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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:21
168/231

01・クリスマスの思い出

 ──あれは僕が6歳の時だった。


 12月のある日、僕が生活をしていた東京都不言いわぬ区の児童養護施設「むささび園」で、クリスマスパーティーの準備が行われた。

 クリスマスパーティーと言っても、豪華な料理やケーキはなく、いつもの食事に小さなチキンとシャンパン風のジュースと手作りのジンジャークッキーが足されるだけだったけど、僕はこのささやかな催しを毎年楽しみにしていた。


 クリスマスシーズンが到来する数ヶ月前、施設の職員だった筒井美鈴つついみすず先生が“不幸な事故”で退職し、それ以来、園内にはどこか陰鬱な空気が漂っていた。

 だけど、クリスマスパーティーの飾り付けや、クッキー作りをしている内に、園の児童たちは次第に笑顔に包まれ、あちこちから明るい笑い声が聞こえた。


 僕──乙黒阿鼻おとぐろあびも、周囲の雰囲気につられて気分が高揚し、自分の手で成形したジンジャークッキーを同い年の二人にプレゼントした。

「はい! 僕が作ったクッキーだよ! 二人に一つずつあげる!」

「………………」

 香ばしく焼きあがったクッキーは、3人の小人が仲良く手を繋いだデザインで、真ん中の小人が僕、左右の小人がそれぞれ二人だと説明した。

 しかし、無言でそれを受け取った二人は、クリスマスパーティーの夕食が終わった後も、僕の作ったクッキーには手を付けなかった。

 

 きっと二人が大喜びすると思って一生懸命に作ったのに、何故だろう?

 その理由は、今でも全くわからない。




 12月下旬。東京都月白げっぱく区。

 『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、西班の作戦チームと共にのぞんだすみれ区のおとり捜査を終了した後、日々の任務と鍛錬に勤しんでいた。

 街の景観がクリスマス一色に染まった非番の日、5人はインクルシオ寮の2階の『211号室』につどい、少し早めのクリスマスパーティーを開いた。

 光沢のある厚紙で手製した三角帽子を被った塩田渉しおたわたるが、チェーン店で購入したフライドチキンを頬張って言う。

「ねー。童子さーん。来週のイブとクリスマス当日ですけど、やっぱり俺も巡回に出るっスよー」

「あ。俺もそうしたいです。別にやる事もないし、それなら任務につく方が……」

 塩田に無理やりに三角帽子を被せられた鷹村哲たかむらてつが、ペパロニとソーセージのピザを大口で齧って賛同した。

 最上七葉もがみななはがモッツァレラチーズとトマトのカプレーゼを箸でつまんで「私も」と言い、雨瀬眞白あませましろが初めて見るオマール海老のテルミドールを前に緊張した面持ちで「僕も」と小さくうなずく。

 高校生4人の指導担当である特別対策官の童子将也どうじしょうやが、ローストビーフを小皿に取って言った。

「いや。24日、25日の二日間は、お前らは予定通りに休め。せっかく大貫チーフが非番にしてくれたんや。クリスマスくらいはゆっくりと過ごせばええ」

「でも、童子さんは二日共、夜間の巡回任務に出るんですよね? クリスマスから年末年始にかけては、インクルシオの巡回強化期間だから……。だったら、俺らも一緒に行きたいです」

 鷹村が食い下がるように返し、童子は柔らかく眉尻を下げた。

「お前らのやる気は、大いに買う。せやけど、学生のうちは遊ぶことも大事やで。せやから、今回はありがたく休んでおけ。それと、25日の日中は『インクルシオ・クリスマスバザー』がある。出品者は準備、販売、撤収作業でバタバタするから、夜はけっこう疲れが出るで」

 童子の優しくさとす言葉に、塩田が「あー。そうだった。バザーがあったんだ」と手をぽんと叩き、高校生たちはようやく納得して引き下がった。

 ──全国17ヶ所に拠点を置くインクルシオは、毎年12月25日のクリスマスに、全拠点で『インクルシオ・クリスマスバザー』を開催していた。

 このクリスマスバザーは、インクルシオ対策官の有志が参加し、各人が私物の服・靴・書籍・時計・雑貨・骨董品・手作り小物等、様々な物品を販売する。

 バザーの売り上げ金は全てグラウカ支援施設を始めとした福祉施設・団体に寄付され、社会貢献活動の一環として長年にわたって行われてきた。

 インクルシオ東京本部のバザー開催地は『月白げっぱく噴水公園』で、今年は70名の対策官が出品者として参加する予定となっており、その中に「童子班」の面々も含まれていた。

「そういや、お前ら、バザーに何を出すんかもう決めたんか?」

 童子がローストビーフを食べて訊ねると、高校生たちが箸を止める。

「はーい! 俺は、使ってないスケボー、作ってないプラモデル、やってないゲームソフト、その他に、音楽CDとかマンガ本とか色々っス!」

「俺はパワーリストとダンベルです。他にはトレーニングチューブとか、筋トレ用の道具をいくつか」

「私は手作り小物を出品します。ここ最近、任務が終わった後に、毛糸の編み物でブローチや巾着を作っているんです。我ながら、なかなかの自信作ですよ」

「僕は、Tシャツの新品を何枚か……。寮の自分の部屋を見回したら、バザーに出せそうな物が何もなくてこれに……」

 塩田、鷹村、最上、雨瀬が順に答え、童子は「そうか」と微笑んだ。

「童子さんは、何を出すんスか?」

「俺は虎の刺繍入りのスカジャンや。いつも着とるスカジャンとは別に、未着用の物が一着あるからそれを出品するで。あとは、大阪から箱で取り寄せたたこ焼き用の粉とソースを格安で」

 塩田の質問に童子が回答し、鷹村が「インクルシオNo.1のスカジャンかぁ。あっという間に売れるだろうな」と言い、他の3人が「うんうん」と首を縦に振る。

 童子は笑みを深め、床に敷いたラグマットから立ち上がった。

「さて。お前ら、まだ食えるやろ? 冷蔵庫からケーキを出してくるわ」

 童子の言葉に、高校生たちが「やったぁ! 待ってました!」と目を輝かせる。

 そして、「童子班」のクリスマスパーティーは、深夜遅くまでわいわいと賑わった。


 翌々日。午前9時。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、定例の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろう、本部長の那智明なちあきら、東班チーフの望月剛志もちづきつよし、北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういち、南班チーフの大貫武士おおぬきたけし、西班チーフの路木怜司ろきれいじ、中央班チーフの津之江学つのえまなぶが着席している。

 反人間組織に関する各班の捜査状況の報告や、来週に開催の迫った『インクルシオ・クリスマスバザー』の話題を共有した後、那智が手元の資料をまとめながら言った。

「……昨日、福岡で気になる殺人事件が起こったな」

「ええ。確か、アレですよね? 現場付近の防犯カメラに映った犯人が、二つの反人間組織が合併した新組織の……」

 津之江が反応して返し、望月がホットコーヒーの入った紙コップを持って言う。

「反人間組織『ワスターレ』だな。これまで、九州を中心に活動していた反人間組織の『カペル』と『インクブス』が、勢力拡大の為に手を組んだんだ」

 芥澤が「チッ。クソ共が、余計なことをしやがって……」と忌々しく舌打ちし、大貫が眉根を寄せた。

「その『カペル』と『インクブス』の合併により、『ワスターレ』の全構成員は50人を超えました。どちらの組織も血気盛んな武闘派揃いでしたから、インクルシオにとっては厄介な新組織が誕生したと言えますね」

 路木が右手に持ったボールペンを回して言い、会議室に沈黙が降りる。

 那智はにわかに重たくなった空気を払拭するように、鋭い視線を前に向け、低く通る声を発した。

「……『ワスターレ』に関しては、福岡支部の今後の捜査の進展を待つしかない。だが、我々東京本部も、何かあればすぐに対応できるよう、奴らの動向をしっかりと注視しておこう」




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