01・休暇とサプライズ
──5年前。
大阪府大阪市白群区に拠点を置くインクルシオ大阪支部は、反人間組織『マルム』の決起集会の情報を掴み、即座に突入チームを組んで現地に派遣した。
決起集会の開催場所が「たこ焼き班」の管轄内であったことから、同班に所属する新人対策官の童子将也が、類まれなる実力の高さを見込まれて突入チームの一員に抜擢された。
また、「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介が、応援として『マルム』の突入作戦に召集された。
当時、構成員55人を擁していた『マルム』は、関西でも屈指の凶暴・凶悪な反人間組織として恐れられ、一般の人々の平和な暮らしを脅かしていた。
決起集会が行われた大阪市内の鉄スクラップ加工工場では、リーダーの悪原真沙樹と、No.2の世良傑が、構成員たちの前で“人間の徹底的な排除”、“関西エリアの完全支配”の野望を声高に叫んだ。
工場内のボルテージが最高潮に達した頃、突如として25人のインクルシオ対策官が突入し、辺りに大きな怒号が轟いた。
間髪入れずに双方入り乱れての交戦が始まり、工場を走り出て隣接する事務棟の屋内に入った世良は、後を追ってきた疋田と一騎討ちとなった。
しかし、特別対策官に任命されて2年目の疋田に、世良は全く歯が立たず、頭部への致命傷を避けて後退する一方であった。
「おいおい。そないに逃げ回んなや。アンタの“関西最凶”の名が泣くで? それとも、それはただの自称なんか?」
「……っ!!」
疋田のブレードの攻撃を受け、筋肉質な体躯のあちこちから白い蒸気を上げた世良は、金縁メガネの奥の双眸を吊り上げる。
すると、二人のいる事務室に10人ほどの構成員が「世良さん!」となだれ込み、それを見た世良は、咄嗟に背後の窓を割って外に転がり出た。
「……お前ら!! そいつを殺せ!! 絶対に生きて帰すなや!!」
そう怒鳴って、世良は目についた軽トラックに乗り込み、乱戦に紛れて逃げてきた悪原を拾ってアクセルを踏み込んだ。
それからまもなく、悪原と世良を除く構成員は全滅し、『マルム』はほぼ壊滅状態に追い込まれた。
12月下旬。東京都許区。
『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、年の瀬が迫った寒空の日、年内最後となる巡回任務に赴いた。
クリスマスに現れた反人間組織『キルクルス』の捜査が東京本部全体で続く中、「童子班」の面々は年末年始に予定されていた休暇の返上を申し出たが、南班チーフの大貫武士はこれを優しく退けた。
かくして、12月31日から1月3日まで休暇となった5人は、普段のように二組に分かれ、師走の街を入念に見回った。
「わわ〜っ! お二人共、やめて下さいっス〜! 冷静に、冷静に〜!」
「お、落ち着いて下さい……! 無闇に暴れると、怪我をします……!」
黒のツナギ服を纏った塩田渉と、雨瀬眞白は、繁華街の路上で取っ組み合っているサラリーマン同士を見かけて駆け寄った。
二人はそれぞれの体を掴んで引き離し、その際に、片方の男性の肘が雨瀬のこめかみに当たって小さな傷が付いた。
「雨瀬! 大丈夫か!? ……うわっ! 間違えて俺に殴りかからないで〜!」
塩田が興奮状態の男性を押さえつつ声をかけ、雨瀬は「大丈夫」と返事をして、瞬く間に治った傷口をさりげなく隠す。
その時、別のエリアを巡回していた特別対策官の童子将也、鷹村哲、最上七葉がやってきて、酒席での些細な口論から大きな喧嘩に発展したという男たちの対処に加わった。
酔客の騒動を漸く収めた後、繁華街の近くにあるコインパーキングに戻った「童子班」の5人は、黒のジープの車内で一息ついた。
「……はぁ〜! 今年最後の任務が酔っ払いの相手とは、まいったぜ〜!」
「はは。飲み屋が多い繁華街では、よくあることだ。仕方がない」
後部座席に座った塩田が大仰に文句を言い、鷹村が苦笑する。
一列前の座席で武器を外した最上が振り向いた。
「だけど、これで年内の任務が終わったかと思うと、何だか寂しい気がするわね」
「うん。今年は、時間が過ぎるのが本当に早かった……。南班に配属された4月から今日まで、色々なことを経験したけど、全てが対策官としての糧になったと思う……」
最上の隣の雨瀬がしみじみと振り返り、他の高校生3人がうなずく。
運転席でハンドルを握った童子が、バックミラー越しに言った。
「いよいよ、明日から4日間の休暇やな。年越しと正月は、お前らはどう過ごすんや?」
「あ。俺と眞白は、帰省先がないのでずっと寮にいる予定です。多分、ゲームをしたりテレビを観たりして、ダラダラと過ごすと思います」
鷹村が答え、雨瀬が「あとは、どこかに初詣とか……」と付け足す。
塩田が「はいは〜い!」と元気よく手を上げた。
「俺は、鷹村と雨瀬と一緒に寮に残ることにしたっス! 実家は仙台なんスけど、別に正月だからって帰省しなくても大丈夫なんで!」
塩田の宣言に、鷹村が「本当に、大丈夫なのか?」と心配げに訊き、雨瀬が「僕らに気を遣わなくても……」と遠慮がちに言う。
塩田は「ヘーキ、ヘーキ! 俺がそうしたいだけだから!」と屈託なく笑って返した。
「私は、大晦日と元日は埼玉の実家に帰ります。その後は寮に戻って、この3人とわいわいと過ごそうかと」
最上が笑みを浮かべて回答すると、童子は前を見やったまま言った。
「そうか。俺は4日間とも大阪に帰省するつもりやったけど、お前らが寮におるなら、少し早めに東京に戻ってこよかな……」
童子の逡巡するような呟きに、高校生4人がピクリと肩を動かす。
「い、いやいや! いいですって! せっかくのまとまった休暇ですし、年末年始くらいは俺らのお守りを忘れて、童子さんは大阪でのんびりと過ごして下さい!」
塩田が腰を浮かして捲し立て、鷹村、雨瀬、最上が「そ、そうですよ!」と首を縦に振る。
童子は高校生たちの勢いに押されて、「……わかったわ。ほんなら、お前らもゆっくりと羽を伸ばすんやで」と言い、夜の街を進むジープのアクセルを緩やかに踏んだ。
2日前。
東京都月白区のインクルシオ寮で、3階にある鷹村の部屋に集まった高校生4人は、スピーカー状態にしたスマホに向かって相談を持ちかけた。
「……それで、童子さんには内緒で、1月2日と3日に大阪にサプライズ訪問をしたいと考えているんですが、迷惑じゃないでしょうか?」
『うん。ちゃんと大晦日と元日は外す配慮をしとるし、ええと思うで?』
高校生たちの通話の相手──大阪支部の疋田進之介が返し、テーブルを囲んだ4人がホッと安堵する。
疋田は童子の“期限付きの異動”を知っており、鷹村はそっと本音を漏らした。
「……疋田さん。急にこんな相談をして、すみません。童子さんは来年の3月末に大阪に帰ってしまうので、一つでも多くの思い出を作りたくて……」
『いや。全然かまへんで。その気持ちはようわかるしな。将也は、お前ら4人のことが好きや。せやから、今回のサプライズはきっと喜ぶで』
疋田が柔らかな声音で言い、高校生たちははにかむように微笑んだ。
『よっしゃ。ほな、こっちで宿泊するホテルは俺が手配しておくわ。俺もみんなに会えるんを楽しみにしとるから、気ぃ付けて大阪においでや』
「──はい! ありがとうございます!」
疋田の言葉に、4人は礼を言ってスマホの通話を終了する。
高校生たちは密やかに計画した“大阪サプライズ訪問”に胸を高鳴らせ、互いの顔を見やって、小さく笑い合った。




