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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
176/239

09・謀りと反則技

 12月25日。埼玉県川口市。

 澄んだ青空が広がるクリスマスの早朝、黒色のマフラーを首に巻いた乙黒阿鼻は、「改装のため休業中」の注意書きが貼られたボウリング場の前に立った。

 乙黒の後方には、鳴神冬真、獅戸安悟、半井蛍、茅入姫己がおり、入り口の扉を開いて内部に足を踏み入れる。

 ひっそりとした受付カウンターを通り過ぎ、通路の奥にある事務室に行くと、乙黒は軽くノックをしてドアノブを回した。

「やぁ! メリークリスマス! よく晴れて、気持ちのいい朝だね!」

 事務机の椅子に腰掛けた人物──反人間組織『ワスターレ』のリーダーである八木終太郎が「来たか」と振り向き、No.2の田久保豪が「まだ7時だってのに、無駄に元気だな」とうるさそうに耳を掻く。

 乙黒はにこやかな顔で室内に入り、空いた椅子に座った。

「ここ、いい隠れ家だね。確か、八木リーダーの知り合いの店舗だっけ?」

「ああ。オーナーが同郷のグラウカで、裏社会に寛容な人でな」

 髪を七三に分け、喪服を思わせるブラックスーツに身を包んだ八木が、給湯室のポットで淹れたホットコーヒーを飲んで返す。

 金髪のモヒカン刈りに、ヒョウ柄のフェイクファーコートを羽織った田久保が、乙黒の背後に立つ4人を見やって訊いた。

「なぁ。『キルクルス』のメンバーは、乙黒を含めて6人じゃなかったのか?」

「うん。もう一人いるんだけど、その人は戦闘員扱いじゃないから今日は欠席なんだ。まぁ、僕ら5人でも全然大丈夫だよ。……って、僕は大した戦力にはならないけどね」

 乙黒が冗談めかして答えると、田久保は「ふぅん」と言い、八木がコーヒーカップを置いた。

「近い内に、『ワスターレ』の構成員全員で懇親会でも開こうか。乙黒、鳴神、獅戸は幹部に就任させるから、その紹介も兼ねてな」

「わ! それは楽しみだ! 是非、盛大にやろうね!」

 八木の提案に、乙黒が無邪気にはしゃぐ。

 八木は不意に声のトーンを落として、元『キルクルス』の面々に言った。

「……だが、それは今日の『インクルシオ・クリスマスバザー』の襲撃で、お前たちが“使える”と確信してからの話だ。今後、『ワスターレ』の一員として活動したいのなら、インクルシオ対策官と客共を一人でも多く殺せ」

「わかってるよ。僕らも精一杯に頑張るって。じゃあ、そろそろ、バザー襲撃の打ち合わせ……じゃなくて、貴方たちを潰すとしますか」

 乙黒が何気のない口調で宣言すると、鳴神が濃紺のジャケットの内ポケットから折り畳みナイフを取り出し、数歩前に進んだ。

 そのまま流れるような動きで、椅子に座る田久保の眉間を貫く。

「……え……?」

 田久保は気の抜けた声を漏らし、直後に天を仰いで絶命した。

 八木がガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、驚愕に目を見開いて叫んだ。

「こ、これは、一体どういうことだ!? お前たち、裏切ったのか!?」

「他の構成員は、ボウリングレーンがあるフロアにたむろしていると思う。みんな、そっちは頼んだよ」

 乙黒は八木の狼狽には取り合わず、メンバーたちに振り向いて言う。

 獅戸が「やっと、派手に暴れられるぜ」と口角を上げ、半井が「わかった」とドアに向かい、茅入が「どれだけ折れるかなー」とウキウキし、鳴神が「八木は君に任せるよ」と言い残して事務室を出ていった。

 乙黒はくるりと前に向き直り、青白い容貌をゆがめて微笑んだ。

「さて。ほんの短い間でしたが、お世話になりました。八木リーダー」


 八木は事務室を走り出て、通路の右手にある大きな扉を開いた。

 ボウリングレーンが並ぶ広々としたフロアは、空間全体を覆うように白い蒸気が立ち込めており、フローリングの床は血の海に染まっていた。

「……ば、馬鹿な……!! うちの50人の構成員が全滅だと……!?」

「あー。八木さん。『ワスターレ』は武闘派揃いって聞いてたから期待したけど、そうでもなかったぜ。もうちょっと、歯応えが欲しかったな」

 八木の姿に気付いた獅戸が、腰に手を当てて息をつく。

 八木はしばし呆然としていたが、わなわなと肩を震わせ、ナイフを握った手に力を込めた。

「……お前たち、よくも『ワスターレ』をたばかりやがって……!! この俺が、一人残らずブチ殺してやる……!!」

 ギリギリと歯噛みをした八木が、臨戦態勢でナイフを構える。

 その時、八木の後頭部に冷たい“何か”が侵入し、ぷつりと意識が途切れた。

 ブラックスーツを纏った体が、血みどろの床に崩れ落ち、横を向いた顔が急速に生気を失う。

「いや〜。リーダー同士の対決で張り切ったんだけど、やっぱり“先に”殺されちゃったよ。まぁ、こうして逆転するから問題ないけどね」

 倒れた八木の影から、血の付いたナイフを払った乙黒が現れた。

 茅入が「そんな手が使えるのは、“特異体”の阿鼻君だけだよ」と笑い、獅戸が「マジで反則技だよな」としみじみと言う。

 乙黒はフロアに沈んだ『ワスターレ』の構成員たちの亡骸を見渡して、満足げな笑みを浮かべた。

「よし。これで、クリスマスプレゼントの準備完了だ。きっと、あの二人も喜んでくれるよ」


 午前7時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の隣に立つインクルシオ寮の食堂で、南班に所属する「童子班」の高校生4人は、ビュッフェ形式の朝食を取っていた。

 半熟の目玉焼きを乗せたトーストを、塩田渉が大口を開けて齧る。

「いよいよ、今日は『インクルシオ・クリスマスバザー』だな。俺らにとっては初めてのイベントだから、すげーワクワクするな」

「ええ。この日の為に一生懸命に小物を作ったから、お客さんに買ってもらえると嬉しいわ。それと、他の対策官の出品物を見るのも楽しみね」

 最上七葉が温野菜サラダを食べて言い、ご飯茶碗を持った鷹村哲と雨瀬眞白が「ああ。そうだな」「うん」と静かに返事をした。

 塩田がふと顔を上げて、目の前に座る二人に言う。

「つかさ。雨瀬と鷹村、今朝は元気がなくね? どうした?」

「……え? いや、そんなことはねぇよ。強いて言えば、少し風邪っぽいかな?」

 鷹村が慌てて返し、雨瀬が「ぼ、僕も、風邪かも……」と下を向く。

 塩田が「おいおい〜。君たちぃ〜。大貫チーフが風邪やインフルエンザには気を付けろって言ってただろ〜」と大仰に呆れ、最上が「二人共、大丈夫? 熱はある?」と心配そうに訊ねた。

「熱はないから平気だ。でも、念の為に、後で風邪薬を飲んでおくよ」

 鷹村が笑顔で言い、雨瀬が「僕もそうする」と続く。

 すると、高校生たちがつどう窓際のテーブルに、トレーが置かれた。

「お前ら、おはようさん」

「童子さん! おはようございます!」

 ラフなジャージを着た特別対策官の童子将也が椅子を引いて座り、高校生4人が声を揃えて挨拶をする。

 塩田がやや驚いた表情で童子を見やった。

「童子さん、昨日は夜間シフトの巡回任務だったんスよね? 日中もずっと捜査に出てたし、てっきり、バザー開始のギリギリまで寝てると思ってましたよ」

「ああ。巡回は午前4時までやってんけど、朝メシはお前らと一緒に食いたいと思てな。そんで、何とか気合を入れて起きてきた」

 童子が味噌汁の椀を持って笑い、高校生たちが「ど、童子さん〜!」と感激の声をあげる。

 そして、「童子班」の5人はわいわいと賑やかに朝食を済ませ、午前10時から開催される『インクルシオ・クリスマスバザー』の会場に向かった。




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