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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
167/231

10・正体と決意

 午前8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、臨時の幹部会議が開かれた。

 まぶしい朝日が反射する楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明を始め、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、西班チーフの路木怜司、中央班チーフの津之江学が着席している。

 那智は黒のジャンパーを着たチーフたちを見回し、「朝の挨拶は省くぞ」と断ってすぐに本題に入った。

「西班と南班の作戦チームが行っていたすみれ区のおとり捜査の顛末は、昨晩の緊急連絡メールで知らせた通りだ。だが、本部に戻った雨瀬からの詳細な報告により、ある一つの重要な事実が判明した。……雨瀬が印刷工場で対峙した反人間組織『イマゴ』の幹部の玉井礼央という人物は、元インクルシオ対策官の玉井理比人の実弟だ」

 那智の低い声音の情報に、望月が「ええ!?」と目を見開き、芥澤が「それ、マジかよ」と飲もうとしたコーヒーの紙コップを置く。

「玉井理比人……確か、6、7年前まで、西班に所属していたような記憶が……」

 津之江が眉間に人差し指を当てて言い、隣に座る大貫が「ああ。そうだ。西班にいた玉井だ」と険しい表情で返した。

 那智は窓側の席に座る路木を見やって言う。

「路木。玉井理比人について、現在の情報はあるか?」

 路木は右手に持ったボールペンを一回転し、抑揚のない声で回答した。

「いいえ。ありません。玉井理比人は18歳で対策官となり、今から7年前の21歳まで西班で任務に励んでいました。ですが、一身上の都合でインクルシオを辞職した後は、どうやら消息不明となっているようです」

「え? 消息不明? 今どこに住んで何をしているのか、わからないのか?」

「ええ。今朝早くに、玉井理比人の実家に連絡を入れて所在を訊ねましたが、7年前に「今後は一人でやっていくから、心配しないでくれ」と言い残して姿を消したそうです。それ以降、家族は誰も理比人には会っていないとか」

 望月の質問に路木が答え、会議室ににわかに不穏な空気が流れる。

「……まさか、礼央と同じく、理比人も『イマゴ』にいるんじゃねぇだろうな?」

 芥澤がうなるように言い、路木は「理比人はグラウカではなく人間ですが、その可能性はゼロではありませんね。弟に勧誘されて寝返ったか、あるいは弟を足抜けさせる為に潜入したか。まぁ、何の根拠もない推察に過ぎませんが」と無表情でボールペンを回した。

 那智が一つ咳払いをし、慎重に言う。

「礼央と理比人に接点があるかどうかは、現時点ではわからない。しかし、理比人の行方に関しては、調査が必要だろう。この点も含めて、各班は引き続き、逃亡した礼央と部下4人の捜査に全力を挙げてくれ。……阿諏訪総長」

 那智が総括を促すと、阿諏訪は「うむ。それでいい」とうなずいた。

 ほどなくして、臨時の幹部会議は散会となり、幹部たちはあわただしく会議室を後にした。


 午前10時。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、すみれ区の印刷工場で身体に負ったダメージを回復する為、木賊とくさ第一高校の授業を休んだ。

 インクルシオ寮の自室で十分な睡眠を取り、日が高くなった頃にようやく起床した高校生たちは、ラフな部屋着のままで2階の『211号室』に集まった。

 部屋の主である特別対策官の童子将也が、テーブルを囲んだ4人に訊く。

「お前ら、体調の方はどうや? どこか具合の悪いところはあらへんか?」

「はい! さっきまで爆睡してたおかげで、もうバッチリ復活っす!」

「ええ。まだ少し喉が痛いけれど、これくらいで済んでよかったわ」

 スウェットの上下を着た塩田渉が元気よく返し、ウールのカーディガンを羽織った最上七葉がほっと息を吐いた。

 鷹村哲が目を伏せて、改まった声で言う。

「……童子さん。『イマゴ』の構成員を拘束する千載一遇のチャンスを逃してしまって、すみませんでした。俺らが倉庫に入る前に、相手の放火の企みに気付いていれば……」

「……僕も、事務棟のオフィスで、幹部の玉井礼央を拘束できませんでした。こちらの変装も早くに看破されていたようで、全てが後手に回ってしまいました……」

 雨瀬眞白が語尾を小さくしてうつむき、寛いでいた姿勢を正した塩田と最上が「すみませんでした」と続いた。

 童子は項垂うなだれた高校生たちを見やって、静かに言った。

「俺も、『イマゴ』の妨害工作で、お前らの援護が遅れてしもた。特別対策官としてありとあらゆる事態を想定すべきやったのに、詰めが甘かった。せやけど、そうやって悔やんだり反省することばかりやない。今回のおとり捜査を遂行した結果、『イマゴ』の幹部の名前がわかったんは、間違いなく大きな収穫や。それに、何より、お前ら4人が無事でよかった」

 童子の優しい声が耳に届き、高校生たちは面映おもはゆい表情を浮かべる。

 すると、突然、「グウゥ」と気の抜けた音が室内に響いた。

「あぁ〜! すみません! まだ朝メシを食ってないんで、腹が……!」

 塩田が頭を掻いて言い、鷹村、雨瀬、最上が空腹の腹部にちらりと目をやる。

 童子は穏やかに笑って、ラグマットから立ち上がった。

「ほな、これから外にメシを食いに行こか。俺が奢るから、好きなもん何でもリクエストしてええで」

 童子の言葉に、塩田が「やった! 俺、寿司がいいっス!」とすかさずに声をあげ、最上が「こら。少しは遠慮しなさい」とたしなめ、鷹村が「ラーメンか、牛丼か、カレーか……」と悩み、雨瀬が「お昼を兼ねて、バイキングとか……」と控えめに提案した。

 童子は笑みを深めて「外出着に着替えたら、エントランスに集合や」と告げ、高校生たちが「はい!!!」と声を揃えて返事をする。

 そして、「童子班」の5人は、爽やかな寒風の吹く街に、肩を並べて出掛けていった。


 午後5時。

 月白げっぱく区にある築30年の古い木造アパートの一室で、反人間組織『イマゴ』の幹部の一人である玉井礼央は、顔を強張こわばらせて頭を下げた。

「穂刈リーダー。乾さん。せっかく時間稼ぎをして下さったのに、インクルシオの新人対策官共を殺せなくて、すみませんでした」

「いやいや。謝らなくてもいいよ。そういうこともあるさ」

 『イマゴ』のリーダーの穂刈潤が手を振って返し、No.2の乾エイジが「次、頑張ればいいって」と慰めるように笑う。

 礼央がやや表情を和らげると、六畳間の畳に座った穂刈が言った。

「そう言えばさ、玉井君のお兄さんって、元インクルシオ対策官なんだよね?」

「……え? ええ、そうです。四人兄弟の二番目の兄で、僕が小6の時にインクルシオに入りました。でも、風の噂で辞職したって聞きましたけど……」

 穂刈の不意の質問に、礼央は視線を上げて答える。

 インクルシオ総長であり、『イマゴ』の大ボスである阿諏訪から、玉井理比人の消息不明の情報を得た穂刈は、注意深く探るように訊ねた。

「うちの組織には、韮江先生から『グラウカ至上主義』の教えを直接受けたメンバーを中心に、全国に80人以上の構成員がいる。もし、玉井君のお兄さんが、君に接触する為に内部に潜入していたら、正体を見破れるかい?」

「え? 潜入? 正体って……変装をしているってことですか? 兄とはもう何年も会っていませんが、それでも顔を見れば気付くと思います。やっぱり、兄弟なので……」

 礼央の回答を聞いた穂刈は、「だよね」と納得してうなずく。

 礼央が戸惑った様子でいると、穂刈は朗らかに笑って言った。

「はは。今のはあくまでも仮定の話だよ。あまり気にしないで。だけど、万が一、“そういうこと”があった場合は、すぐに僕に言ってね。……その場で殺すから」


 午前2時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏にひっそりと佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに「CLOSED」のプレートを下げていた。

 ダウンライトのほのかな明かりが照らす店内で、店のオネエのママであるリリーがぽつりと言う。

「……俺は、決意したぜ」

 カウンターのスツールに腰掛けた人物──インクルシオ東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人が、ホットコーヒーを飲む動きをふと止めた。

 リリーは真伏の前でグラスを拭きながら、男言葉で独りごちるように言った。

「礼央はもう、幼かった頃の可愛い弟じゃない。他者の命を理不尽に奪う“悪魔”だ。俺は兄として、今度こそ、あいつをこの手で殺す」

 リリー──礼央の実兄である理比人の野太い地声が、薄暗い空間に溶ける。

 真伏は闇色に揺らめくコーヒーを飲み干すと、スツールから立ち上がり、無言のまま店を出ていった。




<STORY:20 END>

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