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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:22
183/239

05・交換と抵抗

 大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 1月2日の正午を30分ほど過ぎた時刻、インクルシオ大阪支部の5階にある支部長室は、重々しい空気に包まれていた。

 ライオンがプリントされたシャツを着た支部長の小鳥大徳が、執務机の上のノートパソコンを動かして、向きを室内側に変える。

 そのモニターには、インクルシオ東京本部の本部長の那智明と、南班チーフの大貫武士の姿が映っていた。

 また、支部長室の室内には、大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介、同班の増元完司、鈴守小夏と、東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也が立っていた。

 小鳥はノートパソコンと対策官たちを順に見やり、太く通る声で言う。

「……ほな、早速やけど本題に入るで。まずは東京本部の新人対策官4人が何故大阪におったのかについて、進之介が話を知っとるようなんで、聞かせてもらおか」

 小鳥が促すと、黒のツナギ服を纏った疋田が「はい」と応じた。

「実は、昨年末に、将也の“教え子”である新人4人から、「1月2日と3日に“大阪サプライズ訪問”をしたい」との電話がありました。将也が年末年始の休暇で大阪に帰省するんで、突然こっちに現れて驚かせたかったようです。俺は4人の計画に乗り、大阪市みそら区のホテルを手配しました。そんで、今日の昼メシに将也、完司さん、小夏を誘い、待ち合わせ場所に4人が登場してサプライズ成功……となる予定でした」

 疋田は高校生たちの“大阪サプライズ訪問”の真意──「春に別れが待っている童子との思い出を作りたい」という切ない理由は伏せて説明した。

 ノートパソコンの画面の中の那智が、険しい表情で口を開いた。

『なるほど。「童子班」の新人4人が大阪を訪れた経緯はわかった。それでは、4人は今日の午前中に大阪に到着したはずだが、疋田に連絡はあったのか?』

「はい。午前9時頃に、みそら区のホテルに荷物を預けたと電話がありました。俺は正午に大阪支部のエントランスに集合する旨を伝えて、通話を切りました。それからの4人の行動は不明です」

 那智の質問に、疋田が答える。

 私服のライダーズジャケット姿の増元が「電話があったんが9時やったら、昼メシまでにはけっこう時間がある。どこかに観光でも行こうかと外をウロウロしとったところを、奴らに狙われたんか……」と呟き、ダウンジャケットを着た鈴守が「休暇中の旅行なら、武器も携帯してへんかったでしょうね」と苦々しく返した。

 童子は口を固く結び、宙をじっと睨んでいる。

 黒のジャンパーを着た大貫が、画面越しに強張こわばった顔で質問した。

『小鳥支部長。うちの班の新人対策官4人を連れ去った犯人……反人間組織『マルム』からは、どのような連絡があったのでしょうか?』

「ああ。それやけどな。『マルム』のリーダーの悪原真沙樹は、居場所の特定が不可能やというスマホを使って、今日の正午過ぎに大阪支部の代表電話に連絡してきた。その悪原からの要求は一つ。……奴らが拉致した新人対策官4人と、将也の交換や」

『……!!!』

 小鳥がより一層に表情を厳しくして答え、那智と大貫が大きく目を見開く。

 支部長室に立つ増元と鈴守も同様に驚き、疋田は眼差しを鋭く細めた。

 小鳥は短く息を吐いて、言葉を続けた。

「悪原は、今夜11時に、至極しごく区のてっちり店の前に将也を来させろと言うとる。将也の身を確保したら、別の場所で新人対策官4人を解放すると」

「し、至極しごく区のてっちり店やったら、北3丁目の交差点の近くにある店ですよね? そこで、将也を車に乗せて連れて行くつもりなんか」

 増元がすかさずに反応し、小鳥が「そうやろうな」とうなずく。

 那智が深刻な面持ちで、両手の指を組み合わせて言った。

『確か、『マルム』は、5年前に大阪支部が壊滅状態に追い込んだ反人間組織だったな。その時の恨みを晴らす目的で、当時の突入チームの一員であり、現在はインクルシオNo.1の特別対策官である童子を指名したのか。……だが……』

 那智は躊躇ちゅうちょするように、言葉を区切る。

 小鳥は「せや」と返して、はっきりと言った。

「もし、奴らの要求を飲むのであれば、将也は丸腰で拘束されて何人おるかもわからん敵陣に行くことになる。つまり、新人対策官4人の無事と引き換えに、将也は確実に殺される」

 室内がしんと静まり返り、画面の中の大貫がわなわなと唇を震わせる。

 その時、童子がまっすぐに前を向いて言った。

「何一つ迷うことはありません。俺は、『マルム』の交換要求に応じます」


 午後1時。大阪府大阪市みそら区。

 蝶標本販売会社『パピリオM.A』が事務所を構える雑居ビルの裏手に、一台の白色のバンが停まった。

 滑らかに開いたスライドドアから、東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が、後ろ手にロープで縛られた状態で足を下ろす。

「……全員、そのまま目を閉じていろ。少しでも開いたら、その辺を歩いとる一般人を殺すで」

 反人間組織『マルム』のNo.2の世良傑が低く警告し、高校生たちはまぶたを閉じたまま、背中を押されて建物内に入った。

 4時間ほど前、みそら区で高校生4人を拉致した世良は、バンを出鱈目でたらめに走らせ、時間をかけて『マルム』の拠点に到着した。

 不慣れな土地の上に、走行中から視界の遮断を強要された高校生たちは、現在地がどこか推測することすら困難であった。

 一行は薄暗い建物の中を進み、エレベーターに乗って3階に上がると、通路の左手にある部屋の前で立ち止まる。

「よし。ここまで来れば安心やな。おい、ガキ共。周りを見てもええで」

 『マルム』のリーダーの悪原真沙樹が許可を出し、高校生たちが目を開いた。

 やや古めのビルとおぼしき建物の通路には、スーツに蝶ネクタイ姿の悪原と、金縁メガネをかけた世良の他に、『マルム』の構成員が10人ほど立っていた。

「ほんなら、お前らはこの部屋に入れ。ここは特別に作った完全防音の部屋やから、大声で助けを呼んでもムダやで」

 若きインクルシオ対策官たちに、悪原はニヤニヤとした笑みを向ける。

 すでにスマホを没収され、外部との繋がりを断たれた高校生4人が、観念したように足を動かした──次の瞬間。

「……僕らと童子さんの交換なんて、絶対にさせない!!」

 グラウカ用の特殊なロープで拘束された雨瀬が、体を反転させて、悪原に体当たりした。

「バンの中でお前らの要求を聞いたぜ!! そんなことはさせてたまるか!!」

「童子さんの足枷になるくらいなら、思い切り暴れて散ってやらぁー!!」

「このまま大人しく従うと思ったら、大間違いよ!!」

 雨瀬に続いて鷹村、塩田、最上が大きく咆哮し、通路に立つ『マルム』の構成員たちに突進した。

「……意味のない抵抗を! お前ら、そいつらを押さえろ!」

 世良が苛立いらだたしく指示し、転倒した悪原の体を起こす。

 「童子班」の高校生たちは勇猛果敢に『マルム』の構成員たちに突っ込み、その際に通路の脇に積まれていた段ボールの山が崩れた。

 足元に転がった段ボールの中から複数の箱が飛び出し、双方の激しい揉み合いで潰されて、辺りにほこりが舞い上がる。

 しかし、両手が自由に使えない高校生たちは、あっという間に『マルム』の構成員たちに取り押さえられた。

「……クソっ!! 離せ!! 離せーっ!!」

 うつ伏せで床に顔を押し付けられた塩田が、悔しさを滲ませて叫ぶ。

 他の高校生3人は、肩で息をしながら、悪原と世良をめ付けた。

「……ったく。往生際の悪いガキ共や。ほんまはブチ殺してやりたいが、童子との大事な交換要員やからな。しゃーないから、ガマンしたるわ」

 そう吐き捨てると、悪原はすたすたと歩いてエレベーターに向かう。

 「童子班」の高校生たちは無理矢理に引きられ、窓のない部屋に放り込まれて、外から鍵が掛けられる音を聞いた。




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