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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:23
194/231

06・隠し事とうわついた態度

 午後4時。東京都ゆるし区。

 人間とグラウカの共存を支援・推進するNPO法人『アウロラ』のイベントスペースで、交流イベントの一つであるハンドメイド会が開催された。

 参加者たちは主催者側が用意した裁縫セットや彫刻刀セットを使い、手縫いのブックカバーや木彫りのコースターを作る。

 この日の参加者は24人と少数であったが、4人一組のグループに分かれ、楽しく会話をしながら作業を行った。

「“雨”さん。コースターを作りますよね? 何の模様にしますか?」

「……あ。は、はい。僕は、小鳥を彫ろうかと。……た、“タコヤキ”さんは、どうしますか?」

「小鳥はいいですね。俺はニックネームの通り、たこ焼きにしますよ」

 分厚いレンズのメガネをかけ、地味な灰色のシャツを着た“タコヤキ”──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也が話しかけ、本来の白髪を黒髪に染めた“雨”こと同班の雨瀬眞白が、他人を装って返す。

 二人は参加者数の関係で同じグループとなり、イベントスペース内に散る他のグループに、潜入捜査にのぞむ対策官たち──南班に所属する鷹村哲、塩田渉、最上七葉、東班に所属する藤丸遼、湯本広大の姿があった。

 対策官7人が『アウロラ』で探る、インクルシオのキルリストの個人3位、4位に載る二戸楓は、昨夜遅くに新たな殺人事件を起こした。

 ゆるし区の繁華街の路地裏で遺体となって発見されたのは、40代のサラリーマンの男性で、『アウロラ』の代表である樫本信二の証言によると、同団体の交流イベントの参加履歴は見当たらない人物とのことだった。

 しかし、これまでの女性3人の被害者の共通点を重要視する童子は、このまま『アウロラ』の潜入捜査を続行するとした。

 ハンドメイド会は和やかな雰囲気で進み、完成した作品は製作者名と共にテーブルに並べられ、参加者たちが感想を言い合いながら見て回った。

 その途中、雨瀬はそっと会場を離れ、通路を歩いてトイレに向かう。

 スリットガラスの入ったドアを開けると、童子が洗面台で手を洗っていた。

「……あ。ど……“タコヤキ”さん。お疲れ様です」

「やぁ。“雨”さん。お疲れ様です。小鳥のコースター、とてもいい出来でしたよ」

 他に誰もいないトイレで、雨瀬と童子は互いにニックネームで呼ぶ。

 ハンカチで手を拭いた童子は、雨瀬に歩み寄り、耳元に顔を近付けて訊いた。

「……俺の標準語、おかしない?」

「……ぜ、全然、おかしくないですよ。すごく自然で、驚きました……」

 雨瀬が小声で答え、童子は「そうか。それならよかったわ」と笑い、ふと思い付いたように「あ。そうや」と小さく声を出した。

「こんな場所で言うことやないけど、こないだの戦闘訓練で俺が「以前より腰が引けとる」て指摘したんは、あまり気にすんなや。お前は真面目やから、ヘンに意識し過ぎると、かえってようないからな」

「……! は、はい。わかりました」

 自身がグラウカの“特異体”である事実を、鷹村以外の仲間たちには隠している雨瀬は、童子が出した話題にドキリと胸を鳴らす。

 童子はうなずき、「ほな、先に会場に戻るわ」と囁いてトイレから出ていった。

 スリットガラス入りのクリーム色のドアが、パタンと静かに閉まる。

 雨瀬はしばらく、その場にじっと佇んだ。


 東京都月白げっぱく区。

 午後6時半を少し回った時刻、変装用の衣服に身を包んだ対策官7人は、東京本部の3階にあるオフィスにつどっていた。

 手近な椅子を引いて輪になった潜入捜査のメンバーに、東班に所属する特別対策官の芦花詩織が加わって、捜査に関する話をする。

「今度の日曜日には、『アウロラ』のオリエンテーリング大会が開催されるわね。これは、毎年100人以上が集まる人気のイベントらしいわ」

「そうです。会場は、東京の青梅市にある『空と森と人・ネイチャーパーク』です。ここはアスレチック設備やキャンプ場がある広大な公園で、オリエンテーリング大会は森の中のコースで行われるようですね」

 童子がイベントのチラシを差し出し、芦花はそれを受け取って言った。

「童子君。このオリエンテーリング大会は、私も参加するわ。大きなイベントでしっかりと周囲に目を配る為には、人員は一人でも多い方がいいものね」

 芦花の申し出に、童子は「それは助かります」と返し、湯本と塩田が「あ!」と同時に声をあげた。

「芦花さん。『アウロラ』のイベントで、藤丸が仲良くなったグラウカの女の子がいるんですよ。その子も、きっとオリエンテーリング大会に来ると思います」

「そうそう! すげー可愛くて優しい子っスよ!」

 湯本と塩田が身を乗り出して言うと、鷹村が「あー。あのセミロングの髪の子か」と反応し、最上が「確か、ニックネームは“チサキ”さんよね」と続き、芦花が「あら、そうなの?」と顔を向ける。

 藤丸は顔をしかめて、「俺は、誰とも仲良くなってねぇ!」と力一杯に否定した。

 その時、オフィスのパーテーションの向こうから、鋭い声が聞こえた。

「お前たち。騒がしいぞ。キルリストの上位者である二戸楓は、そんなうわついた態度でのぞめる相手ではない。確かな実力を持った対策官が、過去に何十人と奴に殺されているのを忘れたのか。……童子。芦花。後輩を無駄死にさせたくなかったら、もっと真剣に任務に向き合わせろ」

 西班に所属する特別対策官の真伏隼人まぶせはやとが、デスクのノートパソコン越しに睨み付け、塩田が「……ま、真伏さんがいたんだ。気付かなかった」と身を縮こめる。

 童子と芦花が「はい。すみませんでした」と謝罪し、高校生の対策官6人が「すみませんでした!」と大きく声を揃えた。

 真伏は鼻で息を吐いてノートパソコンに目を落とし、対策官たちは表情を引き締めて、『アウロラ』の潜入捜査の話を再開した。


 午後9時。

 白色のジップアップパーカーを羽織った雨瀬は、アイスクリームが入ったビニール袋を手に下げて、コンビニエンスストアの自動ドアから出た。

 片側2車線の道路の向かいには、インクルシオ寮と東京本部の建物がある。

 街灯が等間隔に照らす歩道を進むと、前方から見知った人物が歩いてきた。

「……ふ、藤丸君。か、買い物?」

「…………」

 雨瀬が声をかけ、ミリタリー風のジャケットを着た藤丸が渋い顔を浮かべる。

「……ぼ、僕はジャンケンで負けて、みんなのアイスを買いに。童子さんは今、ランニングに出ていて不在なんだけど、帰ってきたら食べるかなって……」

 雨瀬は藤丸とのコミュニケーションを図ろうと、ビニール袋の口を広げた。

 藤丸は中に入った5個のアイスクリームは無視して、雨瀬の横をさっさと通り過ぎる。

 雨瀬は「……あ、あの」と、その横顔を思わず呼び止めた。

「さっき、みんなが言っていた、グラウカの“チサキ”さん……。僕も少し話したことがあるけど、とても感じのいい人だった。よ、余計なお世話かもしれないけど、今回の潜入捜査が終わっても、違うカタチで交流を持てたらいいね」

 雨瀬の言葉に、藤丸は前を向いたまま口を開く。

「……“チサキ”については、初日の潜入捜査の報告会で、父親が反人間組織『フォルミド』の構成員だったって話しただろ」

「う、うん。『フォルミド』は構成員6人の小さな反人間組織で、10年前にインクルシオが壊滅したって……」

 雨瀬がうなずいて返し、藤丸は感情のこもらない表情で言った。

「……どんな奴であろうが、“チサキ”は実の父親をインクルシオ対策官に殺されたんだ。“チサキ”自身はそれを納得しているようだったが、もし俺の正体が対策官だと知ったら、途端に自分でも驚く程の憎しみが湧き上がるだろう。……反人間組織のグラウカに母親と弟を殺された、俺と同じようにな」

 雨瀬と藤丸の間に、冷たい夜風が吹き抜ける。

 藤丸はそれ以上は何も言わず、雨瀬から離れると、店内の明るい光が漏れるコンビニエンスストアに向かった。




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