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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:22
180/231

02・大晦日の帰省

 12月31日。大阪府大阪市。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、人々が街を忙しなく行き交う大晦日、約9ヶ月振りに地元の大阪に帰省した。

 童子の実家は大阪市の北東にあり、「童子サイクル」という自転車販売・修理の店を営んでいる。

 家族構成は祖父母と高校1年生の妹で、両親は童子が7歳の時に交通事故で他界していた。

 二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンにジーンズ姿の童子は、小さめの旅行鞄を肩に掛け、東京土産が入った紙袋を手に下げて、久しぶりの実家を訪れた。

 帰省を心待ちにしていた3人が笑顔で出迎え、童子は反人間組織を相手にした戦いの日々の中で、しばらく忘れていた家族の温もりを思い出した。

 家族水入らずの昼食を終えた後、童子は「大阪支部に挨拶に行ってくるわ」と告げて、「童子サイクル」の脇にある門扉もんぴから外に出た。

 大通りでタクシーを拾い、大阪市白群びゃくぐん区に向かう。

 東京とは違う大阪の景色をウインドーから眺め、片側3車線の道路の路肩に停まったタクシーを降りると、童子は“古巣”の建物の前に立った。

 ──インクルシオ大阪支部は、東京本部に次ぐ規模となる160人の対策官が在籍し、「たこ焼き班」「串かつ班」「いか焼き班」「肉吸にくすい班」の4班を置いている。

 班ごとのチーフ職はおらず、支部長である小鳥大徳ことりだいとくが組織の統括を一手に担っているが、その代わりに「班長」「副班長」として選任された各班の対策官2名が、捜査状況の取りまとめ・報告業務を行っていた。

 童子は大阪支部の見慣れたエントランスに足を踏み入れ、エレベーターで5階に上がり、通路を進んで支部長室のドアをノックした。

「将也! よう来たな! さぁ、中に入れや!」

「小鳥支部長。ご無沙汰しています。これ、東京の土産です」

 訪問の連絡を事前に受けていた小鳥が招き入れ、童子は東京駅で購入した銘菓『東京BANANA』を差し出す。

 つやのあるスキンヘッドにライオンがプリントされたシャツを着た小鳥は、「おお。これ、好物やねん。ありがとうな」と喜んで受け取り、てきぱきとした手つきで二人分のコーヒーを淹れた。

「ご家族には、もううたんか?」

「はい。祖父母も妹も、変わりのない様子で安心しました」

 執務机の前のソファセットに腰を下ろした小鳥が訊き、向かいに座る童子が答える。

 小鳥は「そうか。それはよかったわ」と微笑み、淹れたてのコーヒーを啜った。

「俺も、将也の顔を見るんは久々やから嬉しいわ。電話は何度もかけとるけどな」

 そう言って、小鳥は土産の菓子を一つ頬張る。

 小鳥は童子が“期限付きの異動”を終了して大阪支部に復帰した際に、スムースに任務に取り組めるよう、関西エリアの反人間組織の情報を逐一伝えていた。

 童子は香りのいいコーヒーを飲み、「小鳥支部長のおかげで、こっちの反人間組織の詳しい動向を把握することができています」と礼を言う。

 小鳥は二つ目の菓子を平らげて、不意に目を開いた。

「そうや。ちょうど、反人間組織の最新情報があんねん。ほら、5年前、将也が新人対策官ん時に突入した反人間組織『マルム』やけどな。最近、リーダーの悪原真沙樹とNo.2の世良傑が目撃されたんや」

「……! それは、何処ですか?」

「大阪市みそら区や。一般人から目撃情報が入ったんやけど、目撃現場周辺の防犯カメラを調べたところ、確かに人混みに紛れる二人の姿が映っとった」

「……5年前の突入で、『マルム』は手足となる構成員を全員失いました。あの場から辛うじて逃走した悪原と世良が現れたということは、地下に潜っていた5年間で新たな構成員を集め、活動を再開したんかもしれません」

 童子が険しい表情で推察し、小鳥が「おそらく、そうやろな」と同意する。

「みそら区は「串かつ班」の管轄や。悪原たちが本格的に動き出す前に、奴らの拠点を突き止めて、今度こそ『マルム』を完全に壊滅せなあかん。……ところで」

 小鳥はコーヒーカップをテーブルに置くと、支部長室のドアに目を向けた。

「お前ら。さっきからドアが不自然に揺れとんで。そんな所にへばりついとらんと、ええから中に入って来いや」

「ああ〜! 小鳥支部長、すみません〜! ほな、お邪魔します〜!」

 小鳥が声をかけた途端、ドアが大きく開き、黒のツナギ服を着た二人の対策官──「串かつ班」に所属する増元完司ますもとかんじと、同班の新人対策官の鈴守小夏すずもりこなつが入室する。

 童子が「完司さん。小夏」と振り向いて立ち上がり、二人が駆け寄った。

「将也ぁ〜! よう大阪に帰って来たな! 俺、明日の元日から3日まで休暇やから、お前がこっちにおる間にメシでも行こうや!」

「将也さん! お久しぶりです! 私も明日から5日まで休暇をいただいているんで、よかったらご飯をご一緒させて下さい!」

 増元と鈴守の賑やかな誘いに、童子は「ええ。是非」と笑みを浮かべる。

 二人は「やったー!」と無邪気にはしゃぎ、支部長室でしばし雑談を交わした後、担当エリアの巡回任務に出かけていった。


 午後10時半。大阪府大阪市至極しごく区。

 繁華街の路地裏に佇む一軒のおでん屋で、杉の一枚板のカウンター席に座った童子は、右隣の椅子を引いた人物に顔を向けた。

「進之介さん。お疲れ様です」

「おう。やっと、今日の任務が終わったわ。……あ。オッチャン。とりあえず、大根と白滝と牛すじと厚揚げで。あと、こいつと同じ日本酒の冷やを頼んます」

 鼻にそばかすを散らした柔和な容貌の人物──大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介が、目の前のおでん鍋を覗いて注文し、カウンター内の店主が「はいよ」と返事をする。

 まもなく湯気の立つおでんと日本酒がカウンターに置かれ、童子と疋田は互いのお猪口ちょこを持ち上げて乾杯した。

「……ほんで、お前から来たメッセージを見たけど、3日まで休暇なんやて? ええなぁ。俺は正月休みはナシやわ」

「はい。大貫チーフのご厚意で、4日間の休暇をもらいました。ほんまは、こうして呑気のんきに休んどる状況やないんですが……」

 童子が目を伏せて言うと、疋田が「ああ。クリスマスに東京で起こった反人間組織『キルクルス』の事件か。捜査は難航しとるようやな」と反応する。

「まぁ、あっちには元インクルシオNo.1の鳴神冬真なるかみとうまがおるんや。そう簡単にはいかへんやろう。あまり気を揉み過ぎるんも良うないし、4日間くらいは任務を忘れて、お前は心身を休ませることに専念しぃや」

 疋田が優しくさとすように言い、童子は「はい」と素直にうなずいた。

 出汁だしの染みた大根を食べて、疋田は何気のない口調で切り出す。

「年が明けたら、あっという間に冬が過ぎて春が来る。3月末には、いよいよお前の“期限付きの異動”も終わりや。あの高校生4人と別れるんは、寂しいやろ?」

「…………」

 疋田が向けた話題に、童子はがんもどきに伸ばした箸を止めた。

 二人の間に短い沈黙が降り、童子が静かに口を開く。

「……ええ。寂しいです」

「うん。わかるわ。あいつらは任務にひたむきやし、それぞれに違った性格で可愛げがある。以前にこっそりと言うたけど、つい情が深くなるんも無理はあらへん」

 疋田は徳利とっくりを持ち、童子と自分のお猪口ちょこに酒を注いだ。

 童子は「ありがとうございます」と頭を下げ、言葉を続ける。

「……俺は、あいつらを『一人前の対策官』にすると約束しました。俺の持っている戦闘技術と捜査手法の全てを教えて、多くの人を守れる対策官にしてやりたい。それさえ叶えられれば、たとえ別れが寂しくとも本望です」

 童子は再び箸を動かして、がんもどきを口に入れた。

 疋田は前を向いたまま、黙って酒を飲む。

 やがて、有線放送が小さく流れる店内で、しんみりとした空気を打ち破るように疋田が言った。

「……ま! 元気出せや! 近いうちに、きっとええことがあるから!」

 急に明るい声を出し、背中をバシンと叩いた疋田に、童子は「……? はい」とやや戸惑った顔で返す。

 童子の教え子である「童子班」の高校生4人の“大阪サプライズ訪問”を知っている疋田は、「さぁ、まだまだ飲み食いするで! オッチャーン、すんませーん!」と手を上げて、追加の注文をした。




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