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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
177/231

10・『インクルシオ・クリスマスバザー』

 12月25日。東京都月白げっぱく区。

 小さな水音が響く『月白げっぱく噴水公園』で、毎年恒例の『インクルシオ・クリスマスバザー』が開催された。

 グラウカ支援施設を始めとする福祉施設・団体への寄付を目的としたバザーは、午前10時から午後3時まで行われ、近隣や遠方から多くの人が買い物に訪れる。

 今年はインクルシオ東京本部に所属する70名の対策官が参加し、公園の中央広場に設置した長机で、各々の私物や手作り品を販売した。

「あ! あそこ、焼きそばの屋台があるじゃん! その隣にはクレープも!」

「あら。本当だわ。そう言えば、総務部からのメールに、食べ物の屋台も出るって書いてあったわね」

 南班に所属する「童子班」の塩田渉が声をあげ、最上七葉が会場の一角を見やって返す。

 鷹村哲が「いい匂いが漂ってきて、腹が減っちまうな」と腹部をさすり、雨瀬眞白が「うん。ちょっと困る……」と眉尻を下げた。

「公園の駐車場には、キッチンカーも何台か来とるようやで。ホットドッグとかタコスがあるらしいから、昼休憩ん時にみんなで買いに行こか」

 黒のツナギ服を纏った特別対策官の童子将也が言い、高校生たちは「わ! 是非、行きたいです!」と湧き上がった。

「おーい。お前たち、出品物の売れ行きはどうだー?」

 午後1時を少し回った時刻、「童子班」の面々が並んで立つ販売スペースに、同じく南班のベテラン対策官である薮内士郎やぶうちしろうが歩み寄り、その後ろから城野高之しろのたかゆきが「よっ」と顔を出した。

「今のところ順調です。俺の筋トレグッズも半分以上が売れました。童子さんのスカジャンなんか、バザー開始1分で瞬殺でしたよ」

 鷹村が返答し、薮内が「おお。さすがインクルシオNo.1だな」と驚く。

 城野が「俺は自作の詩を色紙に書いたんだけど、1枚も売れないよ〜」と自虐的に笑い、塩田が「……っ! 俺も、得意のポエムや俳句を出品すればよかった!」とハッと顔を上げた。

 南班の対策官たちが和やかに話をしていると、ブラウンのステンカラーコートにウールのハットを被った人物が近付いた。

「君たち。クリスマスバザーの参加、ご苦労様」

「阿諏訪総長! お疲れ様です!」

 重厚な声音の人物──インクルシオ総長の阿諏訪征一郎が笑みを向け、対策官たちが背筋を伸ばして挨拶をする。

 阿諏訪の背後には、オフホワイトのダッフルコートを着た阿諏訪灰根がおり、物静かな表情で佇んでいた。

「総長。お嬢さんとご一緒だったんですか。何か買われたんですか?」

 薮内が灰根に目をやって訊き、阿諏訪が手にした紙袋を持ち上げる。

「ああ。灰根には手作り品の手袋と髪留めを。私は骨董品の花器や絶版となった書籍を買わせてもらったよ。もうそろそろ自宅に帰るが、いい買い物ができた」

 そう言って、阿諏訪は満足げに目を細め、童子のたこ焼き用のソースと最上の手編みの巾着を購入して、「それじゃあ」とその場を立ち去った。

 ほどなくして、『月白げっぱく噴水公園』を後にした阿諏訪と灰根は、大通り沿いの歩道からタクシーに乗車した。

 後部座席に座り、凪いだ瞳で外を見ていた灰根が、不意に肩を揺らした。

 片側二車線の道路の反対側を、一台の大型トレーラーが通り過ぎて行く。

「………………」

 灰根はエンジン音を轟かせる車両をゆっくりと目で追い、桜色の唇をわずかに震わせた。


 午後3時。

 晴天の下で行われた『インクルシオ・クリスマスバザー』は、客足が途絶えることなく、盛況のうちに終了となった。

 総務部の職員と出品者の対策官たちが、手分けをして撤収作業を開始する。

「いやー! よかった、よかった! 実家から持ってきた戦国時代の鎧兜よろいかぶとが高値で売れたぞ! これで少しは寄付金の足しになっただろう!」

 北班に所属する特別対策官の時任直輝が豪快に笑い、同じく北班の市来匡が「あれ、すごく立派でしたものね。僕も私物がほとんど売れてよかったですよ」とパイプ椅子を折り畳んで返した。

「藤丸君。湯本君。二人はどうだった?」

 東班に所属する特別対策官の芦花詩織が微笑んで訊ねると、同じく東班の藤丸遼が「出品したスニーカーは、全部売れました」とやや目を逸らして答え、湯本広大が「俺もほぼ完売です。また来年用にアニメグッズを収集しなくちゃ」と笑った。

「あー! 何とか無事に終わったな! すげー楽しかった!」

「そうね。私が作った小物を、多くのお客さんが買ってくれて嬉しかったわ」

「……僕はTシャツは売れたけど、接客がぎこちなかったから、そこは反省だ」

「俺らは非番だから、この後は寮で休めるな。童子さんは、どうですか?」

 塩田、最上、雨瀬、鷹村がゴミ袋を持って口々に言い、童子が顔を向ける。

「俺はすぐに捜査に出るわ。そんで、夜間は巡回任務や」

「ええ〜。少しくらいは、休んだ方がいいんじゃないっスか〜?」

 童子の返答に、塩田が心配そうな声を漏らし、他の3人がこくこくとうなずく。

 その時、中央広場を囲む植樹の影から、一人の男性が走ってきた。

「イ、インクルシオ対策官のみなさん!! た、大変です……っ!!」

 バンダナにエプロン姿の男性を見て、鷹村が「あの人、確か、タコスのキッチンカーの……」と怪訝けげんに眉を寄せる。

 近くにいた時任が「どうしました!?」と走り寄ると、男性は青い顔で叫んだ。

「こ、公園の駐車場に、昼過ぎから大きなトレーラーが停まっていて……! さっき、そのトレーラーの側を通ったら、リヤドアの下から、血が……!」


 『月白げっぱく噴水公園』の西側に位置する駐車場は、にわかに騒然となった。

 無人の大型トレーラーは、車体のウィングサイドパネルが大きく開かれ、その内部を見た対策官たちが驚愕に目をみはった。

「……これは、反人間組織『ワスターレ』の構成員たちね」

「ええ。リーダーの八木終太郎とNo.2の田久保豪を始め、おそらく構成員全員の亡骸がありますね」

 トレーラーの床板に無造作に積まれた死体を見やって、芦花と時任が言う。

「このトレーラーは、愛知県瀬戸市の防犯カメラに映っとった車両や」

 童子が低い声で指摘すると、後方に立つ雨瀬のスマホが鳴った。

 雨瀬は非通知の表示を見て、胸騒ぎを感じつつ画面をタップする。

『眞白! 哲! メリークリスマス!』

「……っ!!!」

 受話口から聞こえた明るい声は、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻のもので、雨瀬の隣にいた鷹村が咄嗟とっさにスマホを奪い取った。

「阿鼻!!! てめぇ!!! 一体、何をしやがった!!!」

『うわ。いきなり怒鳴らないでよ、哲。インクルシオで頑張っている二人に、僕からの心を込めたクリスマスプレゼントだよ。だから、もっと喜んで欲しいな』

 乙黒の言葉に、鷹村は「ふざけたことを……!!!」と目を剥く。

『まぁまぁ。それより、ちょっと遠目だけど大通りの方を見てよ』

 乙黒がなだめるように言い、雨瀬と鷹村が植樹の向こうの大通りを見ると、路肩に駐車した黒色のバンが目に入った。

 開いたサンルーフから、サンタクロースの衣装を着た乙黒が手を振る。

 バンの運転席には『キルクルス』のメンバーの獅戸安悟、助手席には元インクルシオNo.1の特別対策官の鳴神冬真の姿があった。

「……キ、『キルクルス』だっ!!! 確保しろっ!!!」

 3人に気付いた対策官たちが一斉に駆け出す中、童子と鳴神の視線が合う。

 バンはタイヤを空転させて急発進し、乙黒は『じゃあねー!』と告げて通話を切った。

「巡回中の全対策官に緊急連絡を入れろ!! バンの特徴を伝えて、ジープで追わせるんだ!!」

 時任が大声で指示を出し、市来が「はい!」とスマホを取り出した。

 童子は遠ざかるバンを険しい眼差しで見やり、拳をきつく握る。

 大通りの歩道に走り着いた雨瀬と鷹村は、激しく息を切らして、まっすぐに伸びる道路の先を睨んだ。




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