11・執着心と余計なこと
午後5時。東京都月白区。
インクルシオ東京本部の最上階にある多目的室で臨時の幹部会議が開かれた。
毎年恒例の『インクルシオ・クリスマスバザー』が開催された12月25日、会場の『月白噴水公園』で反人間組織『ワスターレ』の構成員52人の死体が見つかり、反人間組織『キルクルス』がその犯行を仄めかした。
事件が発覚した午後3時以降、月白区を管轄とする中央班が公園内の捜査にあたり、東班、北班、南班、西班の4班がバンで逃走した『キルクルス』の行方を追った。
各班の対策官たちが慌ただしく動く中、南班に所属する新人対策官の雨瀬眞白、鷹村哲が幹部会議の場に呼び出され、二人の指導担当である特別対策官の童子将也がこれに同行した。
広々とした多目的室にコの字型に置かれた長机には、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が着席している。
それぞれに武器を装備した童子、雨瀬、鷹村の3人は、コの字の開口部にあたる位置で横一列に並び、両手を後ろに組んで立っていた。
ダークグレーのスーツを着た那智が、険しい表情で口を開く。
「まだ捜査の真っただ中だ。この場を手短に済ませる為に、早速本題に入るぞ。『キルクルス』の乙黒阿鼻は、雨瀬と鷹村にクリスマスプレゼントをする目的で、『ワスターレ』を壊滅したんだな?」
「はい。僕のスマホに電話がかかってきて、乙黒がそのような意味に取れる発言をしました」
「俺も聞きました。俺たち二人への、心を込めたクリスマスプレゼントだと」
雨瀬が小さいながらもしっかりとした声で答え、鷹村が苦々しい顔で続いた。
望月が顎を手で摩って低く言う。
「『キルクルス』と『ワスターレ』は、愛知県瀬戸市で接触した疑いがあったな。それを聞いた時は合併の交渉か何かかと思ったが、最初から潰すつもりで近付いたのか……」
「ええ。おそらく、そうでしょうね。名古屋支部の突入の寸前に、『ワスターレ』は潜伏場所から姿を消しました。今となれば、あれは『キルクルス』が裏で手引きをしたものと考えられます。それで『ワスターレ』側に友好的・協力的な姿勢を示し、警戒心を解いた上で壊滅したんでしょう」
津之江がうなずいて返し、芥澤がガリガリと頭を掻いた。
「つーかよ。そもそも、なんで『キルクルス』が名古屋支部の突入情報を知ってんだよ?」
「名古屋支部の報告書では、偵察役の対策官が敵側に見つかった可能性が高いと書かれていましたね。それが本当なら、まるで素人のようなミスですが」
路木が右手に持ったボールペンを一回転して言うと、芥澤は「ハァーッ」と荒くため息を吐いた。
(……いや。『キルクルス』は、インクルシオ内部の“内通者”から突入情報を得たに違いない。せやけど、その内通者は対策官なのか上層部の人間なのかはわからへん。混乱や疑心暗鬼を避ける為にも、まだこの話は伏せておくべきやろう)
童子はまっすぐに正面を向いたまま、内心で思考する。
“内通者の存在”を知る大貫も同様に、口を結んで静かに座していた。
那智が「ところで」と通りのいい声を挟んだ。
「これは俺の率直な感想だが……。『キルクルス』の乙黒は、雨瀬と鷹村に強い執着心を抱いているように思える。この点について、何か意見はあるか?」
「いえ。特にはありません。俺は昔から乙黒には嫌悪感を抱いていたので、もしそうであれば、迷惑としか思えません」
鷹村が不快を露にして即答し、雨瀬が「僕も同じです」と答える。
那智は「そうか」と一言返すと、室内に短い静寂が訪れた。
「……私からも、一つ訊こう。乙黒は『キルクルス』のリーダーとして、あの鳴神冬真や獅戸安悟をメンバーに従えている。彼は、それほどに強い男なのかね?」
阿諏訪が徐に質問し、鷹村が改めて背筋を伸ばした。
「いいえ。乙黒とは同じ児童養護施設で育ちましたが、決して戦闘向きのタイプではありません。奴がグラウカであることを鑑みても、戦闘能力は低い方かと」
「だったら、何故、乙黒の下に強者が集まるんだろう?」
望月が首を捻り、津之江が「戦闘よりも、戦略を練ることが得意なのかもしれませんね」と推察した。
那智が腕時計を見やり、視線を上げて言った。
「よし。この辺で会議は終了にしよう。お前たち、時間を取らせてすまなかった。引き続き、『キルクルス』の捜査を頼んだぞ」
「はい!!」
黒のツナギ服を纏った対策官3人が、大きく返事をする。
まもなく臨時の幹部会議は散会となり、関係者たちは足早に多目的室から出ていった。
午後5時を15分ほど回った時刻、南班に所属する新人対策官の塩田渉と最上七葉は、本部の1階のエントランスホールで顔を上げた。
「……あ! 3人が戻ってきた!」
「本当だわ。思っていたよりも早かったわね」
エレベーターを降りた童子が「待たせたな」と二人に歩み寄り、雨瀬と鷹村がその後に続く。
腰にブレードとサバイバルナイフを装備した塩田が、声を潜めて訊ねた。
「なんか、ヘンなこと訊かれたか?」
「いや。乙黒について、いくつか質問されただけだ。だけど、その中で、乙黒が俺と眞白に執着心があるんじゃないかって言われて、すげー気持ち悪かったけどな」
鷹村が答え、塩田が「うへぇ。それは嫌だな」と顔を歪める。
童子がツナギ服の尻ポケットから取り出したスマホを見て言った。
「今のところ、『キルクルス』の行方に関する新たな情報は入ってへんな」
「ええ。乙黒たちが乗ったバンが見つからず、各班の捜査状況は難航しています」
最上が返し、童子は「あっちには鳴神さんがおる。街中の防犯カメラを巧みに避けた逃走ルートを、事前に用意しとったんやろう」と浅く息を吐いた。
「……せやけど、このまま『キルクルス』を逃がすわけにはいかへん。全班で連携を取って、草の根を分けてでも奴らを探し出すで」
そう言って、童子はエントランスに足を向ける。
高校生たちは「はい!!」と表情を引き締めて、ジープが並ぶ駐車場に急いだ。
「……眞白」
辺りが暗くなった屋外に出ると、鷹村が隣を歩く雨瀬に声をかけた。
雨瀬が横を向き、鷹村が密やかな声で言う。
「……俺らは、反人間組織を作った阿鼻を殺さなければならない。“余計なこと”は考えずに、インクルシオ対策官としての使命を果たそう」
「……うん。わかった」
雨瀬がこくりとうなずき、鷹村は小さく付け加えた。
「……俺は、これからもずっとお前の側にいる。二人で対処すれば、どんな問題や苦境にだって立ち向かえる。だから、今は何も心配するな」
「……うん……。ありがとう……哲……」
鷹村の真摯な言葉に、雨瀬は癖のついた白髪を揺らして礼を言う。
身を震わす寒風が吹く中、二人はワークブーツでアスファルトを踏み締め、力強く前に進んだ。
午後8時。東京都不言区。
閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、生クリームたっぷりのクリスマスケーキに舌鼓を打った。
「うん! すごく美味しい! ありがとう、遊ノ木さん!」
「いえいえ。せっかくのクリスマスだし、『ワスターレ』の壊滅で頑張った乙黒君たちに差し入れをと思ってね。だけど、みんなはもう帰っちゃったかぁ〜」
紺色のチェスターコートを着た遊ノ木秀臣が残念そうに言うと、乙黒が「今日は早朝から動き回ったからね。早めに解散したよ」と笑った。
遊ノ木はノンアルコールのシャンパンを紙コップに注いで、ふと言った。
「そう言えばさ、昨日開催したうちのサイトのオフ会に、雨瀬君が来たよ」
「えっ? 眞白が? 何で?」
「いや、俺も驚いたんだけどさ。雨瀬君はグラウカの“特異体”に興味があるって言ってたよ。だから、つい色々な“真実”を彼に教えちゃった」
乙黒が目を丸くして驚き、遊ノ木がいたずらっぽく笑って返す。
「……へぇ。眞白が、“特異体”に興味ねぇ……」
乙黒は目を細めて呟くと、ケーキの上に乗ったサンタクロースの人形を、手にしたフォークでグサリと突き刺した。
<STORY:21 END>




