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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
172/231

05・愛知の顛末

 愛知県名古屋市金糸雀かなりあ区。

 午後3時を少し回った時刻、インクルシオ名古屋支部の支部長である別所嘉美べっしょよしみは、建物の5階の支部長室で低い声を発した。

「ええ。そうです。10分程前に、愛知県瀬戸市の山中で犬の散歩をしていた男性から通報がありました。何でも飼い犬が急に走り出し、いつもの散歩コースを外れて山奥に入ったところ、もう何十年も無人で放置されている廃寺の境内に、多数の車が停まっているのが見えたとのことです」

 今年で54歳になる別所は、執務机に置いた電話の受話器を耳に当て、鋭く理知的な眼差しを宙に向ける。

 しかし、その右手には、東京都あま区にある遊園地『カエルム・アルブス』の“カエルムちゃん”のイラスト入り万年筆が握られており、厳格な性格で知られる別所のファンシー好きな一面を表していた。

 通話の相手であるインクルシオ東京本部の本部長の那智明が、『そうか』と相槌を打ち、別所は通報内容の報告を続ける。

「通報者の男性は、廃寺の境内を行き交う数人の男を目撃しています。その中に、ニュースで見た反人間組織『ワスターレ』の八木と田久保に似た人物がいたと」

『それが本当なら、願ってもない貴重な情報だが……』

 那智が懸念するように言い、別所は宙を睨んだままうなずいた。

「ええ。男性の話は、単なる見間違いの可能性もあります。反人間組織の事件がニュースを賑わせている時は、恐怖心による誤認・誤報が多くなりますからね。しかしながら、廃寺に不審な連中がたむろしているのは事実です。その正体を探るべく、対策官3名を現地に向かわせました。偵察の結果、連中が『ワスターレ』と判明した場合は、即座に突入チームを派遣します」

『ああ。わかった。もし、廃寺の連中が『ワスターレ』であり、構成員全員が揃っている状況ならば、激しい戦闘になることが予想される。突入チームの人選は、くれぐれも頼んだぞ』

 那智の言葉に、別所は手にした万年筆に視線を落とし、そっと笑みを浮かべた。

「……那智本部長。ご心配には及びません。調子に乗るので本人には言いませんが、こちらには破格の実力を持つ特別対策官──速水至恩はやみしおんがいますから」


 午後4時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある大会議室で、各班の全体会議が開かれた。

 南班チーフの大貫武士は、会議室の前方に設置された演台に手をつき、『イマゴ』や『キルクルス』を始めとした反人間組織の捜査状況の確認、年末年始の巡回強化期間における夜間シフトの割り当て、12月25日に開催される『インクルシオ・クリスマスバザー』の出品者への連絡事項等を順に話した。

 全体会議は20分程で滞りなく終了し、大貫は手元の資料をまとめて言った。

「これで会議は終わるが、季節柄、世間では風邪やインフルエンザが流行っている。お前たちも体を鍛えてるからと言って油断せずに、十分な食事と睡眠を取って予防するように。……それと、もう一つ。重要な最新情報だ」

 大貫が前方に目をやって付け加えると、席を立ちかけた南班の対策官たちが注目する。

 大貫は反人間組織『ワスターレ』に関する名古屋支部の動きを伝え、その後、改めて散会を告げた。

 大会議室の扉から通路に出た「童子班」の5人は、同じく全体会議を終えて出てきた他班の対策官たちの流れに混じった。

 黒のツナギ服を纏った塩田渉が、長い通路を歩きながら言う。

「なぁ。さっきの『ワスターレ』の最新情報さ、けっこう急展開だよな」

「ああ。名古屋支部は、すでに突入チームを組んで待機させている。瀬戸市の目撃情報が本物かどうか、現地に行った対策官からの報告が気になるな」

 塩田の隣を歩く鷹村哲が返し、後方にいる最上七葉が低く呟いた。

「福岡、広島、兵庫、愛知……。童子さんが言った通り、やはり『ワスターレ』は西から東へ移動しているわね。奴らの目的地が何処にせよ、ここで名古屋支部が止めてくれることを願うわ」

「うん。名古屋支部にはあの速水特別対策官がいる。武闘派揃いと言われる『ワスターレ』が相手でも、きっと壊滅してくれる」

 最上の隣の雨瀬眞白が、癖のついた白髪を揺らして力強く言う。

 高校生4人の先頭を歩く特別対策官の童子将也が、くるりと後ろを振り返った。

「もうそろそろ、偵察役の対策官から連絡が入る頃やろう。そんで、廃寺の連中が『ワスターレ』やった場合、おそらく突入は周辺が真っ暗になった夜や」

「うわわ〜! どうしよ〜! 今から緊張してきたぜ〜!」

 塩田がぶるりと武者震いをし、鷹村が「お前は突入しないだろ」と突っ込み、最上が呆れたため息を吐き、雨瀬がくすりと小さく笑う。

 童子は「名古屋支部の突入作戦が、上手く行くとええな」と言い、「童子班」の面々は、夕刻のエントランスを抜けて巡回任務に向かった。


 午後4時半。愛知県名古屋市金糸雀かなりあ区。

 グレーのスーツに身を包んだ別所は、支部長室を出てエレベーターに乗った。

 会議室が並ぶ2階に降り、通路を進んで一つのドアを開く。

 ホワイトボードや長机が置かれた部屋には、武器を装備した突入チームの対策官15人が待機していた。

「お前たち。たった今、瀬戸市から連絡が入った。廃寺にいる連中は『ワスターレ』で間違いない。俺も、境内にいる構成員を撮影した画像を確認した」

 別所の情報を聞き、対策官たちが「おお」とどよめきの声をあげる。

 別所は射るような眼光で室内を見回して言った。

「それでは、事前の打ち合わせ通り、『ワスターレ』の突入作戦を開始する。突入時刻は午後8時。山の暗闇に乗じて、廃寺に潜伏する奴らを一人残らず壊滅しろ」

「──はいっ!!!!」

 別所の指令に、対策官たちが勇ましく返事をする。

 周囲のボルテージが一気に上がる中、腰にブレードとサバイバルナイフを装備した特別対策官の速水至恩が、茶色がかった髪を手で撫でた。

「は。『カペル』と『インクブス』が合併した『ワスターレ』か。雑魚共がどれだけ集まったところで、俺の相手じゃないね。ま、サクッと軽く倒してやるさ」

「こ、こら、至恩。別所支部長の前だぞ。相手を舐めたようなことは言うな」

 速水の横に立つ綱倉佑士つなくらゆうしが、慌ててたしなめる。

 別所は速水に近付き、厳しい表情を崩さずに言った。

「速水。そうやっておごるのは、お前の悪い癖だ。早く直せ。……だが、廃寺内での混乱や味方同士の相打ちを避ける為とは言え、『ワスターレ』の構成員52人に対してこちらが15人という少人数のチームでのぞめるのは、お前がいるからだ。特別対策官として、その力を存分に発揮してくれ」

 速水は髪を撫でていた手を止め、目をぱちくりとまばたかせる。

 別所は「頼んだぞ」と言ってきびすを返し、速水は一拍遅れて「……は、はいっ!」と大きく返した。

 それから3時間半後、瀬戸市の山中の廃寺に踏み込んだ名古屋支部の突入チームは、眼前の光景に思わず息を飲んだ。

 荒れた境内に駐車した多数の車はそのままに、寺の内部は全くの無人だった。

「……はぁ!? こりゃあ、一体、どうなってんだよ!?」

 先陣を切って突入した速水の声が、がらんとした空間に吸い込まれて消える。

 それぞれに武器を携えた15人の対策官は、その場で呆然と立ち尽くした。


 ──10分前。

 朽ちた寺の本堂にいた『ワスターレ』のリーダーの八木終太郎と、No.2の田久保豪は、目を剥いて床から立ち上がった。

「だ、誰だ!? お前ら!?」

 突如として目の前に現れた3人の人物に、他の構成員たちが驚愕する。

 3人の真ん中に立つ黒色のパーカーを着た人物──反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、急速に殺気立つ空気には構わず、ゆったりと口角を上げて言った。

「どうも、初めまして。貴方たちに話があって、東京からやって来ました。……あ。でも、もうすぐインクルシオがここに突入するんだ。無用な戦闘は避けてゆっくりと話したいから、お寺の裏からコッソリと逃げましょう」




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