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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:22
186/231

08・手がかりの欠片

 ──5年前の冬。


 インクルシオ大阪支部の「たこ焼き班」に所属する新人対策官の童子将也は、支部の隣に建つインクルシオ寮の屋上で、青色のフェンスから街の景色をぼんやりと眺めていた。

 太陽はすでに沈み、頭上には降雪を予感させる曇天が広がっている。

 冷たい夜風が吹き抜け、部屋着のジャージ姿の童子はぶるりと身を震わせた。

「あれ? 将也やん。こんなところで、何をしとるん?」

「……進之介さん」

 すると、屋上の扉が開き、そこから「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介が顔を出した。

 ラフなトレーナーとスウェットに身を包んだ疋田は、「うわっ。寒いなぁ。雪降るんとちゃう?」と言いながら、童子の側にのんびりと歩み寄る。

 二人は横に並び、疋田は大阪の夜景に視線を向けた。

「そういや、昨日の突入作戦では、また大活躍したそうやな。指導担当の完司さんや他の「たこ焼き班」の先輩たちが、「将也はスゴイ! めっちゃ強い!」て自慢しとったで」

 鼻にそばかすを散らした疋田が柔和に笑い、童子は「いえ……」と目を伏せる。

 二人の間に数瞬の沈黙が流れ、疋田は前を見やったまま静かに言った。

「うん。そう言われても、嬉しくない気持ちはわかるで。周りがどんだけ褒めようと、一般の人間をどんだけ救おうと、俺らがやっとることは、とどのつまり、グラウカの“殺人”やもんな」

「……!!」

 童子が弾かれたように顔を上げ、疋田は穏やかな声音で言葉を続けた。

「世の中の平和や、人々の暮らしを守る為に、俺らは“悪い奴らの命”を奪わなあかん。“こいつを殺さな、罪のない人が殺される”て、自分に言い聞かせてな」

「……インクルシオ対策官になるということは、“そういうこと”だと、わかっていたつもりでした。せやけど、やはり、完全に割り切るのは難しくて……」

 童子が苦しげに本音を漏らすと、疋田は「それでええねん。人殺しに慣れることなんて、未来永劫、絶対にない」と言い切った。

「将也。お前はきっと、近い内に特別対策官になる。そんで、将来は、インクルシオになくてはならない存在に成長するやろう。……今感じとるやるせなさや迷いは、ずっと胸に抱えたまま、これからも他人の命を踏みにじる奴らに立ち向かえ。それが、“強い者”に課せられた使命や」

 疋田はネオンがきらめく夜景から視線を外し、「さぶっ。そろそろ、中に戻るか」と言って背中を向けた。

「……進之介さんも、人知れず、自分の中のやるせなさや迷いと戦っとるんですか?」

 童子が振り返って訊くと、疋田は「さーてな」と軽い口調で返して歩き出す。

 童子はその場で大きく息を吐き、表情を明るくして、疋田の後を追いかけた。

 

(……今の俺が『インクルシオNo.1』を背負って戦えるんは、あの時の進之介さんの言葉のおかげや。いつだってさり気なく見守り、頼りになってくれるあの人を、絶対に俺の身代わりなんかで死なせへん)

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子は、ひっそりと静まったトイレの洗面台で、顔を洗った自分の姿を鏡越しに見つめた。

 そして、気合を入れ直し、きびすを返してドアを出た。


 午後11時。大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 大阪支部の5階にある支部長室で、東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、一様に項垂うなだれ、悄然しょうぜんとした表情を浮かべていた。

「……俺らが、“大阪サプライズ訪問”なんて計画しなければ、こんなことには……」

「……ああ。最悪な形で、童子さんや疋田さんを巻き込んじまった……」

 執務机の前のソファセットに座った塩田が呟き、鷹村が弱々しくうなずく。

 最上は黙ったまま唇を噛み、雨瀬は膝の上に置いた拳を強く握った。

「お前たち。それはちゃうで。全ての元凶は『マルム』や。そんな風に自分を責めたらあかん」

 ライオンがプリントされたシャツを着た支部長の小鳥大徳が、慰めるように高校生たちに言う。

 塩田が「で、でも……」と泣きそうな顔で返すと、支部長室のドアが開いた。

「小鳥支部長の言う通りやで。今回の件は、お前らの責任やない」

 童子が入室して言い、高校生たちが「童子さん……!」と振り向く。

 童子はソファセットに近付き、私服姿の高校生4人を見やって言った。

「お前らが大阪に来てくれたことは、俺はすごく嬉しいで。もし、この“サプライズ”が成功していたら、みんなで大阪の観光地巡りをして、食い倒れをして、ほんまに楽しい休暇になったと思う。……せやからこそ、『マルム』に拘束された進之介さんは、何としてでも救い出さなあかん。全員で、“ええ思い出”を作る為に」

「……っ!!! は、はいっ!!!」

 童子の言葉に、高校生4人は暗くかげった瞳に光を取り戻す。

「よっしゃ。ほんなら、お前たち4人も『マルム』の拠点の捜査に加わってもらおか。今は、一人でも多くの人員が欲しいからな」

 小鳥がスキンヘッドを手で撫でて言い、高校生たちが「はい!! 何でもやります!! やらせて下さい!!」と勢いよく腰を上げた時、雨瀬がふと足元に目を落とした。

「……これは……?」

 雨瀬はスニーカーの爪先に手を伸ばして、水色の小さな欠片を取る。

 それと同時に鷹村、塩田、最上が「ん?」と何かに気付き、それぞれの衣服や靴に付いた、黄色や赤色の物体を手でつまんだ。

「……!! 何や、それは!?」

「わ、わかりません。ですが、『マルム』の拠点で構成員と揉み合った時に、通路にあった段ボールの山が崩れて、中から出た箱を潰しました。もしかしたら、その“中身”かもしれません」

 小鳥の質問に雨瀬が答え、童子が「今すぐ、分析班に回しましょう」と目の色を変える。

 ほどなくして、高校生たちの体に付着していた色鮮やかな欠片は、「レテノールモルフォ」「マエルラヤマキチョウ」等の外国産の蝶の一部であると判明した。

「新人4人が悪原たちに連れて行かれたんは、古めのビルという話や! これは、蝶を取り扱う会社か店舗が『マルム』の拠点である可能性が高い! 急いで、関西エリア全域の事業者を調べるんや!」

 小鳥が3階のオフィスで指示を出し、対策官たちが「はい!!」と動き出す。

「みそら区に、『パピリオM.A』という蝶標本販売会社がある……! みそら区と言えば、数日前に悪原真沙樹と世良傑が目撃され、こいつら4人が拉致された場所や……!」

 ノートパソコンに向かった童子がいち早く声をあげ、小鳥は「ビンゴやな! ほな、早速、突入チームを組むでぇ!」と頑強な歯を剥き出した。

 

 まもなく午前0時になろうとする時刻、みそら区を管轄する「串かつ班」から選出された対策官20人が、2階の会議室につどった。

 黒のツナギ服を纏った突入メンバーの中には、私服から着替えた同班の増元完司と、鈴守小夏の姿があった。

 二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子が、一歩前に出て言う。

「小鳥支部長。俺も突入チームの一員として、現場に行かせて下さい。武器は予備のサバイバルナイフを借ります」

 童子が真剣な面持ちで申し出ると、隣に立つ高校生4人が「僕らもお願いします!」「私も!」と必死の様相で声を揃えた。

 小鳥は「童子班」の5人に、にこりと笑いかける。

「ああ。もちろん、そのつもりや。進之介を無事に救い出し、今度こそ『マルム』を完全に壊滅してくれ」

「──はい!!!」

 夜半の会議室に、勇ましい声が響く。

 小鳥は目の前の対策官たちを見回して、「ええか!! 突入時刻は、現場に着き次第や!! さぁ、行ってこい!!」と地響きのような大声で叫んだ。




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