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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
170/231

03・メールとゴール

 東京都月白げっぱく区。

 午後11時半を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する新人対策官の雨瀬眞白は、寮の自室でスマホをじっと見つめていた。

 ベッドの端に腰掛けた雨瀬が持つスマホの画面には、インターネットサイトの『都市伝説・You』が表示されている。

 同サイトが12月24日のクリスマスイブにオフ会を開催することを知った雨瀬は、参加の申し込み先であるメールアドレスの上で指を彷徨さまよわせた。

(……オフ会……。イブは非番だ……どうしよう……)

 『都市伝説・You』のオフ会の告知ページには、サイトの管理人である“遊”のメッセージが添えられている。

『当サイトをご覧いただいている皆様、いつもありがとうございます! 管理人の遊です! さて、今年も毎年恒例のオフ会の時期がやってきました! オフ会常連の方も、初参加の方も、グラウカの“特異体”を始めとする様々な都市伝説談議に花を咲かせましょう! 参加ご希望の方はメールにてお申し込み下さい! 追って、オフ会の詳細をご返信いたします!』

 世の中に数多あまたある都市伝説を扱うおどろおどろしいサイトの印象とは裏腹に、“遊”の挨拶文は明るく丁寧で好感が持てた。

 雨瀬はオフ会の開催場所が東京都内であり、飲酒はなく高校生以上の参加OKという告知ページの記載を確認し、誰もいない部屋で密やかに息を吐いた。

(……このサイトのオフ会に参加すれば、“特異体”についてもっと詳しい情報が聞けるかもしれない。そもそも、グラウカの“特異体”が本当に存在するのか、それともただの噂話に過ぎないのか、その辺を見極める為にも……)

 ずっと空を滑っていた指先が、スマホに下りる。

 雨瀬は意を決したように勢いをつけ、未知の世界へといざなうメールアドレスをタップした。


 翌日。午後3時。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校の授業を終え、本部の2階にあるロッカールームで黒のツナギ服に着替えた。

 それぞれに武器を装備した4人は、内階段を使って1階に降り、広々としたエントランスで特別対策官の童子将也と合流する。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子は、この日の巡回任務のペア分けを告げた後、向かい合った高校生たちに言った。

「お前ら、『ワスターレ』の殺人事件のニュースは見たか?」

「あ。今日の昼間に起こった、街の通行人を次々と襲った事件ですよね? 学校の昼休みにスマホのニュースサイトで速報を見ました。『ワスターレ』は、一昨日は広島で、今日は兵庫で殺人事件を起こしていますね」

 鷹村哲が反応して返し、塩田渉が腕を組んで言う。

「でもさぁ、『ワスターレ』って、九州の反人間組織だろ? 九州以外の地域に出没して殺人事件を起こすのは、ちょっと意外なんだけど……」

「合併で勢力を拡大したから、力を誇示したくて活動範囲を広げたのよ」

 ショートカットの黒髪を耳にかけた最上七葉が言い、雨瀬が「うん。僕もそう思う」と白髪を揺らして同意する。

 童子はエントランスを行き来する職員や来客にちらりと目をやり、視線を戻して小声で言った。

「『ワスターレ』の動きで最も注目すべきポイントは、西から東へ移動しとることや。奴らは活動拠点である九州を離れて、どこかに向かっとる可能性が高い」

「……!」

 童子の鋭い声音の推察に、高校生たちが目を見開く。

 童子は声をひそめたまま、言葉を続けた。

「その“目的地”が、東京やないとは限らへん。今後は、俺らも十分に『ワスターレ』を警戒しておく必要があるで」

「……は、はいっ!!!」

 高校生たちは背筋を伸ばし、表情を引き締めて返事をする。

 すると、エントランスの片隅に立つ「童子班」の5人に声がかかった。

「お前たち。これから巡回か?」

 通りのいい低音に5人が顔を向けると、チャコールグレーのスーツに身を包んだ本部長の那智明が立っており、その後方に、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎と、“娘”の阿諏訪灰根あすわはいねの姿があった。

「阿諏訪総長! 那智本部長! お疲れ様です!」

 高校生4人が即座に声を揃えて挨拶をし、童子が両手を後ろに組んで「お疲れ様です。この後は、不言いわぬ区の巡回に出る予定です」と答える。

 那智が「そうか」と微笑み、阿諏訪が「うむ。しっかりな」とうなずいた。

 阿諏訪のかたわらに静かに佇む灰根を見やって、塩田が訊ねた。

「阿諏訪総長。今日は、お嬢さんと一緒なんですか?」

「ああ。そうだ。実は『アルカ』に用事があって、灰根を連れて訪問した帰りでな。そのまま自宅に戻るつもりだったが、『カフェスペース・いこい』で何か温かい物でも飲もうと思い、ここに寄った次第だ」

 片手にステンカラーコートを持った阿諏訪が説明し、塩田、鷹村、最上が「そうだったんですか」と愛想よく返す。

 雨瀬は10月に行われた木賊とくさ第一高校の文化祭で、灰根が突然に涙を流したことを思い出し、顔をうつむかせてやや後退した。

 しかし、タートルネックのセーターにキュロットスカート姿の灰根は、華奢な足を動かして雨瀬に近付き、ツナギ服の布を握った。

「……あ。え、えっと。灰根さん……? ど、どうしたの……?」

 雨瀬は焦ったように訊いたが、灰根は凪いだ瞳で黙っている。

 阿諏訪が二人に歩み寄り、ツナギ服を握る小さな手を、自身の手で覆って離した。

「はは。灰根は、どうも雨瀬君がお気に入りのようだ。普段はとても大人しく、他人にはほとんど興味を示さない子だが、雨瀬君だけは例外らしい」

 阿諏訪は朗らかに笑い、雨瀬は「……は、はい」と返して視線を下げる。

 那智が「総長。そろそろ行きましょうか」と促し、阿諏訪は「それじゃあ、君たち」と言って灰根の手を引くと、その場を立ち去った。

「ほな、俺らも巡回に行こか」

 童子が言い、高校生たちが「はい!」と応じて歩き出す。

 雨瀬はそっと背後を振り向き、通路の奥に消えていく少女の後ろ姿を見送った。


 午後10時。兵庫県神戸市内。

 まばゆい光に溢れる港を見下ろす高台に、二人の人物が立った。

 一人は、七三に分けた髪型に、喪服を思わせるブラックスーツを着た人物──反人間組織『ワスターレ』のリーダーの八木終太郎やぎしゅうたろうで、30歳のグラウカである。

 もう一人は、金髪のモヒカン刈りに、ヒョウ柄のフェイクファーコートを羽織った人物──同組織のNo.2の田久保豪たくぼごうで、29歳のグラウカであった。

 『ワスターレ』が誕生する1ヶ月前まで、九州エリアで悪名を轟かせた反人間組織『カペル』を率いていた八木が言う。

「田久保。やはり、君と手を組んで正解だったよ。以前よりも、組織の質が格段に向上した」

「ははん。そりゃ、人間をくびり殺す暴力の質のことか? それなら、褒め言葉として受け取っておくぜ」

 同じく反人間組織『インクブス』を率いていた田久保が、にやりと笑った。

 『カペル』と『インクブス』が合併した『ワスターレ』は、現在の構成員の総数が52人となっている。

 八木はスラックスのポケットに手を入れ、眼下に広がる夜景を眺めて言った。

「俺たちは、より強くより凶暴な組織となった。この『ワスターレ』の名を、全国に広く知らしめてやろう」

 田久保が「ああ。新組織のお披露目行脚あんぎゃだ。派手にいこうぜ」と口角を上げる。

 八木はブラックスーツの裾を夜風に揺らし、ゆったりと双眸を細めた。

「……目指す“ゴール”は、東京だ」




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