01・クリスマスの思い出
──あれは僕が6歳の時だった。
12月のある日、僕が生活をしていた東京都不言区の児童養護施設「むささび園」で、クリスマスパーティーの準備が行われた。
クリスマスパーティーと言っても、豪華な料理やケーキはなく、いつもの食事に小さなチキンとシャンパン風のジュースと手作りのジンジャークッキーが足されるだけだったけど、僕はこのささやかな催しを毎年楽しみにしていた。
クリスマスシーズンが到来する数ヶ月前、施設の職員だった筒井美鈴先生が“不幸な事故”で退職し、それ以来、園内にはどこか陰鬱な空気が漂っていた。
だけど、クリスマスパーティーの飾り付けや、クッキー作りをしている内に、園の児童たちは次第に笑顔に包まれ、あちこちから明るい笑い声が聞こえた。
僕──乙黒阿鼻も、周囲の雰囲気につられて気分が高揚し、自分の手で成形したジンジャークッキーを同い年の二人にプレゼントした。
「はい! 僕が作ったクッキーだよ! 二人に一つずつあげる!」
「………………」
香ばしく焼きあがったクッキーは、3人の小人が仲良く手を繋いだデザインで、真ん中の小人が僕、左右の小人がそれぞれ二人だと説明した。
しかし、無言でそれを受け取った二人は、クリスマスパーティーの夕食が終わった後も、僕の作ったクッキーには手を付けなかった。
きっと二人が大喜びすると思って一生懸命に作ったのに、何故だろう?
その理由は、今でも全くわからない。
12月下旬。東京都月白区。
『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、西班の作戦チームと共に臨んだ菫区の囮捜査を終了した後、日々の任務と鍛錬に勤しんでいた。
街の景観がクリスマス一色に染まった非番の日、5人はインクルシオ寮の2階の『211号室』に集い、少し早めのクリスマスパーティーを開いた。
光沢のある厚紙で手製した三角帽子を被った塩田渉が、チェーン店で購入したフライドチキンを頬張って言う。
「ねー。童子さーん。来週のイブとクリスマス当日ですけど、やっぱり俺も巡回に出るっスよー」
「あ。俺もそうしたいです。別にやる事もないし、それなら任務につく方が……」
塩田に無理やりに三角帽子を被せられた鷹村哲が、ペパロニとソーセージのピザを大口で齧って賛同した。
最上七葉がモッツァレラチーズとトマトのカプレーゼを箸で摘んで「私も」と言い、雨瀬眞白が初めて見るオマール海老のテルミドールを前に緊張した面持ちで「僕も」と小さくうなずく。
高校生4人の指導担当である特別対策官の童子将也が、ローストビーフを小皿に取って言った。
「いや。24日、25日の二日間は、お前らは予定通りに休め。せっかく大貫チーフが非番にしてくれたんや。クリスマスくらいはゆっくりと過ごせばええ」
「でも、童子さんは二日共、夜間の巡回任務に出るんですよね? クリスマスから年末年始にかけては、インクルシオの巡回強化期間だから……。だったら、俺らも一緒に行きたいです」
鷹村が食い下がるように返し、童子は柔らかく眉尻を下げた。
「お前らのやる気は、大いに買う。せやけど、学生のうちは遊ぶことも大事やで。せやから、今回はありがたく休んでおけ。それと、25日の日中は『インクルシオ・クリスマスバザー』がある。出品者は準備、販売、撤収作業でバタバタするから、夜はけっこう疲れが出るで」
童子の優しく諭す言葉に、塩田が「あー。そうだった。バザーがあったんだ」と手をぽんと叩き、高校生たちは漸く納得して引き下がった。
──全国17ヶ所に拠点を置くインクルシオは、毎年12月25日のクリスマスに、全拠点で『インクルシオ・クリスマスバザー』を開催していた。
このクリスマスバザーは、インクルシオ対策官の有志が参加し、各人が私物の服・靴・書籍・時計・雑貨・骨董品・手作り小物等、様々な物品を販売する。
バザーの売り上げ金は全てグラウカ支援施設を始めとした福祉施設・団体に寄付され、社会貢献活動の一環として長年にわたって行われてきた。
インクルシオ東京本部のバザー開催地は『月白噴水公園』で、今年は70名の対策官が出品者として参加する予定となっており、その中に「童子班」の面々も含まれていた。
「そういや、お前ら、バザーに何を出すんかもう決めたんか?」
童子がローストビーフを食べて訊ねると、高校生たちが箸を止める。
「はーい! 俺は、使ってないスケボー、作ってないプラモデル、やってないゲームソフト、その他に、音楽CDとかマンガ本とか色々っス!」
「俺はパワーリストとダンベルです。他にはトレーニングチューブとか、筋トレ用の道具をいくつか」
「私は手作り小物を出品します。ここ最近、任務が終わった後に、毛糸の編み物でブローチや巾着を作っているんです。我ながら、なかなかの自信作ですよ」
「僕は、Tシャツの新品を何枚か……。寮の自分の部屋を見回したら、バザーに出せそうな物が何もなくてこれに……」
塩田、鷹村、最上、雨瀬が順に答え、童子は「そうか」と微笑んだ。
「童子さんは、何を出すんスか?」
「俺は虎の刺繍入りのスカジャンや。いつも着とるスカジャンとは別に、未着用の物が一着あるからそれを出品するで。あとは、大阪から箱で取り寄せたたこ焼き用の粉とソースを格安で」
塩田の質問に童子が回答し、鷹村が「インクルシオNo.1のスカジャンかぁ。あっという間に売れるだろうな」と言い、他の3人が「うんうん」と首を縦に振る。
童子は笑みを深め、床に敷いたラグマットから立ち上がった。
「さて。お前ら、まだ食えるやろ? 冷蔵庫からケーキを出してくるわ」
童子の言葉に、高校生たちが「やったぁ! 待ってました!」と目を輝かせる。
そして、「童子班」のクリスマスパーティーは、深夜遅くまでわいわいと賑わった。
翌々日。午前9時。
インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、定例の幹部会議が開かれた。
楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が着席している。
反人間組織に関する各班の捜査状況の報告や、来週に開催の迫った『インクルシオ・クリスマスバザー』の話題を共有した後、那智が手元の資料をまとめながら言った。
「……昨日、福岡で気になる殺人事件が起こったな」
「ええ。確か、アレですよね? 現場付近の防犯カメラに映った犯人が、二つの反人間組織が合併した新組織の……」
津之江が反応して返し、望月がホットコーヒーの入った紙コップを持って言う。
「反人間組織『ワスターレ』だな。これまで、九州を中心に活動していた反人間組織の『カペル』と『インクブス』が、勢力拡大の為に手を組んだんだ」
芥澤が「チッ。クソ共が、余計なことをしやがって……」と忌々しく舌打ちし、大貫が眉根を寄せた。
「その『カペル』と『インクブス』の合併により、『ワスターレ』の全構成員は50人を超えました。どちらの組織も血気盛んな武闘派揃いでしたから、インクルシオにとっては厄介な新組織が誕生したと言えますね」
路木が右手に持ったボールペンを回して言い、会議室に沈黙が降りる。
那智は俄に重たくなった空気を払拭するように、鋭い視線を前に向け、低く通る声を発した。
「……『ワスターレ』に関しては、福岡支部の今後の捜査の進展を待つしかない。だが、我々東京本部も、何かあればすぐに対応できるよう、奴らの動向をしっかりと注視しておこう」




