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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:22
182/231

04・“大阪サプライズ訪問”

 1月2日。大阪府大阪市。

 午前6時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、川沿いの道を黙々と走る足を止めて息を整えた。

 年末年始の休暇で実家に帰省中の童子は、ランニングコースの脇にある階段から河川敷に降り、自動販売機でホットの缶コーヒーを購入する。

 そのまま近くのベンチに腰掛けて、朝の冷気の中でプルトップを開けた。 

 熱い液体を喉に流し込んで一息つき、ウインドブレーカーのポケットからスマホを取り出す。

 画面をタップすると、昨日に届いたメッセージが表示された。

『将也。明日、完司さんと小夏と一緒に昼メシに行かへん? できれば、その後もちょっと時間を空けて欲しいんやけど、予定はどうや?』

 メッセージの送信者──インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介の誘いに、童子は『特に予定はあらへんので、大丈夫です』と返信を送った。

 疋田は『よかったわ。ほな、明日の12時に大阪支部のエントランスに集合な』と詳細を知らせ、童子は『はい。楽しみにしてます』と返してやりとりを終えた。

(……昼メシはともかく、“その後”は何やろう? 進之介さんは任務があるから、完司さんと小夏がどっかに遊びに行きたいんかな……?)

 童子は小さく首を傾げつつ、スマホをポケットにしまいかける。

 ふと東京で過ごす「童子班」の高校生たちに「おはようさん」と挨拶を送ろうかと思ったが、すぐにまだ寝ている時間だろうと考え直し、ベンチを立って帰路についた。


 午前8時半。

 東京本部の南班に所属する新人対策官4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、それぞれにデイパックや旅行鞄を持って、大阪駅の新幹線のホームに降り立った。

「わー! やったー! とうとう、大阪に着いたぞー!」

「朝5時に起きて、6時の始発に乗ってきたからな。さっきまですげぇ眠かったけど、到着したら一気に目が覚めたぜ」

「かなり大きな駅ね。迷わずに地下鉄に乗り換えられるかしら?」

「初めて大阪に来た……。なんか、すごい……」

 私服姿の塩田、鷹村、最上、雨瀬が、周囲をキョロキョロと見回して言う。

 4人は人でごった返す大阪駅の構内を進み、案内表示を見ながら地下鉄の改札口を通って、宿泊するホテルの最寄駅に向かった。

 疋田が手配したホテルは大阪市みそら区にあり、高校生たちはチェックインに先駆けて荷物のみを受付に預けると、身軽になって街に繰り出す。

 鷹村が歩道の端に寄り、スマホで電話をかけた。

「……あ。疋田さんですか? お疲れ様です。鷹村です。先程、大阪駅に着きました。今はホテルに荷物を預けて、4人で外に出たところです」

『おー。無事に着いたか。よう大阪に来たな。今日は事前の打ち合わせ通り、昼メシに将也と完司さんと小夏を誘うとる。12時に大阪支部のエントランスに集合やから、そこにお前ら4人が現れて“大阪サプライズ訪問”の成功や。その後は、みんなでたっぷりと大阪観光をすればええで』

 電話に出た疋田が言い、スマホに耳を寄せた高校生たちが「はい! ありがとうございます!」と元気よく返す。

 任務中である疋田は「ほな、また後でな」と通話を切り、高校生4人はいそいそと輪になって、正午までの空いた時間の過ごし方を話し合った。

「とりあえず、“ミナミ”に行こーぜ! 有名な“クリコ”の看板を見てぇ!」

「まぁ、ベタな観光地だけど、まずはそこかな。童子さんが合流したら、もっと穴場のスポットを案内してもらえるだろうし」

「そうね。朝ご飯がまだだから、何か食べたいわ。関西のあっさりとした出汁だしが味わえるうどんとか、逆にこってりとしたお好み焼きとか」

「うん。新幹線の中でお弁当を食べるのを我慢したから、お腹が空いた……」

 塩田が観光用のパンフレットを片手に提案し、鷹村、最上、雨瀬が賛成する。

 大阪の一大観光エリアに向かう方針を固めた高校生たちは、意気揚々と歩き出した。

 雑多ながらもどこか温かみのある風景を眺め、地元住民らしい人同士が話す関西弁を聞きながら、地下鉄の入り口を目指して足を進める。

 その途中で、一軒のたこ焼き店から漂うソースの匂いが鼻先をくすぐり、高校生たちは思わず唾を飲み込んだ。

「……なぁ。“ミナミ”の朝メシとは別に、たこ焼き食わねぇ?」

「ああ。異論はない。そうしよう」

 塩田と鷹村が即座に合意し、雨瀬と最上がうんうんと首を縦に振る。

 ビルとビルの間に挟まれた小さなたこ焼き店は、軒先に7、8人の客が列を成しており、高校生たちは最後尾についた。

 すると、数秒と間を置かずに、別の客が後方に並ぶ。

 鷹村が「ここは人気店なんだな。きっと旨いぞ」と小声で言い、他の3人が期待の表情を浮かべた。

 その時、高校生たちの背後に立つ一人の男が、低く口を開いた。

「……お前らは、インクルシオ対策官やな。黙ったまま、向こうのバス停を見ろ」

「──っ!!!」

 ぼそりと呟いた男の言葉に、「童子班」の高校生4人が大きく目を見開く。

 たこ焼き店の前にある道路の向かい側に目をやると、シティバスのバス停に子供連れの夫婦、新聞紙を読む老人、大学生風の男女のグループ、顔にマスクを付けた3人の大柄な男が並んでいた。

「……一番後ろにおる3人は、俺の部下や。お前らが少しでも騒いだり、妙な動きをすれば、あそこに並んどる奴らを殺す。わかったら、俺の後についてこい」

 黒のダウンコートのフードを深く被った男は、たこ焼き店の列から離れる。

 高校生たちは額に汗を滲ませて、無言で男の指示に従った。

 多くの車両が行き交う道路の路肩には、白色のバンが停まっており、ダウンコートの男はスライドドアを開いて高校生たちを乗せる。

 薄暗い車内に入ると、助手席に座る人物が振り向いた。

「はは。まさか、こんな場所で、童子将也の“教え子”を見かけるとはな。新年早々、ほんまにラッキーなことやで」

「……お、お前は……!!! 確か……!!!」

 蝶ネクタイをした人物を見た高校生4人は、にわかにインクルシオ訓練生時代に勉強した反人間組織の関係者の顔を思い出して驚愕する。

 そこには、5年前まで関西エリアを恐怖におとしいれていた反人間組織『マルム』のリーダーの悪原真沙樹と、ダウンコートのフードを外した男──“関西最凶”と呼ばれたNo.2の世良傑がいた。


 大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 黒のツナギ服にインクルシオのロゴ入りのジャンパーを羽織った疋田は、大阪支部のエントランスで、腕時計にちらりと目を落とした。

「お〜い! お前ら、待たせてすまん! 遅れてしもた!」

「もー! 完司さん! 10分の遅刻ですよ!」

 昼食の約束で集まった面々の前に、「串かつ班」に所属する増元完司が駆け寄り、同班の鈴守小夏が文句を言う。

 増元は「すまん、すまん。今日は家からバイクで来たんやけど、思たより道が混んどってん」と“元ヤン”の剃り込みが入った頭髪を掻いた。

「さ! 気を取り直して行こか! 進之介、店はどこや?」

 焦茶こげちゃ色のライダーズジャケットを着た増元が声をあげ、すみれ色のダウンジャケット姿の鈴守が「将也さんとランチなんて、ほんまに嬉しいです!」とはしゃぐ。

「……ええと。そのー。すんませんが、もう少し……」

 疋田が困ったようにもごもごと言うと、虎の刺繍が入ったスカジャンに濃紺のジーンズを履いた童子が「進之介さん。どないしました?」と訊ねた。

 不意に、4人の周りにスマホの電子音が響く。

 疋田が「俺や」と言ってジャンパーのポケットに手を入れ、スマホの通話ボタンを押した。

『進之介!! 今どこにおる!? すぐに、支部長室に来てくれ!!』

「……小鳥支部長!? 何かあったんですか!?」

 通話が繋がった途端、大阪支部の支部長である小鳥大徳が大声で言い、疋田はただならぬ事態を察した。

『ああ!! えらいことが起こった!! 将也の“教え子”たち……東京本部の南班の新人対策官4人が、『マルム』に拉致されたんや!!』

 小鳥が叫ぶように告げ、疋田が目をみはる。

 その緊迫に満ちた声は、疋田の側に立つ童子の耳にも届いていた。




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