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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
173/231

06・お願いと疑問

 午前1時。山梨県山中。

 真っ暗な山間にぽつりと建つドライブインで、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、自動販売機で購入したきつねうどんを啜った。

 ひと気のない店内に置かれた6人掛けのテーブルには、乙黒を真ん中に挟む形で、『キルクルス』のメンバーの鳴神冬真、獅戸安悟が座っている。

 その向かいには、反人間組織『ワスターレ』のリーダーの八木終太郎、No.2の田久保豪がいた。

 髪を七三に分け、喪服を思わせるブラックスーツを着た八木が、建物の外に駐車した大型トレーラーに目をやって言う。

「……愛知県の山奥からここまで、俺たち全員を運んでくれたことは感謝する。だが、随分と段取りが良いな」

「あー。俺もそう思うぜ。そもそも、なんで俺らの潜伏場所やインクルシオの突入がわかったんだ? お前らは、何者だぁ?」

 金髪のモヒカン刈りに、ヒョウ柄のフェイクファーコートを羽織った田久保が、警戒心を露にしてきつく睨んだ。

 乙黒はうどんの容器を置き、青白い容貌で不気味な笑顔を作った。

「ああ。そうだよね。ちゃんと説明しなきゃ、怪しまれて当然だ。えっと、まずは自己紹介から。僕は『キルクルス』という反人間組織のリーダーの乙黒阿鼻。こっちは、メンバーの鳴神冬真さんと、獅戸安悟さんだよ」

 乙黒が言うと同時に、八木が「似た誰かかと思ったが、やはり元インクルシオNo.1の特別対策官か……!」と驚き、田久保が「こっちの男も、有名な重犯罪者じゃねぇか」と低くうなって腕を組んだ。

「それと、僕らが『ワスターレ』のみなさんの潜伏場所とインクルシオの突入を知っていたのは、情報提供してくれる人が“あっち”にいるからなんだ」

「……! つまり、インクルシオ内部に内通者がいると?」

 八木が訊き、乙黒が「そうだよ」とうなずく。

 古びたドライブインに短い沈黙が降り、八木は慎重に口を開いた。

「……お前たちが俺たちに接触した理由は何だ?」

「うん。それなんだけど、僕ら『キルクルス』も『ワスターレ』と合併させてもらえたらなと思って、そのお願いです。どうかな?」

「!!」

 乙黒の軽い口調の申し出に、八木と田久保が目を見開く。

「何故だ? そっちには、すでに十分な“戦力”があると思うが……」

「いやー。実は、うちはメンバーが僕を含めて6人しかいなくてね。前から、人数が多くて強い組織に入りたいと考えていたんだ」

「俺たち『ワスターレ』と合併となれば、当然『キルクルス』の名はなくなる。お前もリーダーではなく幹部の一人という立場になるが、それでもいいのか?」

「全然、いいよ」

 八木が質問を重ね、乙黒が笑みをたたえて答えた。

 再び沈黙が訪れ、八木は「……いいだろう」と静かに了承した。

 田久保が「ああ。鳴神と獅戸、おまけに内通者までいるんだ。この話を受けない手はねぇ」と同意する。

 乙黒が「やった!」と無邪気に喜び、鳴神が涼しげな双眸を向けて言った。

「ところで、一つ訊きたいんだが、君たちは拠点のある九州から東へ移動しているね。最終的な目的地は何処なんだい?」

「……俺たちの狙いは、12月25日に東京で開催される『インクルシオ・クリスマスバザー』だ。そこで、インクルシオ対策官と客共を皆殺しにする」

「へぇー。そうだったのか。でも、そのバザーの会場には、童子将也や他の特別対策官がいるんじゃないのか?」

 八木の返答を聞いた獅戸が言うと、田久保が獰猛に口端を上げた。

「フン。そいつらを殺せないようじゃ、どの道この先はねぇ。相手が誰であろうと、俺ら『ワスターレ』が完膚なきまでにブッ潰す。……そういう意味じゃ、さっきの廃寺でインクルシオと交戦しても、俺ぁ別に構わなかったんだがな」

 田久保がやや不満げに漏らし、乙黒が「あー。そっかぁ。僕らが逃走を急かしちゃったから、ごめんね」と手を擦り合わせ、すぐに明るい声をあげた。

「よーし! それじゃあ、話はついたね! 『インクルシオ・クリスマスバザー』の襲撃は、もちろん僕らも『ワスターレ』の一員として参加するよ! みんなで力を合わせて頑張ろう!」


 午後3時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、本部の2階にある小会議室の一室で、長机の上に置いたスマホを囲んでいた。

『……はい。珍しい人から電話っスね。何か用ですか?』

 スピーカー状態にしたスマホから不機嫌な声が聞こえ、特別対策官の童子将也が「お疲れさん。速水君」と挨拶をする。

 童子の周囲に立つ雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が「速水特別対策官! お疲れ様です!」と声を揃え、通話の相手──インクルシオ名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩が、『……お疲れ』と渋々の様子で返した。

「昨日の『ワスターレ』の突入は、残念な結果やったな」

 童子が話の口火を切ると、速水は大きなため息を吐く。

『あー。その件ですか。おかげ様で、一晩経った今でもイラついてんですけどね』

「廃寺におった『ワスターレ』の構成員52人が、車を残したまま忽然こつぜんと姿を消したんや。速水君の無念な気持ちはようわかるで。せやけど、奴らの動きは、名古屋支部の突入を事前に知っとったとしか思えへんな」

『…………』

 童子の言葉に、速水は黙った。

 塩田が「もしかして、偵察がバレたとか?」と小声で言い、鷹村が「うーん。そんなミスをするかなぁ……」と呟き、最上が「でも、他に原因はないんじゃない?」と返し、雨瀬が「あるとしたら、何だろう……」と考え込む。

 速水は茶色がかった髪をがしがしと掻いて、声を発した。

『……これは、ついさっき判明したばかりの情報なんですけど。廃寺がある山のふもとに、防犯カメラを設置している個人宅があって、その映像を調べたんですよ。そしたら、大型トレーラーに乗った反人間組織『キルクルス』のメンバー3人が映っていました。運転席に獅戸安悟、助手席に鳴神冬真、センターシートにリーダーの乙黒阿鼻が座っていましたね』

「……!!!」

 速水からの情報を聞いた「童子班」の5人が目をみはる。

『この話は、別所支部長から東京本部の那智本部長に報告が上がるはずです。まぁ、十中八九、『キルクルス』は『ワスターレ』に接触する為に瀬戸市に現れたんでしょうね。その目的と、こっちの突入が空振りに終わった原因はわかりませんけど。……じゃあ、もう切っていいっスか? まだ捜査があるんで』

「ああ。最新情報をありがとう、速水君。捜査、頑張ってや」

 童子が礼を言うと、通話はブツリと切れた。

「……ええっ!? まさか、『キルクルス』も『ワスターレ』と合併!?」

 塩田が慌てたように言い、最上が「その可能性もあり得るわね」と返す。

「……いや。あの阿鼻が、他人の下につくとは思えない」

「僕も、哲と同じ意見だ。阿鼻には、何か別の企みがあるんじゃ……」

 鷹村と雨瀬が疑問を呈し、高校生たちは一様に首を捻った。

 童子が黒のツナギ服の尻ポケットにスマホをしまい、高校生4人を見やる。

「今回の件に『キルクルス』が噛んどるなら、『ワスターレ』の潜伏場所と名古屋支部の突入情報を流したんは、インクルシオ側におる内通者で間違いない」

「あ……!」

 高校生たちが弾かれたように顔を上げ、童子は眼差しを鋭く細めた。

「今の段階では、『キルクルス』の狙いは判然とせぇへん。今後は『ワスターレ』と『キルクルス』の双方の動きを、十分に警戒せなあかんな」


 翌日。東京都木賊とくさ区。

 12月23日、木賊とくさ第一高校の体育館で二学期の終業式が行われた。

「半井君! また新学期に会おうな! 良いクリスマスと年末年始を〜!」

「…………」

 多くの生徒でごった返す昇降口で、ぶんぶんと手を振った塩田を、1年A組のクラスメイトである半井蛍が黙殺してスニーカーを履く。

 塩田は特に気にすることなく、先に外に出た3人の仲間の下に走っていった。

 ──そして、「童子班」の高校生4人は、約二週間の冬休みに入った。




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