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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:22
187/231

09・期待

 大阪府大阪市みそら区。

 1月3日の午前0時半を回った時刻、蝶標本販売会社『パピリオM.A』が事務所を構える雑居ビルの一室に、反人間組織『マルム』の新リーダーである世良傑が足を踏み入れた。

 黒色のダウンコートを羽織り、金縁メガネをかけた世良に続いて、『マルム』の構成員10人がぞろぞろと入室する。

 窓のない防音仕様の部屋の中央に立った世良は、手にしたペットボトルのキャップを開け、容器を逆さまにした。

 中身のミネラルウォーターが勢いよく流出し、真下で眠っているインクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介の横顔にかかる。

 パイプ椅子に体をロープで拘束された疋田は、床に横転した姿勢のまま、ぱちりと目を開いて首を振った。

「……おいおい。せっかくええ夢を見とったのに、急に起こすなや」

「こんな時に寝られるなんて、図太い神経やな。さすが、特別対策官は違うわ」

 世良がため息を吐いて言うと、疋田は「そう褒めんなや」と返す。

「フン。そんな軽口を叩けるんも、ここまでやで。『マルム』の元リーダーの悪原が死んだ今、俺は奴の会社が入ったこの古臭いビルはさっさと出て、もっとええ場所に新拠点を作りたいんや。せやから、さっきはじっくりと時間をかけるて言うたが、お前はもう殺すわ」

 世良が残酷に微笑んで宣言し、構成員たちが疋田のパイプ椅子を起こす。

 疋田は全く動揺した様子を見せず、世良が言った『会社』というワードに反応した。

「なぁ。世良。どうせ俺は死ぬんやから、最後に一つ教えてくれや。悪原は何かの会社を経営しとったんか? そう言えば、この部屋に入る前に、通路に潰れた段ボールや小箱が散乱しとるのを見たが、あれは会社の商品なんか?」

 疋田が興味深そうに訊き、世良は短く思案して口を開いた。

「……ええやろう。冥土の土産に教えたるわ。悪原は自身の趣味と、『マルム』の活動資金稼ぎを兼ねて、海外から輸入した蝶の標本を販売する会社を経営しとったんや。通路の段ボールに入っとったんは蝶の標本箱で、それらが散らかっとったんは、拉致した新人対策官共がムダに大暴れしたせいや」

「……!!」

 世良の回答に、疋田がにわかに目をみはる。

 世良はダウンコートのポケットからナイフを取り出し、嗜虐的な顔で言った。

「さて。お喋りの時間は終わりやで。今から、お前の体を切り刻み、目玉をえぐり出し、心臓を取り出してスライスしてやる。せいぜい、苦しみ悶えて死ねや」

「……ふ……、ふふふっ……」

 すると、世良の眼前にいる疋田が、肩を震わせて笑い出した。

 世良は「何が可笑おかしいんや!?」と驚き、思わず後ずさる。

 鼻にそばかすを散らした疋田は、世良に柔和な笑顔を向けた。

「……関西エリアで、蝶の標本を扱う会社や店舗はそう多くはあらへん。そこにきて、将也の“教え子”の新人4人が、敵陣で暴れて蝶が入った標本箱を潰した。……こんなことを聞いてしもたら、いくら命を捨てる覚悟をしとった俺でも、「もしかして」と期待してまうわ」

 疋田の言葉を聞いた世良が、急速に顔を赤く染める。

「……な、何を寝ぼけたことを言うとるんや!! お前は、今ここで死ぬんや!! それ以外の結末はあらへん!! 俺の手で、ズタズタにしてやる!!」

 世良が唾を飛ばして激昂し、鈍く光るナイフを振り上げた──その時。

 バァンという音と共に監禁部屋のドアが開き、それぞれ私服と黒のツナギ服に身を包んだ複数の人物が、舞い上がる粉塵の中に現れた。


「──っ!?」

 世良が振り向くと同時に、ドアの近くに立っていた構成員が「ぎゃあっ!!」と悲鳴を上げて倒れた。

 構成員の後頭部からサバイバルナイフを引き抜いた人物──インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する増元完司が、「インクルシオ大阪支部や!!! お前ら『マルム』を壊滅する!!!」と大声で叫び、それを合図に、同班の鈴守小夏、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、そして、特別対策官の童子将也が室内に飛び込んだ。

 蝶標本販売会社『パピリオM.A』が入る雑居ビルの3階と4階には、『マルム』の構成員41人が事務室や会議室にひそんでおり、建物内のあちこちで突入チームと交戦する音が響く。

「な……!! ど、どうしてここがわかった!?」

 世良が狼狽うろたえて訊くと、高校生4人がサバイバルナイフを構えて言った。

「ハッ!! どうしてだって!? 新人対策官だからって、俺らを舐めてもらっちゃ困るぜ!! アンタらの拠点が判明するヒントを、ちゃんと掴んでたんだよ!!」

「あの時、俺らが暴れたのは無駄じゃなかった!! そのおかげで、今ここにこうしていられるんだからな!!」

「大事な商品を、通路脇なんかに放置しておいたのがマズかったわね!! 杜撰ずさんな管理は、身を滅ぼすわよ!!」

「貴方と悪原真沙樹は、僕らをえさに使って、童子さんを殺そうとした。その上、疋田さんまで危険な目に遭わせた。絶対に、許すことはできません……!!」

 塩田、鷹村、最上、雨瀬が、世良をきつくめ付け、すぐに対峙する『マルム』の構成員たちに視線を移す。

「オラオラオラーッ!!! まとめてかかってこいやーッ!!!」

「アンタら、年貢の納め時やで!! 覚悟しぃや!!」

 増元が猛然と突進し、鈴守が黒の刃をひらめかし、高校生4人が床を蹴って、薄暗い部屋の中で一斉に交戦が始まった。

 二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子は、脇に立つ構成員たちには目もくれず、まっすぐに部屋の中央に駆ける。

 世良は即座にパイプ椅子の後方に回り、疋田の首筋にナイフを当てた。

「そ、それ以上、近寄るんやないで!! こっちに来たら、こいつを殺す!!」

 世良が必死の様相で威嚇し、童子はパイプ椅子の2メートル手前でぴたりと足を止める。

「よ、よーし!! それでええ!! こいつを死なせたくなかったら、そのまま他の対策官共を連れて、このビルから撤退しろ!!」

 世良が額に汗を滲ませて命令すると、童子は疋田を見て静かに言った。

「……進之介さん。負傷しとるところを申し訳ありませんが、手を貸して下さい」

「ええて。ええて。こんなんかすり傷や。ほな、いくで」

 顔面を血で汚した疋田が快く応じ、世良が「?」と怪訝けげんな表情をした──次の瞬間。

 疋田は跳ねるように体を動かしてパイプ椅子ごと横に倒れ、そのタイミングに合わせた童子が宙に跳躍し、世良の側頭部に強烈な蹴りを入れた。

「ぐがああぁぁぁぁっ!!!!!」

 世良の金縁メガネが飛び、筋肉質な体躯がもんどりを打って床に転がる。

 童子はジーンズの腰に差し込んだサバイバルナイフを右手で掴み、仰向けで泡を拭いている世良にまたがって、一気に眉間を貫いた。

「……俺を殺したいなら、汚い手を使わずに、堂々と正面からこいや」

 童子の深い怒りを含んだ呟きが、すでに絶命した世良の上に落ちる。

 いつの間にか室内はしんと静まっており、『マルム』の構成員10人が床の上で息絶えていた。

「……はは。わずかな期待が、ほんまに叶ったわ」

 疋田が穏やかに笑い、増元と鈴守が「進之介!」「進之介さん!」と声をあげ、「童子班」の高校生たちが「疋田さん!」と走り寄る。

 童子は世良の亡骸から立ち上がり、歓喜する対策官たちと疋田を見やって、「……間にうてよかった」と小さく言葉を漏らした。

 ほどなくして、雑居ビルで交戦した構成員は、世良を含めた全員が死亡した。

 また、疋田の報告により、リーダーの悪原真沙樹は世良に殺害されたことが判明し、この日をって『マルム』は完全に壊滅した。




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