺さったサバイバルナイフを抜き、無造作に投げ捨てる。

「……は。お前はインクルシオNo.1の童子か。少しはやる奴が出て来たな」

「“葉っぱ”こと田辺葉一。お前の正体が二戸楓やったんか。ところで、今の人格はどっちや? もし『モミジ』なんやったら、さっさと『カエデ』に代われ」

 童子がメガネを外して訊き、『モミジ』は「……ああ!? 何でだよ!?」と目を剥いた。

「お前ら“二人”は、これまでに多くの人間と対策官を殺してきた。その全ての元凶は、主人格の『カエデ』や。せやから、俺が今ここで、『カエデ』を始末する」

「……なっ! テメェ! まるで俺は眼中にないような言い方……ふふ。だったら、俺が“表”に出ないわけにはいかないね」

 二戸は『モミジ』の憤慨の途中で、するりと『カエデ』の人格に代わった。

 『カエデ』に戻った二戸は、先程までのいかつい面相から、優しげな顔つきに変わって微笑む。

「俺を始末するって言うのなら、やってみればいいよ。だけど、そっちの武器は『モミジ』が向こうに捨てちゃったよ? 大丈夫?」

「ああ。全く、心配には及ばへんで」

 両手が空いた童子が即答し、二戸は「……そうかい! それじゃあ、一方的になぶらせてもらうとするか!」とナイフを持って突進した。

 二戸は軽いフットワークで童子の目の前に迫り、無軌道にナイフを突き出す。

 そのスピードの乗った連続攻撃を、童子が二歩、三歩と後退しつつかわしていくと、二戸はナイフを大きく振りかざしたと見せかけて、猛烈な勢いで回し蹴りを喰らわせた。

 グラウカの超パワーが発揮された蹴りは、童子の真後ろに立つ杉の木に激突し、太い幹を粉砕してめり込む。

「はんふぁ! ひははったのは! ふんはよはったは!」

 二戸は『何だ。木があったのか。運がよかったな』と言おうとしたが、何故か上手く発声できず、自らのナイフが顎から頭頂部にかけて貫通していることに気付いた次の瞬間、眼球をぐるりと上向かせた。

 杉の木からずるりと脚が抜け、脱力した二戸の体が倒れる。

 二戸の回し蹴りの攻撃を見切り、ナイフを持つ手を掴んで顎下を貫いた童子は、おびただしい血に染まった亡骸を見下ろして言った。

「俺の武器がなかったから、お前のを使わせてもらったわ。……ほなな。『カエデ』、『モミジ』」




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