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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:23
192/239

04・トーク会

 午後4時。東京都ゆるし区。

 人間とグラウカの共存を推進・支援するNPO法人『アウロラ』は、白壁のビルの5階に事務所兼イベントスペースを構えていた。

 フロアの最奥に位置する事務所には、デスク、コピー機、イベント用の小道具やチラシが入った段ボール箱が所狭しと置かれており、代表の樫本信二がデニム生地のハンチング帽を手で掻いた。

「いやぁ。ゴチャゴチャしていてすみません。我々スタッフの部屋はこんなんですが、イベントスペースの方は広くて綺麗ですので、どうぞご安心下さい」

 窓際のソファセットに腰掛けた樫本の向かいには、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也が座っており、その後方に同班の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、東班に所属する藤丸遼、湯本広大の6人が立っていた。

 分厚いレンズのメガネをかけ、地味な灰色のシャツを着た童子が口を開く。

「樫本さん。今回は潜入捜査のご協力をいただき、ありがとうございます。今日からしばらくの間、一般人に扮して『アウロラ』の交流イベントに参加しますので、よろしくお願いします」

「ええ。お話はインクルシオの大貫さんから聞いていますよ。殺人事件を起こした二戸楓がうちのイベントに来ているかもしれないと思うと怖いですが、殺された被害者の無念を思うと、悲しみと憤りが収まりません……。二戸を捕まえる為なら、僕も何だってする覚悟です」

 樫本が勇むように言うと、童子が落ち着いた声で返した。

「樫本さんとスタッフのみなさんは、いつも通りにイベントを行って下さい。二戸楓は非常に危険な人物です。たとえ何があっても、奴には一切関わらず、全てこちらに任せて下さい」

 童子の忠告を含んだ言葉に、樫本は「わ、わかりました……」と唾を飲み込んで了承する。

 黒縁のメガネをかけ、バケットハットを被った鷹村が手を上げた。

「あの。一つ質問をしてもいいですか? こういうイベントに参加するのは初めてなんですが、今日のトーク会はどんなことをするんですか?」

「ああ。トーク会はですね、文字通り『会話をする会』です。人間とグラウカの参加者を4人グループに分け、自由に話してもらいます。日々の生活のことや、密かに悩んでいること、趣味の話題等、まずは大いに話して交流して下さい。……ちなみに、うちのイベントは気軽に参加してもらう為に、全員がニックネームで呼び合います。この後、みなさんにもネームプレートをお渡ししますね」

 樫本が説明し、鷹村が「わかりました。ありがとうございます」と礼を言う。

 童子がソファから立ち上がり、変装を施した対策官たちを振り返った。

「ほな、そろそろ行こか。各自、交流イベントの雰囲気に溶け込みながら、しっかりと周囲に目を光らせるんやで」


 午後4時を少し回った時刻、『アウロラ』のトーク会が始まった。

 この日の参加者は60人程で、スタッフの案内の下、広々としたイベントスペースに用意されたパステルカラーの椅子に座る。

 椅子は4脚ずつが円形に置かれており、変装用の衣服を纏った対策官たちは、それぞれ違うグループに入った。

 また、胸元に付けたネームプレートには、童子が“タコヤキ”、雨瀬が“雨”、鷹村が“寿司職人”、塩田が“スター”、最上が“ナナ”、藤丸が“フジ”、湯本が“温泉”と記入した。

「俺、“スター”! 初めまして、よろしくー! 今日は楽しく話そうねー!」

「俺は高1の人間です。趣味は筋トレで、将来は寿司職人を目指しています」

「“ナナ”と言います。人間です。グラウカの友達が増えたらいいなと思って、このイベントに参加しました」

「……僕は、グラウカです。悩みは、すごく人見知りなことです……」

「俺の趣味はアニメのグッズ収集です。超インドア派で、運動は大の苦手です」

 塩田、鷹村、最上、雨瀬、湯本が、会話の内容に多少の虚偽を織り交ぜて、各グループの参加者たちと話す。

 童子はメガネのブリッジを指先で上げ、「“タコヤキ”です。21歳の人間で、東京出身のフリーターです」と標準語のイントネーションを使った。

 “フジ”のネームプレートを付けた藤丸は、不機嫌な顔で挨拶をした。

「……俺は、“フジ”。人間。以上」

「……え? それだけ?」

 藤丸と同じグループの女性が、思わず声を発する。

 藤丸は黙ったまま腕を組み、女性はやや戸惑いつつも自己紹介をした。

「……私は、“チサキ”です。ゆるし北高校の1年生で、グラウカです。『アウロラ』の交流イベントは、今日が初参加です。よろしくお願いします」

 “チサキ”と名乗ったグラウカの女性──セミロングの黒髪の千咲恵ちさきめぐみが言い終えると、他の参加者が「よろしく〜!」と明るく返す。

 しかし、藤丸の仏頂面は変わらず、その後の会話もほぼ不参加だった。

「……ねぇ。“フジ”君。全然、話さないよね。何故、このイベントに来たの?」

「…………」

 千咲が思い切って訊ね、藤丸は一拍置いて、低い声で答えた。

「……俺は、小学生の時、母親と弟を反人間組織のグラウカに殺された。そんな俺が、人間とグラウカの交流イベントなんかに来た理由は……自分でもわからねぇ」

 潜入捜査の任務を隠す必要がある藤丸は、曖昧ににごす。

 参加者たちは痛ましい表情で沈黙したが、千咲は視線を上げて言った。

「そうだったの。実は、私はね。父親が『フォルミド』という反人間組織の構成員だったの。その父親は、10年前にインクルシオとの交戦で死んだわ」

「……っ!!」

 千咲の予期せぬ告白に、藤丸は大きく目を見開く。

「でも、だからと言って、父親を殺した“人間”を拒絶しようとは思わないわ。父親だって、反人間組織に入って悪事を働いていたんだしね……。“フジ”君がここに来た理由は、今はわからなくてもいいんじゃないかな。これから、少しずつわかっていけば……」

「………………」

 千咲が優しい眼差しで見つめ、藤丸は身じろぎもせずに、その瞳をじっと見返した。


 一方、本来の白髪を黒髪に染めた雨瀬は、不得手な場に四苦八苦していた。

「はは。“雨”君。人見知りというのは本当だね。リラックス、リラックス」

「……は、はい。ありがとうございます」

 雨瀬と同じグループのグラウカの男性が、にこやかに声をかける。

 男性は“葉っぱ”のネームプレートを付けており、前髪で目元が隠れたマッシュヘアに、グレーの口紅を塗った個性的な外見をしていた。

 “葉っぱ”はグループの中心となって、会話を盛り上げる。

 雨瀬は一生懸命に相槌を打ち、時にはたどたどしくも自分から話題を提供して、交流の輪に加わる努力をした。

 すると、小さな電子音が鳴り、“葉っぱ”がコットンパンツの尻ポケットからスマホを取り出した。

「……あー。ごめんね。バイト先の店長から、今すぐにシフトに入れないかって。こりゃあ、誰かがサボったな。残念だけど、俺は途中退席させてもらうよ」

 そう言って、“葉っぱ”は椅子から立ち上がる。

 近くにいたスタッフに事情を伝え、盛況するイベントスペースをそそくさと出ていった。

「……マジかよ!? インクルシオ対策官共が、潜入捜査だと!?」

「ああ。あのインクルシオNo.1の童子将也も、会場内にいたらしい。全員が変装をしていて気付かなかったけど、俺の“ファン”がメールで知らせてくれたよ」

 白壁のビルの外に出た“葉っぱ”──インクルシオのキルリストの個人3位、4位に載る二戸楓は、別人格の紅葉と声をひそめて話した。

「おい。楓。今後は、どうするつもりだよ?」

 紅葉が訊き、二戸は「う〜ん」と困ったようにうなって、寒風が吹き抜ける歩道を歩き出した。


 そして、トーク会は組み合わせを変えて2回行われ、午後6時半に終了した。

 7人の対策官は別々のルートで東京本部への帰途につき、1日目の潜入捜査は幕を閉じた。




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