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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:23
196/239

08・オリエンテーリング大会-2

 東京都青梅市。

 NPO法人『アウロラ』の人気イベントであるオリエンテーリング大会が、自然の緑に囲まれた『空と森と人・ネイチャーパーク』で開催された。

 総勢128人の参加者は4人一組のグループに分かれ、森の中に点在する10ヶ所のチェックポイントを回ってゴールを目指す。

 スタートから30分程が経過した頃、常緑樹の木々が生い茂る森のあちこちから聞こえていた歓声は、突如として悲鳴に変わった。

 ゴール地点にある休憩施設のロッジで、スタッフ6人と共に昼食の用意をしていた『アウロラ』の代表の樫本信二が、驚いて窓に目を向ける。

「……今、悲鳴が聞こえなかったか!? 何事だ!?」

 すると、スタッフの一人であるグラウカの水乃好絵が、おにぎりが入ったタッパーをテーブルに置き、薄く微笑んで言った。

「ああ。どうやら、始まったようですね。あれは、各チェックポイントのグラウカのスタッフが、参加者を無差別に殺しているんですよ。二戸楓さんの“殺戮オリエンテーリング”を盛り上げる為に……」

「……に、二戸楓だと!? み、水乃さん、急に何を……!?」

 樫本が狼狽ろうばいすると、ロッジにいるグラウカのスタッフ4人がナイフを取り出し、人間である樫本とスタッフ2人の前に立ちはだかった。

「ふふ。樫本代表。どうせ死ぬんですから、全て教えてあげます。インクルシオ対策官のみなさんが潜入捜査で探している二戸楓は、“葉っぱ”さんです。彼の本名の田辺葉一は偽名で、グラウカ登録証も偽造の物です。それと、彼のアルバイト先は私の実家の洋食店ですが、実際にはほとんど働いていません。捜査機関に対するアリバイ工作が必要になった時に、私が勤務記録を改ざんしています」

 水乃が笑みをたたえて言い、樫本は額に汗を滲ませた。

「……は、“葉っぱ”が、二戸楓であることはわかった。だ、だが、君やうちのグラウカのスタッフたちが、何故、あの殺人鬼に協力するような真似を……?」

 デニム生地のハンチング帽を被った樫本の疑問に、水乃は妖しく目を細める。

「私たちグラウカのスタッフは、全員、二戸さんの“ファン”なんです。そして、“ファン”の第一号はこの私。そのきっかけは、以前、彼の殺人の現場にたまたま遭遇したことです。その時、彼を恐ろしく思うよりも、とても強い魅力を感じてしまって……。そんな私に彼は「それがグラウカの本質だよ」と教えてくれました。それ以降、『アウロラ』のグラウカ仲間に、こっそりと彼を推して……」

 水乃は恍惚とした表情で、滔々(とうとう)と話した。

 樫本はしばし絶句し、震える唇で言葉を紡ぐ。

「……そ、それで、うちのグラウカのスタッフ全員が、二戸楓の“ファン”になったと……? そ、そんなバカなことが……。そもそも、君たちは、人間とグラウカの共存を望んでいたんじゃなかったのか……?」

「ええ。そうでしたよ。でも、「グラウカの本質」には逆らえなくて……」

「……ち、違う! 人間の命を奪うことを肯定するのは、決してグラウカの本質なんかじゃない! もし二戸楓に惹かれたと言うのなら、それは君たち個人個人の心の奥底に、最初から人間に対する殺人願望があったってことだ!」

 樫本が悲痛に怒鳴ると、水乃は「フン。貴方の意見は聞いてないわ。私たちは、ただ二戸さんを喜ばせたいの」と低く返し、手にしたナイフを振り上げた。

 その時、ロッジの窓ガラスが大きな音を立てて割れ、3つの影が飛び込んだ。

 水乃が振り向くと同時に、宙を滑った黒の刃が眉間を貫く。

「……樫本さん! みなさん! ご無事ですか!?」

 血の付いたサバイバルナイフを引き抜いたのは、インクルシオ東京本部の東班に所属する特別対策官の芦花詩織で、その後方には、同班の藤丸遼と湯本広大の姿があった。

 芦花は素早く室内を見回して、背後に立つ二人に指示を出す。

「藤丸君! 湯本君! 十中八九、この騒ぎは二戸楓の仕業よ! 至急、立川支部に緊急連絡を入れて! ロッジの残りの3人は、このまま拘束するわ!」

 湯本が「はい!」と応じ、藤丸が「芦花さん!」と声をあげた。

「俺は、森の中に戻ります! ここはお願いします!」

 藤丸は板張りの床を蹴って、ロッジの出入り口のドアに走り出す。

 木製のドアを叩くように開くと、「“チサキ”……!」と掠れた声で呟いた。


 背の高い木々が日光を遮断する森で、上着の胸元にネームプレートを付けた“雨”──東京本部の南班に所属する新人対策官の雨瀬眞白は、鋭い声で言った。

「“マカダミアナッツ”さん! “るる”さん! 後ろの木に隠れて下さい!」

 雨瀬と同じグループの参加者が、青ざめた顔で後退あとずさりをする。

 雨瀬はスタンドカラーのジャケットを羽織った“葉っぱ”──インクルシオのキルリストの個人3位、4位に載る二戸楓を睨んだ。

「……“葉っぱ”さん……! 貴方が、二戸楓だったんですね……!」

「そうだよ。君はインクルシオ対策官の雨瀬眞白君だね。潜入捜査、ご苦労様」

「……! 僕の正体に気付いて……!」

 雨瀬が目をみはると、二戸は「便利な情報源があってね」と笑った。

 すると、薄暗い森の三方向から、雨瀬と同じ南班に所属する「童子班」の高校生3人──鷹村哲、塩田渉、最上七葉が走り込んできた。

「眞白! ここにいたのか! チェックポイントに向かう途中で、複数の悲鳴が聞こえた! もしかしたら、どこかに二戸楓が……!!!」

 地面に転がるスタッフの亡骸を目にして、鷹村がピタリと言葉を止める。

 雨瀬と対峙する“葉っぱ”に視線を移し、瞬時に事態を把握した3人は、即座に衣服に隠したサバイバルナイフを取り出した。

「……お前が、二戸楓か!!!」

「やっぱり、『アウロラ』のイベントにひそんでいたんだな!!!」

「これ以上、貴方の好きにはさせないわ!!!」

 鷹村、塩田、最上が黒の刃を構え、臨戦体勢で腰を落とす。

 しかし、二戸はのんびりとした様子で、周囲の景色に顔を巡らした。

「ねぇ。若き対策官のみなさん。ここに固まっていてもいいのかい? 今、この森のそこらじゅうでは、俺の“ファン”たちが頑張って参加者を殺しているよ?」

 そう言って、二戸は遠い場所で響く悲鳴と絶叫を、耳に手を当てて聴く。

 雨瀬は武器のバタフライナイフを開いて、3人の仲間に言った。

「……哲! 塩田君! 最上さん! みんなは、他の場所に急ぐんだ!」

 キルリストの上位者である二戸を見やった3人が「でも……!」と躊躇ためらうと、雨瀬は「一刻を争う状況だ!! 迷っている暇はない!! 二戸の相手は、僕がする!!」と叫んだ。

「──っ!!! 任せたぞ!!!」

 高校生3人が意を決してきびすを返し、森の中に散っていく。

 徐々に小さくなる足音を聞きながら、雨瀬はバタフライナイフを握り直した。

 二戸は先程までの優しげな風貌を、荒々しい面相に一変させて言った。

「ハハッ。グラウカの対策官よ、随分と威勢がいいなぁ。だが、お前はこの『モミジ』様が、脳下垂体をグチャグチャにぶっ潰してして殺してやるぜ」


 分厚いレンズのメガネをかけ、地味な灰色のシャツとブルゾンを着た“タコヤキ”は、森の北東にある岩場で、同じグループの参加者たちに言った。

「みなさんは、しばらくこの岩場の陰に隠れていて下さい。現在、凶悪な殺人犯とその協力者が、この森の中におります。不安で怖いでしょうが、助けが来るまでは、くれぐれも不用意に動かんようにして下さい」

「タ、“タコヤキ”さん……!? か、関西弁……!?」

 数分前に悲鳴が聞こえた途端、いち早く目立たない場所に移動し、それまで話していた標準語が関西弁に変わった“タコヤキ”に、参加者たちが戸惑いの表情を見せる。

 参加者の一人が「……あ、貴方は一体……!?」と訊くと、“タコヤキ”は背中側に手を回し、ジーンズの腰に差し込んだサバイバルナイフを抜いた。

「俺は、インクルシオ東京本部の特別対策官の童子将也です。殺人犯の凶行を止める為に、ここを離れます」

 森の樹木が風に揺れ、ざわざわと不穏にざわめく。

 素性を明かした童子は、大きく身をひるがえして、光と闇が入り混じる森の中に駆け出した。




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