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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:03
18/231

04・接触

「雨瀬。こないだの友達とは、連絡を取ってるの?」

 午後4時を少し回った時刻。

 東京都ゆるし区の路上で、最上七葉が雨瀬眞白に顔を向けた。

 二人はインクルシオの黒のツナギ服に身を包み、夕方の街を歩いている。

 この日、行方不明となった阿諏訪灰根の捜索は3日目となっていた。

 同じ「童子班」の鷹村哲と塩田渉は、特別対策官の童子将也と共に別の地区を捜索している。

 雨瀬は足元に視線を落として言った。

「……それが、メッセージを送っても返信が来なくて……」

「そうなの? 何かあったのかしら?」

 首を傾げた最上に、雨瀬は「わからない」と小さく首を振る。

 先日、小学校時代の同級生である吉窪由人に再会した雨瀬と鷹村は、何度かスマホでメッセージを送っていた。

 しかし、吉窪からの返信はなく、電話をかけても応答はなかった。

「たまたま忙しいのかも。少し時間を置いて、また連絡してみたら?」

「……うん」

 最上の言葉に雨瀬がうなずくと、二人のスマホが同時に鳴った。

 スマホに着信したのは童子からのメッセージで、現況の確認と、この後の合流場所についての指示が書かれていた。

 最上が「返信しておくわね」とスマホをタップする。

 雨瀬は「うん」と返事をして、周囲の景色を見渡した。

 30メートルほど離れた場所に建つ、大手のコンビニエンスストアが目に入る。

 雨瀬が何気なく眺めていると、店の自動ドアが開き、大荷物を抱えた吉窪が出てきた。

「!」

 雨瀬は目を見開き、最上に「よっちゃんだ」と告げてすぐさま地面を蹴った。

「──よっちゃん!」

 歩道のガードレールを飛び越えた雨瀬が呼び止める。

 吉窪はびくりと肩を震わせ、その拍子に抱えていたビニール袋から数個のカップラーメンが転がり落ちた。

 慌てて腰をかがめた吉窪の目の前に、雨瀬が立つ。

「……お、おう! 眞白!」

 吉窪は雨瀬と目を合わせずに、足元に落ちたカップラーメンを拾い集めた。

 雨瀬はアスファルトに片膝をつき、吉窪を手伝いながら言う。

「よっちゃん。あれから、哲と何度か連絡したんだけど……」

「ああ! ゴメンな! 今は仕事が忙しい時期で、ちょっと時間がないんだ!」

 雨瀬は大声で返した吉窪を見た。吉窪はずっと地面を見ていた。

「……よっちゃん。もし、何か……」

 その様子をいぶかしんだ雨瀬が口を開いた時、吉窪のアロハシャツの胸ポケットから一本の折り畳みナイフが滑り落ちた。

 吉窪は目にも留まらぬ速さでそれをひっ掴み、雨瀬が手にしたカップラーメンを奪い取って「ありがとな!」と立ち上がる。

 そして、吉窪は街の雑踏の中に走っていった。

「──…………」

 雨瀬はその場から動けずにいた。

 一瞬だけ目に映った文字を、頭の中で反芻する。

 吉窪が落としたナイフには、確かに、『コルニクス』の組織名が刻まれていた。


 午後7時。東京都ゆるし区。

 反人間組織『コルニクス』のリーダーの烏野瑛士は、製粉工場の事務室にいた。

 焦茶色のソファに腰を掛け、ノートパソコンを立ち上げる。

 烏野の向かいには、短髪を赤色に染めた“右腕”の糸賀塁がいた。

 筋肉質な体躯の糸賀は、白のタンクトップに黒革のパンツ姿で、缶コーヒーのプルトップを開ける。

 烏野はノートパソコンに目を落としたまま言った。

「塁。“外回り”の奴らが言ってたが、こっちに童子将也がいるらしいな」

 烏野の言葉に、糸賀の眉がピクリと上がる。

「……え? 童子って、インクルシオの? あいつ大阪じゃなかったっけ?」

「どうやら、東京に異動してきたようだ。童子がこの辺を巡回してる姿を何人かが見てる。それに、噂で聞いたが『アダマス』の剛木弐太ごうきにた剛木三太ごうきさんた、“人喰い”鏑木良悟かぶらぎりょうごは、童子が殺ったらしいぞ」

 細い指でノートパソコンを操作しながら烏野が言う。

 糸賀は「……ハッ」と笑って、缶コーヒーをテーブルに置いた。

「上等じゃねぇの。インクルシオNo.1だか知らねぇが、所詮は“人間”だ。童子なんざ、俺がこの手でブチ殺してやるよ」

「こちらから交戦する気はないが、いざという時は頼むぞ。塁」

 烏野が切れ長の目で糸賀を見やる。

 糸賀は尖った犬歯を剥き出しにして、「任せとけ」と請け負った。

 そんな烏野と糸賀のやりとりを、吉窪は感情のこもらない目で見ていた。

 事務室には常に10人ほどの構成員がおり、吉窪はその中で雑用をこなしている。

 ふと、ジーンズの尻ポケットに入れたスマホが振動した。

 吉窪はスマホを取り出し、画面をタップする。

 そこに届いていたのは、鷹村からのメッセージだった。

 メッセージには、『友達として話がしたい』と短く書かれていた。


 午後11時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部から300メートルほど離れた場所にある『月白げっぱく噴水公園』で、雨瀬と鷹村は身じろぎもせずに佇んでいた。

 そこにジャリ、という音が響き、アロハシャツを着た吉窪が現れた。

 辺りにひと気のない噴水広場の前で、旧友同士の3人が向かい合う。

 Tシャツに濃紺のジーンズを履いた鷹村が、吉窪に言った。

「よっちゃん。今すぐに、『コルニクス』から抜けろ」

「…………」

「人身売買を生業なりわいとする反人間組織に入って、自分が何をしてるのかわかってんのか?」

「……わかってる」

「わかってない。反人間組織の犯罪に加担したらどうなるか、よっちゃんは全然理解してない。インクルシオは警察とは違う。このまま反人間組織にいたら、よっちゃんの身がただじゃ済まない」

「ちゃんとわかってる。だから、もう俺のことは放っておいてくれ。お前らにも、立場ってもんがあるだろ」

「──ふざけんなっ!!!」

 鷹村が激昂して怒鳴り、吉窪に詰め寄った。

 吉窪のアロハシャツの襟元を両手で掴んで揺さぶる。

「いいか!? インクルシオ対策官は反人間組織のグラウカを殺すことが出来る! 少しでも抵抗したり攻撃してきたら、問答無用で殺せる権利があるんだ! インクルシオと敵対したら、よっちゃんは殺されるかもしれないんだぞ! それでもいいのかよ!」

 手に力を込めて必死に訴える鷹村に、吉窪は「いいんだ」と力なく笑った。

 鷹村は「何で……!」と悲痛な表情を浮かべる。

「よっちゃん」

 それまで黙っていた雨瀬が口を開いた。

 鷹村は掴んだアロハシャツから手を離し、吉窪は雨瀬を見た。

「どうして、反人間組織に入ったの?」

 雨瀬の質問に、吉窪の肩が微かに揺れる。

「ここで決別したら、僕たちは敵対するしかない。だったらせめて、よっちゃんが『コルニクス』に入った理由を知りたい」

 雨瀬はまっすぐな眼差しで吉窪を見つめた。

 その瞳には、インクルシオ対策官としての覚悟が滲んでいた。

 吉窪は目を伏せて、深いため息を吐く。

 3人の間にしばらくの沈黙が降り、やがて、吉窪はぽつりと言った。

「俺は『コルニクス』に売られたんだ。……自分の母親にな」

「──!!!」

 雨瀬と鷹村は驚愕に目をみはった。

 鷹村が「どうして……」と掠れた声を出し、吉窪は肩をすくめて笑う。

「さぁな。ホストに入れあげて金が必要になったからじゃないか? 俺が売られたのは小5ん時だから、オトナの詳しい事情は知らないな。とにかく、俺は『コルニクス』に売られた。そんで、たまたま“グラウカ”だったから、組織の雑用係になった。それだけだ」

「……よっちゃ……」

 雨瀬と鷹村の弱々しい呼びかけを、吉窪は鋭い声音でさえぎった。

「もういいだろ。これ以上話すことはないよ。それと、俺は『コルニクス』を抜けるつもりはない。犯罪に手を染めているのは十分承知の上だ。それでも、俺はあそこで生きていくしかない」

「──………………」

 そう言って、吉窪は雨瀬と鷹村に背を向けた。

 スニーカーを履いた足を踏み出し、夜の公園を去っていく。

 鷹村は唇を噛み、雨瀬はうつむいた。

 二人は、闇に消えていく吉窪を呼び止めることができなかった。

 

 ──吉窪が去ってから5分後。鷹村のスマホが鳴った。

 鷹村はジーンズの尻ポケットからスマホを取り出し、通話ボタンをタップする。

 雨瀬にも聞こえるように、スピーカー状態にした。

「……はい」

『辛い役目をさせてもうたな』

 電話をかけてきた童子が、二人の心情をおもんぱかるように言った。

 雨瀬と鷹村は「……いえ」と小さく返事をする。

『作戦開始や。すぐにそっちに行く』

 童子が告げ、電話の向こうで複数の人間が動き出す音が聞こえた。

「はい。待ってます」

 雨瀬と鷹村はうなずくと、しっかりとした表情を取り戻して顔を上げた。




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